第131話『気持ち』
今、俺が自分の力で運べるのは、リンちゃんの探していた置物1つで精いっぱいだ。湖のふちに置いてきた宝物を盗賊団が見つけてくれることに期待しつつも、もし見つけてもらえなかったら……後日、また自分で拾いに来ようと思う。俺は水からはい上がると、カブトムシの姿へと変形し、6本の足で置物をつかんで羽をバタバタと動かした。
「……」
……ダメだ。持ちあがらない。俺は基本的に、空気より体を軽くして浮かせてるだけだから、自分で浮かび上がる能力はあまりないんだな。風船のように上へ向かって働く力もないからして、重いものを持って飛ぶ事はできないという理屈だろう。
口にくわえて運ぶには大きすぎるし、持って飛ぶ事もできない。とすれば、残る手段は……。
「……」
体当たりで動かして運ぶか、転がすしかないな。物を転がすのが得意な魔物には心当たりはある。俺はラーニングスキルの一覧から、ネココという魔物の名前を選んで変形した。
ネココというのは、リスとウサギを合体させたような、妙な姿をした小動物である。こいつに見つかったがばかりに、俺は森の中をコロコロコロコロと押し転げられたのである。というのも、今となってはいい思い出だ。前足を置物に乗せて、ポンとした丸いお腹を押し当てる。なかなかの安定感。俺は後ろ足で地面を蹴って、ゆっくりと発進した。
「……」
足元は泥だらけだけど、なんとか草むらまで強引に置物を押し出した。さすがネココだ。ずんぐりむっくりしていて、後ろ足だけで立っても割と安定感がある。スピードも出せそうだぞ。ぬかるんだ場所を抜けて、森の中にある落ち葉を押しのけて進む。
「……」
木々の合間をぬっていく中で、湖へ帰るお魚の群れとすれ違った。森林浴をし過ぎたのか、体が乾いてパサパサになっている。お魚は自分で歩けるし、体が乾いても元気。でも、魔物じゃないらしい……不思議な生き物だなぁ。
森の中では魔物に遭遇することもなく、村への帰還は至って順調。なのだが、置物は土にまみれて茶色くなっている。金属でできているから壊れそうな様子はないけど……村に着く頃には泥人形同然になっているかもしれない。雨でも降れば少しは磨いてもみようというものだが、今のところは天気もいい。山道を登りつつ、段々と広がっていく青空を見通す。
「……?」
金属製の置物を岩道に転がしながら、カリンカリンと岩のけずれる音を聞いている。置物にはヘビのような形のシッポがあるから、坂道で立ち止まってもうまく引っかかって止まってくれる。谷にかかった橋へとさしかかり、俺は置物を陽の光にさらして、改めて姿形を観察してみた。
「……?」
なんか……変だな。シッポもあるし足もある。両腕も羽も、頭もある。ただ、置物のおでこのところが、不自然に角ばっている。ここに、もしかして何かついていたのかな。転がしている間に外れて、どこかに落としたのかも。洞窟の中で見た時、ここに何かついていただろうか……心配になってきた。
一旦、置物を道脇に置いて、俺は来た道を戻ってみることにした。置物のおでこについている部品であれば、そこまで大きくはないはずだ。見落とさないよう、じぐざぐに歩いて坂道を降りていく。小川に橋がかかっている場所まで来たが、まだ置物の部品らしきものは見当たらない。
「……」
森を抜けて、湖のほとりまで戻ってきた。盗賊団の人たちが、湖のフチに置かれた宝物を回収してくれているのが見えた。
「おやぶーん。なんで、こんなピカピカしたもんが湖に浮いてるでし?」
「そりゃあ……あれだ。誰かが落としたんだろ?」
「こんな高そうなもんを落とすなんて、さぞや間抜けなやつでし」
宝物を一通り回収し終え、盗賊団は困惑した様子で草むらに並べている。そりゃあ……そうだよな。魔人のアジトに保管してあったなら盗品と断定できるが、湖に浮いているものは、ただの落とし物である。犬っぽい人が、これらの処理方法について親分に尋ねる。
「僕に似た姿のオブジェもある。親分、これ……もらっちゃっていいですよね?」
「バカ!おめぇ、バカ!考えても見ろよ?これが、もし……どっかの偉い人の落とし物だったら、どうする?オレサマたちが盗んだと虚偽をかけられかねん。すれば、これだぞ。これ」
親分が首元に手を当てて、スッと何かを切断するようなアクションを見せている。打ち首の可能性におびえ、犬っぽい人は手にしていたモンスターメタルコレクションを地面に戻した。
「ひえ!死刑は勘弁!」
「そこでだ。こいつらをちゃんと持ち主に返すんだぜ。すれば……金持ちの持ち主!感謝感激、飛翔の舞!」
「そっか!金持ちに恩を売るんですね!さすが親分!」
やっぱり、ちゃんと返すらしい。盗賊団とは、いったいなんなのだ。その定義が、ちょっと俺には解らなくなってきた。宝物を盗賊団で一時保管すると見て、タマタマさんは収集物を茶色い袋へとしまい込んでいく。
「そいじゃ、あっしが袋に入れて保管するでし。おやぶん。ほら、その首にさげてるネックレスも」
「……おお、これね。これ」
「……なんで首にかけてるでし」
「いや、おめぇ……決して、盗ろうとしたんじゃねぇぞ!?ただ、ちょっと借りただけ!勘違してもらっちゃあアレよ。ヤだぜ?」
色々と誤解は招いてしまったようだが、盗賊団の人たちは宝物を持ち主のところへ持って行ってくれる様子だ。でも、盗賊団の人たちが拾ったものの中にも、置物のパーツらしきものは見当たらない。やっぱり、最初からなかったか、もしくは流されている間に、どこかへいってしまったか。置物を置いてきた場所まで探しながら戻って、それで見つからなければ諦めようか……。
「……ミミミ」
「……?」
森の方へと足を戻すと、木の上から動物の鳴き声が聞こえてきた。黒っぽい草葉の影に隠れて、枝の上に乗っているのは……黄色い毛をしたネココだ。前に見た時は桃色だったけど、様々な色のネココがいるんだな。
「……」
ネココが何か、灰色のものを手に持っている。錆びついたような色をした、楕円形の物体。もしや、あれ……置物の一部じゃないか?俺が落ち葉をかきわけて近づく。あちらも俺の存在に気づいたのか、急に木から飛び降りて移動を開始した。
さすがに野生動物だな。手足は短いのに、目で追いきれないくらい足は速い。すぐさま俺も駆け出すが、その目立つ黄色の毛並みが見えなくなるのは、あっという間のことであった。
「……」
俺は視界にウィンドウを開き、その中に周囲のマップを展開する。勢いよく動いている丸印、これが先程のネココだろう。マップを確認しつつ、木や岩などの障害物にぶつからないよう移動を続ける。やや離れたところで、ネココの動きが止まったのを知る。食べ物でないことが解って、興味を失ってくれたらいいのだけど……。
「……?」
山肌に大木が倒れかかっている……いや、山を突きさすようにして木が生えているのかもしれない。そんな木の上の方に、茶色くて丸いものがついているのを発見した。木の実ではないな。漫画なんかで見たことのある、ツリーハウスというやつを連想させる。あの中に、ネココは入っていったようだ。
マップを確認してみる。生き物の居場所を示す丸印が木の上に、たくさん表示されている。10……20はあるな。あれが、ネココの家なのかもしれない。俺は手足の爪をくいこませ、近くの木によじのぼってみる。そこから、そっと……家らしきものの中をうかがってみた。
「……」
入り口はせまくて、内部の全てを把握する事はできない。だが、先程の黄色ネココの姿は見えた。それと……もっと小さいネココもいる。子どもなのかな。
「……」
どうしよう。ネココの姿を模しているとはいえ、俺の姿は石でできている。仲間だとは思ってもらえないだろう。まあ、中に入って襲われたとしても、俺が傷を負う危険性はないはず。もちろん、俺だって戦うつもりはない。ただ……。
「……」
あの巣の中には、子どものネココがいる。子どもに怖い思いをさせたり、他のネココが子どもを守ろうと慌てたり、そういった状況になるのは俺としては、一番イヤだった。もう一度、俺は巣の入り口から、仲良さそうにしているネココたちの様子を見つめた。
「……」
……リンちゃんだって置物が見つかれば、一部が欠けていたとしても喜んでくれるはずだ。俺が探しにいかなければ、魔人の巣の中に置いたままとなっていた訳だし……俺は、やるだけのことはやった。置物を村へ運ぼう。諦めの気持ちで、俺は木から降りて地面に足をつけた。
「……ピピピ」
「……?」
帰り道を探し始めた俺の背中に、か細く、小さな鳴き声が当たった。俺は振り返り、木の上へと視線を向けた。
「……」
ネココだ。追いかけてきたネココより、幾分か小さい。毛の色もベージュだ。子どものネココだな。そんな小さなネココが、木の上から俺を見つめている。続けざまに、2匹目のネココが顔を出した。
「ピピピ」
また増えた。3匹。同じ毛の色をした子どものネココが、俺の方をジーッと見ている。無視して去るのも気が引けた為、俺も振り返って、ただ視線を返した。そこへ、黄色い毛並みのネココがやってきて、子どもたちを巣の中へと連れ帰っていった。その一瞬、黄色ネココが俺に視線を向けたのも解った。
「……」
なんとなく……なんとなくだけど、信じてみたいという気持ちがこみあげてきた。こちらが何もしないという気持ちを持って接すれば、あちらも応えてくれるかもしれない。俺は木に爪をくいこませて、ゆっくりと巣のある入り口までのぼっていった。
「……」
巣の入り口に立ち、穴から中をのぞいてみる。わぁ……奥にも、たくさんネココがいる。家族なのか。それともチームなのかは解らない。眠っている子もいれば、木の実を食べている子もいる。そうした中、黄色い毛のネココが、俺の方へと歩いてきた。
「……ミミミ」
「……」
俺は巣の入り口から一歩だけ下がって、中に入るつもりはないとアピールした。あちらも威嚇する動作は見せず、俺に向けて鳴き声を発している。ネココの言葉なのかもしれないが、それは俺には理解できない。
「……」
言葉の代わりに、俺は手に物を乗せるような仕草で、一生懸命に訴えかけてみた。それを見て、黄色ネココは首をひねったり、足をパタパタさせたりしていたが、パッと身をひるがえすと、巣の奥へと行ってしまった。
「……」
ダメそうかな。諦めの気持ちが込み上げてきたところ……黄色いネココは俺の前へと戻ってきた。その小さな両手には、石のカケラを抱えられている。
「ミミミ」
「……!」
不器用ながらも、気持ちが伝わった。俺は黄色いネココから石を受け取り、鳴き声の代わりに、日本式の感謝の気持ちとして、深く頭を下げて見せた。なんだか不思議な気持ちで、俺は木から飛び降りて、石を持って置物のある場所へと急いで戻り始めた。
「……」
どうして俺が頭を下げて見せたのかは、ネココには解らなかっただろうな。感謝を示す方法、とっさに良い案は浮かばなかった。もっといい感謝の示し方もあったかもしれない。そんな自問自答で、足取りが遅くなったりもする。でも、それよりなりより、あちらが俺の気持ちをくんでくれた。その事実が、俺の中では計り知れないくらい嬉しかった。
戻ったらすぐに、この石が置物のひたいについていたものなのか検証してみよう。二足歩行ではスピードもでないが、なるべく急いで森を行く。小さな川にかかった橋を超え、ゴツゴツした山道をのぼっていく。崖に橋がかかっている場所まで戻り、俺は道の脇をのぞきこんだ。
「……?」
……あれ?
「……」
ない。リンちゃんの探していた置物が……ないぞ。どこに行った?
「……!」
橋を渡った先にある森の入り口、そこに人の姿がうかがえた。もしや……あの人が、持って行ったのかもしれない。そう考え、俺は急いで人影を追った。
第132話へ続く




