第162話『寄り添い』
「それなりに歩いた気がするが、どこへ向かっているのだろう……」
「聖女様。車に乗っててもいいよ」
「いや……まだ大丈夫です」
魔獣たちの行き先が不明である以上、下手をすると三日三晩、森の中を歩き続ける可能性すらある。草の茂りは薄いと言えども、ここは人の足跡すらないケモノ道。どこまで体力が続くかは不安である。メフィストさんがリアカーに乗るようすすめてくれるが、このガタガタ道では乗っていても振動で落ち着かなさそうだな……。
「……上り坂になってきたな。メフィストさん、大丈夫ですか?」
「うん。全然」
リアカーを引いているメフィストさんの負担は大きそうだが、そんな重労働にも彼女は汗1つ見せない。体は誰よりも小さいのに、体力は無尽蔵なのではないかとすら思える。でも……一昨日の弱っている姿を見てしまったこともあり、無理をしてはいないかと少し心配にもなる。
「……」
魔獣たちは道案内するように森の中を歩きつつ、こっそりとリディアさんの足元へ寄ってくる。なでてあげたら喜びそうなものだが……魔獣はリディアさんに近づいては顔をしかめて、また少し離れては様子を見たり、つかずはなれずといった様子だ。甘えたいなら甘えればいいと思うのだが、何を懸念しているのだろうか……。
「……もしかして、ワタシ……ジャマ?」
「そんなことない……のではないかと」
魔獣たちからの反応がよくない点について、メフィストさんは自分が原因ではないかと空気を読んで察している。リディアさんは言葉では否定してみるが、魔獣から直に話を聞く訳にもいかないので、そこは気休めしか返せない。試しにメフィストさんは歩幅をせばめ、リディアさんから離れて歩き始めた。
「……」
メフィストさんが2メートルくらい後方へと下がる。でも、まだ他にも苦手なものがあるようで、すぐには魔獣たちも近づいてこない。エメリアさんが干し柿をあげた犬の魔獣だけは、いてもたってもいられずエメリアさんの足元をグルグル回っている。
「……もしや、ワタクシ……お邪魔でございますか?」
「いや、そんなことは……」
エメリアさんには魔獣も懐いているし、リディアさんに好意的なのは仕草から見ても明らかだ。すると、消去法的に見て自分が敵視されているのではないかと、今度はシロガネさんが懐疑的になっている。メフィストさん同様、シロガネさんが後方へ下がってみる。
「……おお。集まってきたぞ」
魔獣たちは不安がなくなったようで、まるでペットのようにしてリディアさんのそばに身を寄せてくる。もふもふがたくさんだ。やっぱりエメリアさんのことは怖がっていないようだし、だとすると魔獣の挙動不審は何が原因だったのだろうか。それに関してはメフィストさんが、後ろの方で考察を始めている。
「メイドさんは……武器を持ってる?」
「当然ですわ。いざという時、お嬢様をお守りせねばなりません」
「きっと、魔獣は人間の作った金属がキライ……聖女様は武器、持ってない」
後ろから聞こえてくるメフィストさんたちの話によると、自然物でない金属製の武器を持っているか否かが、魔獣の警戒心に関わっているのだという。そういや、今日はエメリアさんも杖を持ってきていないな。
「……」
いや、待てよ。メフィストさんもリアカーは引いてるけど、武器は持っていないはずだよな。小さな魔獣を抱っこしながら、リディアさんがメフィストさんたちの会話に参加している。
「メフィストさんも、武器をお持ちなのですか?」
「持ってない。でも、ワタシは……ラスカーだから、魔人の血が入ってる。そのにおいで、きっと危ないと思われてる」
メフィストさんについては、その体に流れている血がすでに、魔獣たちに危険視されていると自覚があるらしい。リディアさんが深いった事情に踏み込めないでいるのを見て、代わりにエメリアさんがメフィストさんの身の上話を聞いている。
「えっと……ラスカーってことは、メフィストさんのお母さんは魔人にさらわれた後、ちゃんと救出されたんですよね?」
「……うん。ただ、お母さんは……魔人の繁殖に利用された。魔人の子どもは産まなかったけど……その時に受けた魔素のせいで、ワタシを産んだあとは、長く生きられなかった」
今まで、ラスカーと呼ばれる人が何者なのか俺には解らなかったけど、話を聞く限りだと……魔人の魔素を受けた女の人が産んだ子どものことをそう呼ぶみたいだな。これだけメフィストさんの体に魔人の影響が色濃く出ているとなれば、メフィストさんのお母さんが受けた魔力が、どれほど強力なものだったのかも想像はつく。
「……」
「……聖女様?」
そんな話を聞いて、ふとリディアさんが足を止めた。メフィストさんも少し離れた場所で立ち止まり、距離を保ったままリディアさんの顔を見つめている。
「魔獣に避けられるのは……メフィストさんが悪いわけじゃない。一緒に歩きましょう」
「……」
リディアさんはメフィストさんの元まで戻り、一緒にリアカーを引き始めた。メフィストさんに魔人の血が流れているのは生まれつきだし、魔獣たちだって本能的に危険な雰囲気を察知しているだけで、どちらが悪いわけでもない。でも、それを見過ごしてしまうのは、リディアさんとしてはイヤだったのだと思われる。
「……」
リディアさんがメフィストさんに身を寄せたのを知り、怖気たように遠のいていた魔獣たちにも、メフィストさんが危険ではないと解ったようである。1匹ずつではあるが、徐々に足元へとすり寄ってきてくれた。やはりメフィストさんに触れようとはしないが、少しだけ距離は縮まったかな。
「シロガネちゃん」
「いえ、ワタクシは後ろから見張っておりますわ……武具を手放すつもりもございません」
エメリアさんにおいでおいでされるも、シロガネさんはなびかない。まあ、いやがる人に無理強いするのはよくない。シロガネさんの立ち位置は変えず、そのまま一行は歩みを進める。
「……広い場所に出たぞ」
どこへ続いているかと不安になりつつ森の中を進み、30分ほどが経った。次第に坂道が終わり、森の木々が開けている場所へと辿り着く。草原には黄色い花が咲き乱れ、ぽわぽわとした綿毛みたいなものが空へと昇っていく。なかなか幻想的な場所だ。
「リディア!このお花、食べられますか?」
「食べられはするが……無味だぞ」
もうお腹がすき始めているのか、エメリアさんはキレイなお花に食欲を向けている。魔獣たちの先頭に立っていた大きな恐竜が振り返り、花畑の奥からリディアさん達の方へ視線を向けている。他の魔獣たちも遊び始めているし、ここで少し休憩をしようとリディアさんはリアカーから手を放した。
「……」
リアカーの荷台のふちに、リスっぽい魔獣が乗っている。そっとメフィストさんが指を差し出すが、やはり怖がって魔獣は逃げてしまった。表情こそ薄いものの、ちょっとメフィストさんも残念そうである。
「……」
リディアさんがメフィストさんの肩を抱き、彼女の手を持って、リスの魔獣へと近づけてあげる。リスの魔獣は顔をしかめている。
「……」
においをかぐように鼻を動かした後、そっとリスの魔獣が歩み寄ってきてくれた。メフィストさんの細い指が、魔獣のふさふさの毛に触れている。
「ワタシ、魔獣にさわれたの初めて」
「……よかったですね」
「そうしてると……リディア。お母さんみたいですね」
「お母さんって……」
メフィストさんへおせっかいを焼いている姿を見て、エメリアさんがリディアさんを茶化している。なお、エメリアさんも魔獣とは打ち解けたようで、なかば魔獣たちのもふもふ毛並みに埋もれてしまっている。プレゼントももらったらしく、なにやら木の実っぽいものをかじっていた。
「そうしてみると、親子みたいですよね。同い年なのに」
「……誰と誰が?」
「リディアとメフィストちゃん」
「……」
……え?同い年なの?
「……メフィストさん、同い年なんですか?」
「そうかもしれない」
「リディアと私が多分、同い年じゃないですか。だったら、メフィストちゃんも同じですよ」
何気ないやりとりの中で、メフィストさんの年齢がエメリアさんの口から明かされた。メフィストさんの外見は小学生と中学生の微妙なラインであり、リディアさんとの身長差も40センチ近くある。てっきり俺も、メフィストさんのことは年下だと思っていた……。
「……すみません。メフィストさんの事、かわいいとか思ってしまって」
「……いいよ」
まあ……昨日はお酒も飲んでいたからな。あの時点で気づくべきだったとも言える。そんな中、ちょっと遠い場所から、シロガネさんが挙手して見せている。
「……ワタクシも、同い年でございます」
「そうなんですか?もっと、ずっと遥かに年上だと思ってました」
「あなた……ケンカをお売りなのですか?」
シロガネさんも同い年らしいが、落ち着いた雰囲気のせいもあって、エメリアさんからは年上だと思われていたようである。別に見た目が老けているとか、そういう訳ではないと思われる……。
「ところで……エメリアは、何を食べてるんだ?」
「もじゃもじゃの魔獣からもらいました」
エメリアさんの食べている木の実を気にして、その出どころについてリディアさんが尋ねている。木の実は紫色に黄色い斑点がついており、見た目は毒々しい。近くの木に大量になっているのが見えるし、魔獣たちもくしゃくしゃと音を立てて咀嚼している。体に悪い物ではないようだ……。
「あ……どうも」
欲しがっていると思われたのか、リディアさんとメフィストさんにも魔獣が木の実を持ってきてくれた。リディアさんも知らない木の実のようだな。リスがうるんだ目で見てくるので、2人もありがたく木の実をかじってみる。
「驚くくらいすっぱいな……」
まずくはないようだが、かなりすっぱいようで、リディアさんとメフィストさんは顔をしかめながら、食べる手を休めている。一方、エメリアさんはためらうこともなく木の実を食べ続けている。大丈夫なのかと、リディアさんが心配の声をかけている。
「エメリア……そんなに一気に食べて大丈夫なのか?」
「すっぱいです……」
「だろうな……」
「でも……」
木の実の芯まで飲み込み、エメリアさんはドヤ顔で言った。
「もらったものを残したら失礼なので!全部、食べます!」
「お前……いいやつだな」
いい人なの間違いないんだけど……魔獣たちですら、木の実の芯までは食べてないんだよなぁ。
第163話へ続く




