第165話『虫』
「また木の実をもらっちゃいました」
「行く先々でくれるな。私たちを太らせて食べるつもりなんじゃないだろうか……」
また、エメリアさんが魔獣から木の実をもらっている。木の実の見た目はクルミに似ているが、大きさは野球のボールくらいある。かなり殻は硬そうだし、投擲アイテムとして使っても強そうだな。
「でも……これ、どうやって食べればいいんですか?」
「こうして叩いて、殻を割るんだ」
「……うまくできません。リディア、割ってください」
エメリアさんが木の実を割れずにいる為、代わりにリディアさんが殻を対処してくれている。生卵を割る要領で実を岩にぶつけると、殻の中から小さな中身が2つばかり転がり出てきた。見た目の割には……食べるところ少ないな。人間には物足りないが、魔獣には丁度いいサイズなのかもしれない。
「う~ん……お酒が飲みたくなりました」
「お酒にあいそうなのは解るが……せめて、夜まで辛抱してほしい」
おつまみに最適な木の実を見つけてしまい、エメリアさんは今にも飲酒を始めたい様子。魔獣が襲ってこない今、別に眠くならない程度には飲んでもよさそうではあるが……ピィさんに飲酒乗車すると落っことされる危険性はあると見られる。
「シロガネさん……そろそろ行けそうですか?」
「ワタクシは、お嬢様が行けとおっしゃれば、いつでも行きますわ」
シロガネさんの体力も回復したところで、リディアさんがピィさんの調子を確かめるようにしてなでてあげている。元気になったピィさんに乗り込み、その足の向く先を見据えた。近くにある洞窟へ入るのかと思ったのだが……そこは避けて、ピィさんは山を迂回していく。
「あ……洞窟には入らないんですね」
「洞窟には入らないみたいだな」
洞窟の中は真っ暗で走りにくそうだし、あまり通路も広くはない。そこを進むのは得策でないと見てか、ピィさんは山道のゆるやかな場所を探しながら、上手に坂を登っていく。
「……」
山の途中にて、再び洞窟の入り口を発見する。ピィさんは立ち止まって洞窟の中をのぞいている。ここに入るのかな。
「ピィー!」
「おお……ここに入るのか?」
「ニッチニッチ!」
ピィさんが洞窟へ足を踏み入れようとするも、頭の上に乗っているウサギの魔獣が制して止めた。やっぱり入らない。
「ここも入らないのか……」
「中に、たくさんボルがいましたよ。虫の魔獣の巣なのかもです」
「……虫の魔獣は苦手だな」
俺には虫の姿は見えなかったが、洞窟は虫の魔獣の住処となっているらしい。リディアさんは虫は好きではないという。かくいう俺も、虫はなぁ……あまり得意ではない方である。
「……」
そうこうしている内に山の中腹辺りまで到達したようで、ふとした拍子に展望が開けた。かなり遠くまで見通せたが、湖の場所は解らない。方角の都合か、帝国城も見えないな。
「……」
もう少し遠くの景色まで目を向けてみる。森の先は少し白みがかっていて、茶色い岩が突き出たような地形へと続いている。あそこは、まだ行った事がない場所だな。世界は広い。
「……?」
山も下り坂へとさしかかったところで、ピィさんが立ち止まってキョロキョロし始めた。どこからか、ザリザリと岩を削るような音が聞こえ、それが段々と近づいてくる。敵が迫っていると判断し、シロガネさんとメフィストさんがリディアさんを守るように前へと出た。
「……」
木の根の間、そこの土が盛り上がり、黒いケモノが地面から顔を出した。その生き物はトゲトゲしたヒゲを揺らしながら、シャベルみたいな銀色の爪で土を掘り返している。さっきの音は、この魔獣が地面を掘っていた音だったようだな。
「ニッチニッチ!」
「……」
ピィさんの頭に乗っているウサギが、土の中から現れた魔獣とコンタクトを取っている。会話しているようには見えるが、俺には何を言っているのか解らないし、地面から出てきた方の魔獣は鳴き声すら発さない。ウサギの方だけが一方的に、頑張って話かけている。
「ピィー!」
ピィさんの一声をもって話が終わったらしく、地面から出てきた魔獣は土の中へと戻っていった。結局、なんの会議がなされたのかは謎だが、ウサギの魔獣は道案内を再開した。5分ほど山道を進んだ先に洞窟の入り口があり、そこでまたピィさんが足を止める。
「ここも入らないんでしょうねぇ」
「ああ。入らないんだろうなぁ……」
もう洞窟の入り口を幾つもスルーしてきた経緯があるので、エメリアさんとリディアさんの期待も非常に薄い。だが、今回はピィさんの頭の上にいるウサギも洞窟の方を向いていて、短いシッポをぴこぴこ振っている。
「ピィー!」
「おおお……ついに突入するぞ」
ここが進むべき洞窟であったらしく、ついにピィさんが洞窟へと足を踏み入れた。洞窟内にはもやのような光がこもっており、岩の割れ目や足場など地形も見てとれる。ピィさんは歩くスピードを抑えて、頭をぶつけないよう身をかがめながら薄暗がりへもぐっていく。
「……ピィさん、光ってないですか?」
「本当だ……」
エメリアさんの声を受けて、ピィさんの緑の羽毛へ目を向ける。洞窟内に漂う光をはね返しているのかと思われたが、言われてみれば羽自体が発光しているようにも見える。ただ、電球みたいに光っている訳ではなく、それは蓄光塗料を思わせるほのかな光である。
「ピィさん、ギルドに入ってくれないかな」
「魔獣ってギルド入れるんですか?」
「知らないけど……頼もしいから仲間にしたい」
ピィさんは見た目もキレイだし頼りになるので、その点を評価されてリディアさんに気に入られている。使い魔にするという手もあるにはあるが、これだけの大きな鳥である。リディアさん達の稼ぎで雇うのは大変なのかもしれない。
「……」
この洞窟にもキノコが生えているな。ふわふわとした光はキノコから放たれているようで、それらがインテリア照明のように洞窟を彩っている。そのキノコの使い道をエメリアさんが提案している。
「このキノコを部屋に置けば、ランプとかいらないんじゃないですか?」
「でも、これ……地面から抜くと光らなくなるんだよな」
大地のエネルギーを吸って光っているだけで、自分の力だけで光り続けることはできないらしい。これを照明として実用化できた場合、帝国の至る所にキノコが生えている景観が生まれていた可能性もあったのかな。キノコの王国ならゲームの世界で見たことあるけど、あんな感じになるのだろうか……。
「エメリア。シロガネさんたちは、大丈夫そうだろうか」
「……大丈夫ですかー?」
リディアさんの乗っている場所からでは後ろが見えづらい為、そちらの様子についてエメリアさんに尋ねている。俺も後ろまでは見えないので、視界の隅に周辺のマップを表示してみる。メフィストさんとシロガネさんは問題なく、後ろをついてきているようだ。それと、姿は見えないが……周りには多くの魔獣がひそんでいるのも解った。
「2人とも大丈夫そうです」
「そうか。ピィさんは少し疲れてきているようだな」
「ここも虫の魔獣がたくさんいますけど、リディアは平気なんですか?」
「……そんなにいるのか?」
虫の姿は目には映らないが、エメリアさんは気配を感じ取っているようである。犬やリスっぽい魔獣はリディアさんに構いたくて仕方ない様子だったけど、虫の魔獣は自分から出てくることをしない。人が苦手なのだろうか。
「……」
虫の魔獣が近くにいると言われてしまったら、どこにいるのか気になってしまう。うっすらとしたキノコの明かりを頼りにして、洞窟の天井や岩つらら、足場のでこぼこなどに目を向けてみる。すると、岩場の陰で、何かが動いたのを発見した。
「……」
いた。サッカーボールくらいの大きさをしたカブトムシみたいな魔獣が、こちらを盗み見ている。でも、リディアさん達が近くを通ると、さっと岩の後ろへと隠れてしまった。あちらもリディアさんのことを気にしてはいるみたいだな。
「……」
また、別の場所に大きなダンゴムシが2匹いた。そちらも顔だけはのぞかせているが、岩に擬態するようにして身をかくしている。近寄ってはこない。
「虫の魔獣は見当たらないな……」
「リディアが嫌うので、遠慮して出てこないんじゃないですか?」
「いや……苦手なのは間違いないが、そうだとしたら申し訳はないな……」
エメリアさんが冗談めかして言っているが、なんか……そんな感じの挙動ではあるんだよな。人間に嫌われているという自覚を持って身を引いているとしたら、それはそれで可愛い。そんな中、洞窟の奥からヒラヒラした虹色の物体が飛んできた。
「リディア。ちょうちょが来ましたよ。虫です」
「ちょうちょは妖精みたいなものだから……」
これもまた、見事なまでの大きなチョウチョである。大学ノートを広げたくらいの大きな羽を持ち、あやしげな虹色の光を振りまいてすれ違っていく。虫嫌いのリディアさんも、チョウチョはキライじゃないらしい。俺も、胴体部分に目をつむれば、まあまあ見れる。
「リディア。蛾が来ましたよ」
「蛾は、ちょっと苦手だな……」
「同じじゃないですか……」
「全く違う」
さっきのチョウチョの色違いバージョンみたいなものが飛来する。色が茶色いだけの違いなのに、なぜ嫌われてしまうのか。やはり、見た目って大事だ……。
「……風の音がしますね」
虫の襲来に備えて身をすくめているリディアさんの後ろで、エメリアさんが何か言っている。風の音……たしかに、かすかに聞こえるな。この通路には風は吹いてきてはいないようだが、この奥に風の通り道があるのだろうか。
「ピィ……」
洞窟の下り坂が終わり、広い部屋のような場所に出た。天井に穴が開いていて、かすかに陽の光が差し込んでいる。ここで休憩を取るようで、リディアさんたちを降ろしたピィさんは再び、ぐったりリラックスモードへと突入してしまう。そこへ、メフィストさんとシロガネさんも追いついた。
「お嬢様。お待たせいたしました……」
「むしろ、ついてこられることに驚いてすらいます……」
シロガネさんは徒歩だし、メフィストさんに至ってはリアカーを引いている。にも関わらず、ピィさんの大きな歩幅に平然とついてきている。すごいな……二人とも。
「あ……リディア。あれ」
「……」
洞窟の上の方をエメリアさんが指さし、リディアさんが顔を上げた。天井に開いている穴から、ひらひらと虹色のチョウチョが入ってくる。それも1匹や2匹ではなくて、まるで風の流れを再現するかのように群れを作っている。それらは羽を輝かせ、洞窟の奥の方へと向かって飛んでいった。
「キレイですね」
「……」
「……リディア?」
エメリアさんにしがみついていたリディアさんが、チョウチョの群れが通り過ぎるのを待って身を離した。やや青ざめたような顔をして、チョウチョの向かった先へ目を向けている。
「1匹なら問題ないが、あれだけいると……ちょっと怖いな……」
「わがままですね……」
あれだけキレイでも、たくさんいるとイヤらしい。虫嫌いの判断基準、なかなか難しいな……。
第166話へ続く




