第177話『水浸し』
「……」
結局、リディアさん達は魔獣の耳を発見できず、その魔獣がトカゲなのかドラゴンなのかについても判別がつかなかったようだ。俺はステータス画面を開いて、魔獣の名前など詳細を確認してみる。
『生物名:ガングル 岩のように硬い皮膚を持つトカゲ。体温の低下を感知すると身近な木材を炭化させ、火を起こして体を温める。体温維持の為、炎の魔力を体内に蓄える習性がある』
やはり、この魔獣はトカゲで間違いないようだ。炎を食べているように見えたのも、体内を温める為に火の成分を吸い込んでいたものだという。リディアさんもエメリアさんも、この魔獣については知らなかったようだし、ピィさんと同様に珍しい魔獣なのかもしれないな。
「……」
今日の冒険は、これにて終了したと見てか、エメリアさんはお酒らしきものを口にしている。それからしばらくして、洞窟の中を見に行ったメフィストさんが、たき火の元へと戻ってきた。
「……」
何も語らないところを見るに、特に面白いものは発見されなかったのだろう。それは承知の上といった様子で、エメリアさんは洞窟の中の様子をメフィストさんに聞いている。
「あの中、どうなってました?」
「うん。せまくて、奥まで行けなかった」
洞窟の奥は狭まっており、あまり先までは進めなかったようだ。体の小さなメフィストさんが入っていけなかったということは、他の人にも入るのは無理だろうな。たき火をつついて崩しながら、リディアさんは今晩の寝床について相談を始めた。
「今夜は……テントを張って、1人ずつ交代で見張りをすればいいだろうか」
「見張り、いります?」
「う~ん……いらないか?」
エメリアさんの言う通り、森の魔獣たちが友好的である以上は、悪者に襲われる可能性は低いと見られる。でも、人間だって大勢いたら、悪い人だって1人くらいいるだろう。魔獣だって同じ……かも解らない。どうだろう。
「テント……いります?」
「それは、さすがにピィさんに迷惑なんじゃないか?」
エメリアさんがピィさんの羽の下に入り込み、テントを立てる必要性をリディアさんに問いている。もふもふの羽に包まれて寝れば、きっと布団で寝るより安眠できるだろうし、悪者が近づいた時もピィさんが気づいてくれるはず。ただ、ピィさんの羽に4人も入るのは難しそうだな。
「毛布がございます。洞窟内で夜を明かせば、テントは必要ないかと存じますが」
ピィさんの羽ではキャパオーバーと見て、シロガネさんは洞窟を使って夜を越そうと提案する。洞窟の入り口付近は広く、見たところは崩れてくる気配はない。洞窟の壁もザラザラとした石が露出していて、背もたれても冷たくはなさそうである。
「ああ……ピィさん」
「ピィー」
エメリアさんはピィさんの羽の下で眠りたかったようだが、ピィさんはお酒のにおいが苦手なようで、エメリアさんから少し距離をとっている。ただ、見張り役はやってくれるつもりなのか、誰に頼まれるでもなく洞窟の入り口に座り込んでいた。
「……?」
そんなピィさんの横を通って、たぬきのような魔獣が洞窟の中へと入っていく。エメリアさんは、そんな毛むくじゃらな後ろ姿を観察している。
「ここは、あの魔獣の家なんですかね」
そうエメリアさんが言ったのも束の間、今度はニワトリに似た魔獣が洞窟に入っていった。たぬきの魔獣の住処であれば、ニワトリが堂々と入っていくとは思えないし……この先には一体、何があるのだろうか。
「リディア……ちょっと、見てきます」
「ああ。私も行ってみる」
エメリアさんとリディアさんが、魔獣を追って洞窟へと入る。洞窟の中は非常に暗く、奥までは日光が届かない。灯りが必要と見たエメリアさんが、たき火を枝の先につけて持ってきた。小さな灯りを頼りに歩くが、10歩くらい進んだ先には行き止まりが待っていた。
「……」
さっきの魔獣たちは、どこへ消えたのか。エメリアさんがタイマツを下へ向けると、壁の隅の方に小さな穴が空いているのが見えた。エメリアさんはタイマツをリディアさんに預け、服が汚れるのも構わず、ほふく前進の姿勢で穴に頭を突っ込む。
「エメリアじゃ、絶対に通れないと思うぞ……」
「んん……私、そんなに太ってないですよ……」
エメリアさんの胸は柔らかいので、押し込めば上半身は入るようだ。ただ、おしりが大きすぎて……下半身が入らなかった様子。あまり無理をすると詰まって戻れなくなりそうなので、リディアさんがエメリアさんの足を引っ張っている。
「この先、もっとせまくなってましたけど……ちょっとだけ奥に明かりが見えましたよ」
「仕方ない……一旦、戻って相談してみようか」
そんな会話をしていると、ピィさんの頭に乗っていたウサギのニッチが、2人の足元を通って穴の先へと入っていった。こぞって魔獣たちが入っていくとなると、この奥には食べ物でも貯蔵されているのだろうか。俺はスキルを使って周辺のマップを開き、小さな穴の先にいる魔獣の数を確かめてみた。
「……」
この先には……魔獣の居場所を示すマークが20個くらいあるな。様々な魔獣が集まっているようだが、何をしているのだろうか。気にはなるけど、先へ進む手段がない。リディアさんとエメリアさんは進むのを諦めて、洞窟の入り口まで戻ってきた。たき火のそばに座り直したところで、今度はメフィストさんが洞窟の様子について質問する。
「聖女様。どうだった?」
「確かに、通るのは無理そうですね」
「ただ、なんか……あれのにおいがしましたよね」
最奥まで進めはしなかったものの、エメリアさんが何かのニオイを感知したらしい。ただ、その『あれ』……って、なんですか?
「あれですよ……あの……」
「……食べ物か?」
「リディア……お腹がすいてるんですか?」
「お前の思考パターンにあわせたんだぞ」
『あれ』がなんなのか、エメリアさんも思い出せないようである。メフィストさんにもにおいまでは感じ取れなかったようで、もはやエメリアさんの記憶から『あれ』の概要を引っ張り出す他ない。
「あれ……あれですよ。思い出せないですけど」
「思い出してくれ……気になる」
「あれ……あれ……?」
洞窟の中から、ぺちぺちぺちという湿った足音が聞こえてくる。あれは……さっき入っていったニワトリっぽい魔獣だ。その姿は……なんか、すごいげっそりしている。
「ぴえぴえ」
「……」
げっそりはしているが、鳴き声は元気ではある。どうも、体がぬれたせいで、羽毛がぺしゃんこになっているようである。みんなの視線も意に介さず、ニワトリは洞窟から出て森へと消えていった。
「……」
ニワトリに続いて、たぬきの魔獣も戻ってきた。こちらもニワトリ同様に、毛が水を吸って体積が半分くらいにしぼんでいる。でも、表情には活力がみなぎっており、体からは白い湯気があがっている。
「……思い出しました!洞窟の奥からしたのは、温泉のにおいです!」
魔獣たちの姿を見て、やっとエメリアさんが『あれ』の正体を突き止めてくれた。洞窟の先に温泉がある。その可能性が浮上し、リディアさん達は何か考え込むような表情で、たき火をじっと見つめている。
「あれ……ピィさんは、どこ行ったんですか?」
「……?」
エメリアさんがピィさんの不在に気づき、みんなは洞窟の入口へと視線を移した。寝ていはずのたピィさんが、いつの間にかいなくなっている。お手洗いに行ったのかな?
「温泉か……」
「……」
「温泉か……」
「リディア……うるさいですよ」
リディアさんが何度も何度も温泉という単語をつぶやいている為、エメリアさんに静かにするよう注意されている。朝風呂に入ってきたとはいえ、今日は移動続きで汗もかいた。温泉に入ることができれば、今夜の睡眠導入もスムーズであろう。でも、あのせまい通路を通り抜けるのは無理だろうな……。
「……?」
「ピィー!」
森の中からピィさんが戻ってきた……のだが、その姿は先程のニワトリと同じくビショビショで、しぼった雑巾みたいに細くなっている。水にぬれたピィさん……すごく弱そうだな。
「ピィー!」
ピィさんは何食わぬ顔をして、洞窟の前に座り直した。あまりのピィさんの変貌ぶりに、みんなは何度も何度も、ピィさんの姿を見返している。リディアさんは立ち上がり、そわそわとピィさんに話しかけてみる。
「ピィさん……もしかして」
「……」
「温泉、入ってきました?」
「……」
リディアさんの言葉に、ピィさんは無言で顔をそむけている。でも、ピィさんの体からは湯気が立っているし、どこかで温まってきたことは間違いないだろう。そして、体の大きなピィさんが入れたということは、洞窟以外にも温泉へ向かう通路があるということである。
「私、温泉を探してくる」
「お手伝いいたしますわ」
温泉に入れるかもしれないという期待が高まり、リディアさんが温泉探索へ乗り出した。リディアさんの為ならばと、シロガネさんも自然と立ち上がる。
「……」
しかし、たき火を森の中に残していくのは危険だし、だからといって消してしまうのももったいない。誰かが火の番として残らなければならないと考え、みんなは顔を見合わせた。
「私、においで温泉を探せると思います。シロガネちゃんは武器があるので、障害物撤去の為にきてください」
「ワタシ、せまいところに入れる。高いところにも登れる」
においの頼りはエメリアさんだし、体力的にはメフィストさんが人並外れている。行く手の枝やツタを取り除くには、武器があれば便利。消去法でメンバーを選んだ結果……リディアさんが1人で残るのが妥当と判断された。まあ、リディアさんは俺を装備しているし、近くにはピィさんもいる。しばし1人でいても問題はなさそうではある。
「お嬢様。すぐに戻りますわ。危険が迫った際は、大声でお呼びください。このシロガネが駆けつけますゆえ」
「あ……はい。あの……」
洞窟から壁伝いに森へ入ろうとするシロガネさんを呼び止め、リディアさんが少し戸惑いがちに尋ねた。
「つかぬことなのですが、もしや……能力を平均的に見て、チーム内で最も頼りにならないのは……私なのでは?」
「何をおっしゃいます。お嬢様は……」
「……」
「お嬢様は、お綺麗で……世界一、かわいらしいですわ!自信を持ってくださいまし!」
そうシロガネさんは言い残し、3人は温泉探しへと出発した。このチームにおいて自分がマスコット枠だと判明してしまい、リディアさんは虚ろな瞳をたき火へ向けていた……。
第178話へ続く




