第138話『家宅捜索』
壁に掛かっている額縁の他には、廊下に家具らしきものも置かれていない。窓辺の台に花瓶があり、花が活けてあるくらいかな。どうして額縁が気になったのかと、リディアさんはルビィさんに質問している。
「こちらが、どうされましたか?」
「昨夜、管理人さんが、この額縁の前に立っているのを見ましたので……」
「管理人さんがですか?」
この家にかけられている呪いについてルビィさんは調べてくれているのだが、やはり管理人さんが呪いに関係していると考えているようである。何も絵の描けられていない額縁の前に、幽霊のような姿をした管理人さんが立っている構図。そんなの目撃してしまったら、いろいろと怖がりなシロガネさんは卒倒してしまうかもしれない。
「その際に管理人さんの口の動きから、何を言っているのか推測したのですが……契約、などという言葉が読み取れました」
「契約か……」
昨晩、廊下からルビィさんの声が聞こえてきたが、あれは管理人さんを観察していた時のものだったらしい。それを見て、この額縁に何かあると考えたんだな。そんな話を聞いてしまったら、リディアさんも額縁に興味が出てきたようで、試しに取り外してみようと両手で抱えて引っ張っている。
「……外れないな。釘で壁に打ちつけられている」
「……おかしいですよね。絵がないのに、額縁が外れないなんて」
額縁って普通、裏側から絵をいれるんだよな。壁に打ちつけられているってことは、この額縁には最初から、絵を入れるつもりがなかったのか。いや、謎が深まるばかりであり、リディアさんとルビィさんが額縁の周りをうろうろしている。ふと、何かの気配に気づき、ゆっくりとリディアさんが振り返った。
「……ああ、管理人さんか」
2人の後ろから、管理人さんが額縁をのぞいている。ジャマになっていると思ったようで、2人は額縁の前から離れて場所をゆずった。また独り言のように口を動かしたのち、管理人さんは階段を降りて行ってしまった。事なきを得て、リディアさんは安心を表情に出している。
「……うん。身辺を調査されて、怒っている様子はなかったな」
「……管理人さんって、我らのこと、ちゃんと見えてるのかな」
一応、額縁の他に見知らぬ物がないかと、リディアさん達は自室や廊下を一巡り確認。その後、2人は一緒に1階へと降りる。階段を降り終えたところで、ルビィさんはリディアさんを呼び止めた。
「あの……お時間があれば、管理人さんのことを教えてもらえませんか?」
「いいですが……私も、ちゃんと話したことがないんだよな」
俺も、管理人さんの姿は家の中で何度も見てるけど、まだ声を聞いたことがないな。家主であるリディアさんも俺と大差ないらしく、管理人さんのことを聞かれると、ちょっと自信がなさそうにうなづいた。
「……」
まずは管理人さんを観察だ。管理人さんはキッチンに立って、食器を並べ直している。いつも彼女の服装は同じで、白い素朴なエプロンをつけている。年齢は解らないが、リディアさんたちより幾らか年上だと思われる。長い髪で顔は見えない。ふくらはぎから下は透明になっていて、足がないから転ぶ心配もない。
「管理人さんは、いつも同じ順番に食器を並べてくれるんだよな」
「お皿をですか?」
「多分、お気に入りの配置があるのだろう。シロガネさんは実用性で並べるから、調理器具はシロガネさんの収納方法で並んでいる」
お皿は大きさの順にキレイに並べてあるらしい。几帳面なんだな。とはいえ、シロガネさんも整理整頓は小まめにしてくれているようで、管理人さんもやることがあまりないと見える。その分、キッチンまわりをピカピカに磨いて、リビングも隅から隅までほこりを取り除く。あまりに清潔感があるので、リビング周りは喫茶店と見間違うレベルだ。
管理人さんは戸をすり抜けて、庭の方へと出ていった。ルビィさんとリディアさんも窓辺の席へと腰掛けて、ガーデニングの模様に目を向ける。
「あの園芸も、リディアさんが始めたのですか?」
「いや、家を買った時から、もう畑と花壇はあった。植物も植えてあったぞ」
買った時からあったってことは、植えてあるものについても管理人さんのチョイスなのだろう。そのお花を指さして、リディアさんが1つ1つ名前を教えてくれる。
「あの赤いのがルクの花。隣がランボシ。これらは毒草だ。白くてポワポワしているのがオビ。クララの花のクキは食用になる」
「詳しいですね……」
「冒険者を志すものとして、毒草薬草に関する効果は頭に入れてある。魔物に関しては、エメリアの方が詳しいがな」
いざという時に困らないよう、食用になるものは記憶しているという。しかし、なぜ毒草まで育てているのか。ルビィさんが恐る恐る、毒草の使い道を尋ねている。
「毒草を育てるメリットとは……」
「キレイだから、ではないだろうか……しかし、困るよなぁ。エメリアが間違えて食べるかもしれないし」
エメリアさん……お腹が減ったら、よく解らない花すら食べると思われている。
「それ以外に使い道もあるにはあるが……ん?」
玄関の方から、ドアをノックする音が聞こえてきた。管理人さんがリビングを通って、リディアさん達より先に来客対応へと出てくれる。安全な人物であると知れたようで、管理人さんはノックした人をつれてリビングへと戻ってきた。
「やっほー。新聞屋です。いります?」
「ああ、あなたですか。お疲れ様です」
新聞屋さんだ。この前に来た人と同じ人だな。ここなら情報を買ってくれると見て、頻繁に足を運んでくれているようだ。昨日は朝も早くから出かけてしまったから、新聞を売りそびれてしまったのかもしれない。時間もあることだしと、リディアさんは新聞屋さんにイスへかけるようすすめている。
「……そちらへ、おかけください。どのようなニュースが入っていますか?」
「今日はですね……国家首脳会議です。14時には各国の偉い人たちが到着します。会議の内容次第では、これは明日、高く売れる」
「いえ、商売戦略のことを言われましても……何か、飲みますか?」
「いただきます!あとはですね……そうそう!国で飼っている魔物のヘビが、かなり前から行方不明だとか。反国家団体が交渉の道具にしようと捜索しているとかですので、見つけたら触らず、騎士団に報告してください」
そのヘビさんは……もう見つかったんだよなぁ。しかし、新聞屋さんの情報を元に考えると、ヘビさんを国に引き渡したあと、リディアさん達を襲ってきたのは、国をよく思わない集団だったと推察される。こんな平和そうな国でも、不満を持つ人というのはいるものと知った。
「あとはですね……『今日の騎士団長』。『武器防具店のセール情報』。『市民共済会の催しについて』。そして、うちの昨日の晩ご飯」
「昨日の晩ご飯?」
「レシピもつきます……1ジュエルです。お恵みください」
新聞屋さんの昨日の晩ご飯までコンテンツ化しているところを見るに、あまり近頃は面白い話題も見つからないのだと思われる。リディアさんも他のニュースに興味がなかったようで、新聞屋さんが何を食べたのか、そんなことを有料で聞いてしまう。
「昨日の晩ご飯を教えてください」
「うちの昨日の晩ご飯は、リュリュンです。米粉に茹でた豆を加えて炊き、塩をふった海藻で包んだものです。副菜として、クジーの根の漬物。これは香辛料につけこんで作ります。香辛料は辛ければ、なんでもいいです」
「リュリュンか。お昼に作ろう。あっ……そうだ。いいものがあるから、持って行ってください」
新聞屋さんの晩ご飯が割と質素だと知れたわけで、リディアさんはジャムを容器に分けて手渡している。教えてくれたリュリュンという料理は想像上、おにぎりに似たものだろうし、すっぱいジャムともあうだろう。悪い物ではないと伝える意味で、リディアさんがジャムを口に入れている。
「かなりすっぱいが、腐っているわけではない。ごはんのおともにしてください」
「ありがとうございます!お礼として、『今日の騎士団長』の情報をサービス……」
「それは……いらないです」
そんなこんなで、1ジュエルとジャムをもらって、新聞屋さんは頭を下げ下げ帰っていった。今日をしのげば、明日はニュースに事欠かなそうだからな。がんばっていただきたい。
「……私たち、新聞屋さんが来るまで、何をしていたのだっただろうか」
「あ……管理人さんのことを調べてました」
新聞屋さんへの対応に忙しくて、リディアさんは自分が何をしていたのか忘れている。管理人さんは自分を見られていることを知っているのか知らないのか、掃除用品を持って2階へと上がっていく。リディアさん達も彼女のあとを追うが、管理人さんは部屋を1つ1つめぐって、ゆっくりと窓辺をふいたり、ゆかをはいたりするばかり。のどかだ……。
「いつも、管理人さんは……こうなのですか?」
「こうして追いかけながら見るのは初めてだが、きっとこうだと思います」
見ているだけなのもなんだと思ったのか、気づけばリディアさんとルビィさんも管理人さんの手伝いをしている。お昼を前に家の掃除は全て終了して、お昼ごはんの準備を始める。
「エメリア、帰ってこないな……リュリュン作りにかかるか」
「材料はあるんですか?」
「昨日、色々と買っておいたので。似たものは作れます」
エメリアさん達が帰ってきて、すぐ昼食に出来るよう、おにぎりを作っておくようである。ルビィさんも手伝おうとはしているのだが、リディアさんと管理人さんがてきぱきやってしまうので、はわはわと慌てながら横で見ているだけであった。
「あれ……リディアさん。管理人さんは、どこに行きました?」
「……いないな」
昼食の準備を終えて、リディアさんがお茶を入れ始めた。ルビィさんと一緒にカップを持ち、一息ついているところ。ふと、管理人さんの姿がないのに気づいた。
「……?」
1階、2階。庭や玄関。2人がかりで探してみるが、どうにも見つからない。とはいえ、いないものは仕方ないので、リディアさん達は湯気の消えたお茶の元へと戻ってきた。
「たまに、どこか行っちゃうんだよな……」
「……お手洗い、借りていいですか?」
「自由に使ってもらって構いませんよ」
お茶会を再開する前に、ルビィさんはお手洗いへと向かった。人の家のお手洗いって、ちょっと緊張するよな。まあ、もう俺は二度と、お手洗いを使う機会はないんだけど……。
「……ッ!」
リビングを出てから数秒で、ルビィさんがムッとした顔をして戻ってきた。やけに早いな……。
「リディアさん。管理人さん……管理人さんが……」
「……?」
「か……壁から出てきました!」
「……壁?」
管理人さんはドアもすり抜ける訳で、別に壁から出てきてもおかしくないと思うが……リディアさんはルビィさんに手を引かれていく。なんか、娘のお手洗いについていってあげるお母さんみたいだな。
「……」
リビングを出るところで管理人さんとすれ違う。階段の下にはお手洗いがあって、そこが洗面所の役割も果たしている。でも、ルビィさんはお手洗いの前を通り過ぎて、その先にある何もない行き止まりへと進む。
「ここ!ここから出て来たのを我が眼がとらえた!」
「……?」
木の板をはりあわせただけの、何の変哲もない壁だ。でも、なんか……ペンキみたいなものがついているな。リディアさんが壁に手をついて、パンパンと叩いて探っている。その一部へ手をつけたところ、スッとリディアさんの手が壁をすりぬけた。
「……わっ!」
急いで手を引き抜く。リディアさんの手にケガはないようだな。改めてリディアさんは壁に手を押し込み、そのまま中へ入れることを確認している。
「はいれそうだぞ。行ってみよう」
「……」
まったく臆さないリディアさん。その手を引いて、ルビィさんが彼女を引き止めた。
「あの……リディアさん。いいところで申し訳ないのですが……」
「……どうしました?」
もじもじと身をよじった後、ちょっと都合が悪そうにルビィさんが用件を告げた。
「お手洗い……お手洗いに行ってき……ます!」
「あ……そうでしたね」
そうだな。それが最優先だ。気にせず行っていただきたい。
第139話へ続く




