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第142話『発表』


 「緊張してきた……私、場違いじゃないか?」

 「2歳の頃より詠唱学に励んでおられたお嬢様が、場違いのはずがございませんわ!」


 歌手の人すら5歳から歌を始めたと言っていたのに、リディアさんは2歳の頃から歌っていたらしい。それだけ経歴が長ければ、アマチュアとはいえオーディションを受ける資格は十分にあると思われる。足音を立てないよう、リディアさんとシロガネさんは審査席の前へと歩き出した。


 「エントリーナンバー15番。リディア・シファリビアとシロガネ・クロノスです」

 「あの……リディアさん。申請用紙のお名前と、違うようですが」

 「……すみません。芸名はダイヤと申します」

 「シファリビア家の方とお見受けいたしますが……騎士団長様とはお知り合いで?」

 「いえ、お気になさらず……」


 審査員にはリディアさんのお兄さんがいる訳で、苗字まで名乗ってしまったら身元がバレバレである。胸に乗っている俺には、彼女の体の震えが強く伝わってくる。緊張のせいで言い間違えをしてしまったようだな。


 「では、参りますわ。お嬢様」


 シロガネさんが楽器を構える。リディアさんは首から下げている俺を握りしめて、シロガネさんの演奏に耳を澄ませている。静かな空間に、透きとおった音楽がじんわりと広がり、そこに普段の話し声とは少し違う、リディアさんの伸びやかな声が重なった。


 「……」


 素敵な曲だ。音楽のジャンルとかは解らないけど……ただただ、それは聞いていて気持ちのいいものであった。広い。深い。暗闇の中から、陽の光を見るような。美しい音ばかりが連なって、室内に癒しの一時をもたらした。


 「……ありがとうございました」


 演奏が終わり、審査席や参加者の列からは拍手の音が聞こえてくる。それは盛大なものではなく、音楽の余韻をにごさないように気をつかうような、優しいエールであった。リディアさんは参加者の列へと戻ったところで、握りしめていた俺からほろりと手を放した。拍手がおさまったところで、審査員のおじさんが口を開く。


 「……このような場所で、リートンの奏を耳にできるとは。珍しいものをお持ちで」


 シロガネさんが何も言わず、静かに頭を下げて見せる。あの楽器は、この世界でも希少なものであるらしい。シロガネさんの持っている小さなものでも珍しいとなると、ダイリさんの持っていた大きめのものは、更に高価なのだろうと予想できる。


 「歌声も伸びやかでよかったですな。騎士団長」

 「……私は、好みではないな」

 「騎士団長が、そのようにおっしゃるとあらば、質の高さはお墨付きですな」

 「……どういう意味ですか?レンガスさん」


 お兄さんの表情は渋いが、それゆえに高い評価が保証された。もしや騎士団長って、城の人たちからもセンスがないと思われているのではなかろうか。それはともかく……全員のパフォーマンスが終了したと見て、クリスさんが次の工程について説明を始める。


 「それでは、これより審議に入ります。参加者の方々は、しばしお待ちください」


 エントランスホールの一角に、垂れ幕のかけてある場所がある。その中へと審査員の人たちは入っていき、誰を合格にするのかについて、熱い議論を開始した。


 「絶対、マイルーシさん!私、昔から好きだったのよ!」

 「マイルーシさんの実力は認められたもの。私も一押し」

 「一応、騎士団長の意見をお聞かせ願いたい」

 「私は、最後に歌ったやつ以外ならば誰でもいい……」


 もっと内密に会議するのかと思いきや、垂れ幕の外まで審査員の人たちの声は丸聞こえである。それを聞くところでは、最初に歌ったマイルーシさんが人気みたいだ。こういうのって普通、あとに歌った人の方が印象に残りやすいから有利だと思うのだが、それだけ彼の実力が凄かったってことでもあるんだろうな。


 「しかし、最終的に決めるのは私たちではない。騎士団長。よろしくお願いします」

 「ああ……」


 騎士団長の声が聞こえた後、しばしの沈黙が訪れた。審査員の人たちが垂れ幕から出てきて、騎士団長だけが中に残る形となる。芸術的センスを問われていたはずの騎士団長に、オーディションの結果を一任してよいのだろうか。とすれば、誰が選ばれるかはともかく、リディアさん達が選ばれないことは明白であろう。


 「……よろしいのですか?」

 

 ……垂れ幕の中には騎士団長しかいないはずだ。なのに、なにやら問いかけの声が聞こえてくる。もしかして、他にも誰かいるのか?


 「……ですが、あの者は冒険者くずれでございます。歌を生業としている者では」

 「……」

 「……そのようにおっしゃられるのであれば」


 騎士団長と話している声は聞こえてこないが、あの下手に出た口ぶりからするに、騎士団長より偉い人なのは確かと思われる。まさか……王様か?いや、でも……首脳会談前だし、こんなところに王様がわざわざ来るのは違和感がある。女王様とかの可能性もあるのかな。


 「シロガネさん……帰ろうか」


 「結果を待たずして帰宅するというのは、いささか礼を欠いているかと……お嬢様。ファイトですわ」


 ダメそうな感じが満々なので、リディアさんが帰ろうとしている。ここで合格できなくても、

聖獣に効果的な歌を探す方法は他にもあるかもしれないし、審査員にお兄さんがいる時点で不利ではあったのだ。今回は仕方がないと思う。


 「……」


 バンドの人たちは夜に仕事を控えているので、レストランのオーナーと楽しそうに会話をしている。それ以外の人たちは高鳴る心臓の音が聞こえてきそうなくらい、緊張した面持ちで垂れ幕を見つめていた。ひまを持て余したといった様子で、アネットさんがリディアさんのとなりにやってきた。


 「リディアちゃんとシロガネちゃん、もうプロじゃん!カッコよかったよー!」

 「ありがとう。ところでアネットさん……あの幕の奥に、騎士団長以外に誰かいるのか?」

 「う~ん……解んない。音楽に詳しい人とかじゃない?」


 騎士団員も知らないとなれば、俺たちに何者かを知る術はない。マップ能力を駆使して垂れ幕の中にいる人数を調べてみる。やっぱり、あの中には騎士団長の他に、もう一人いるな。そうして雑談をしている内、奥から騎士団長が姿を現した。アネットさんも急いで持ち場へと戻っていく。


 「諸君、お待たせした!これより、帝国主催の宴に参加する演者を発表する」

 

 自由に待機していた参加者たちが騎士団長の前に集まり、リディアさん達は遠慮がちに後ろの方で聞き耳を立てている。ふと……垂れ幕の後ろから、片目をのぞかせている女の子が俺には見えた。みんなは騎士団長を見ているから、女の子には気づいていない様子だ。


 「……今回、パーティで歌う資格を与えられたものは……あー」


 騎士団長は顔色こそ変えないものの、やや悩ましそうな声で言いよどんだ。参加者たちの真剣な顔を見渡した後、ついに結果が発表となった。


 「選ばれたのは……ナンバー15番、ダイヤとシロガネ。他の参加者も、実力に見劣りはなかった。これからの活躍に期待している。少ない額だが、協力金を受け取って帰って欲しい」


 みんなが一斉に振り返り、目をパチパチさせながらリディアさんとシロガネさんを見ている。怒っている……のかな。誰かが選ばれたら、誰かが脱落するのは当たり前だ。でも、みんなだって頑張ったのだから、くやしい気持ちもあるだろう。こういう空気って俺は苦手だ……。


 「……おめでとう。よい歌と演奏でした」

 「……あ。ありがとうございます」


 みんなが様々な表情を見せている中、真っ先に拍手をしてくれた人がいた。マイルーシさんだ。彼はリディアさんとシロガネさんに手を差し出し、優しそうな顔で握手を交わした。


 「今回は、わしの出る幕ではなかったのだ。がんばってくれたまえ」

 「……マイルーシ様。光栄でございます」


 そうリディアさんへと告げて、マイルーシさんは静かに会場を去っていた。さっき垂れ幕の後ろにチラッと見えた女の子は……見間違えでなければ、この国のお姫様だった。実質的に、合格者を選んだのは彼女だったと思われる。もしかするとマイルーシさんも、帝国側に事情があるのを察していたのかもしれないな。


 ベテランが諦めを見せてくれたおかげで、他の人たちも気持ちに整理がついたらしい。騎士団の人たちから金一封を受け取って、そろそろと帰り支度を始める。そんな中、歌手のムースさんが憎さを露わとして、足音も大きくリディアさんへと詰め寄って来る。


 「あんた!シファリビアって言ったわよね?騎士団長の身内でしょ!出来レースよ!出来レース!」


 「私は、そのような思惑は一切ないのですが……」


 リディアさん自身も、なぜ自分が合格したのか、しっくり来ていないのだと思われる。そんな疑問を伝えるようにして、リディアさんは騎士団長の方を見つめるのだが、あちらも今は何も語れないといった素振りで、腕組みながらに目をふせていた。こちらが弱気と知るや、ムースさんは更に語気を強めた。


 「それに、その服。見た目の色気で審査の目をひくなんて、歌手として言語道断!あなたに、栄光の場で歌う資格はないわ。他の人たちも、そう思うわよね?」


 ムースさんの意見に一理あると考えているのか、ただ彼女と関わりあいになりたくないのか、審査員の人たちや他の参加者は互い互いに顔を見合わせている。リディアさんが何も言い返せないでいる為、代わりにシロガネさんが前へと歩み出ようとする。しかし、それより早く、バンドのリーダーらしき人が、そんな言いがかりに横槍を差し込んだ。


 「……仮にダイヤさんが失格でも、さっきのおっさんや他のやつらが優先して選ばれるだけの事。あんたは心配しなくていいぜ」


 「なんですって!」


 「あと、折角だから言わせてもらうが……俺ら皆、ムーンストーンズのファンだったんだ。コクサ王国まで何度も、あんたの公演を見に行った。なのに、今日の歌は正直……心が震えなかった」


 バンド・シーフォースの人たちは、ムースさんとダイリさんが組んでいた頃からのファンだったという。まさか憧れのダイリさんが数日前まで、自分たちの街にいたとは夢にも思わないだろうな。バンドの人たちは肩を落とした様子で、複雑な胸中を明らかとしている。


 「ムースさんさぁ。俺ら部外者だから、何があったか知らないが、なんっていうか……ダイリさんとデュオ再結成してくれよ。頼むぜ。なぁ」


 「……くぅ」


 デュオを解散したせいで人気が落ちている。その自覚はムースさんにもあったようで、返す言葉が見つからないというようにしてハンカチを噛んでいる。その後、ムースさんはリディアさんを人睨みして、捨て台詞を残しながらに家を出ていった。

 

 「……おぼえてなさい!絶対に、認めないから!」


 ムースさんは怒り心頭のあまり転び、しかも脱げたクツを置き去りにして去っていった。シロガネさんがクツを拾って、急いで持ち主を追いかけていく。あの様子だとデュオ解散の原因もムースさんにありそうに思えるし、仲直りするのも難しいかもしれないな……。


 「リディア。お前は、こちらへ来なさい」


 「……はい。お兄様」


 「……参加者の方々。ならびに審査に協力していただいた皆さん。騎士団の諸君。これをもって、審査会は終了となります。お疲れ様でした」

 

 騎士団長の声を受けて、リディアさんは垂れ幕の前へと移動する。他の人たちは警備にあたっていた騎士団の面々も含めて、みんなそろって建物を出ていった。この出会いを記念して、参加者の人たちは一緒にごはんを食べに行くと見られる。音楽家同士だし、そういった意味でも気があうのだろう。


 「お待たせいたしましたわ。ルクローム様」


 今、家に残っているのは宮廷専属音楽家の人と、騎士団長とリディアさんだけである。そこへ、クツを渡しに行っていたシロガネさんが合流する。まだ騎士団長はリディアさんを合格者と認めていないようで、いつも以上に気難しそうな顔をして口を開いた。


 「……私としては不本意ながら、お前には王家の方々の面前で歌ってもらう」

 「あの……お兄様。どうして、私が選ばれたのですか?」

 「……」


 あれだけお兄さんから否定の言葉をかけられたにも関わらず、なぜ自分が選ばれたのか。やっぱりリディアさんも気になっているらしい。それについて、もう隠す理由もないとして、騎士団長は垂れ幕へ手をかけた。


 「私ではない。この方の意向だ。失礼いたします」


 何重にもなっている垂れ幕が退けられ、奥にあるせまいスペースが露わとなる。でも……そこには誰もいない。ポツンと置かれているイスの上に、カードらしきものが置いてある。それを手に取り、騎士団長がカードに書かれている内容へと目を向ける。


 『家の中を探検してきます』


 その旨を受け、騎士団長が口をすぼめている。メッセージを書いた人の名前は書かれておらず、リディアさんは話の筋が見えないといった具合に、騎士団長の顔を見上げている。


 「お兄様……なにか問題が?」

 「いや、問題はない。少し困っただけだ……」


 騎士団長は振り返り、広そうな家をぐるりと見渡す。そして、シロガネさんの方を見て、再び同じ言葉を口にした。


 「……困るな」

 「申し訳ございません……」


 なぜ、もう一度、言ったのか。そして、なぜシロガネさんが謝るのか……。


第143話へ続く

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