第129話『洞窟』
魔人のアジトから出ているまがまがしい気。その発生源は、魔人がはき古したくつしたであった。魔人って体とか洗わなそうだし、その大男たちが脱ぎっぱなしにした肌着とあれば、体の汚れなどと共に、濃厚な魔素が染みついていてもおかしくはない。
「……」
よし。汚物の駆除を始めよう。このドラゴンの姿ならば、口から火を吹くこともできるはずだ。ひとまず、俺は箱から降りて、ごつごつした岩の床へと両足をつける。体の発光を強めて目標に狙いを定める。ノドの奥へと力を込め、火を吐き出すイメージトレーニングを始めた。
「……」
……いけそうだぞ。グググッとノドを震わせる。くつしたの入っている木箱へ向けて、勢いよく口を開いてみた。ポッシュと音がして、一瞬だけ炎の色が浮かび上がる。でも、炎は木箱までは届かず、くつしたの内部から霧散している黒いもやの中へと消えてしまった。
「……」
火はつかなかった……いや、それでよかった。思えば、俺は人間の時だって、コンロやストーブ、花火くらいにしか火を点けたことはなかったのだ。それが今、居住者こそいない場所ではあっても、放火魔に近いことをしようとしている。急に炎がゴウゴウと上がったら、パニックになってしまっていたかもしれない。
火をつける前に、まずは状況確認だ。危険性はないか。こんなせまいところで物を燃やしたら、酸素がなくなって呼吸できなくなってしまう。俺は呼吸をしていないから問題ないが、盗賊の人たちは倒れてしまうかもしれない。それは先に防止した方がいいな。さて、どうしようか……。
「……!」
木箱を前にして考えごとをしていると、部屋の前で足音が鳴ったのに気がついた。振り返ってみる。部屋の戸口のところに犬っぽい人が立っているのが解った。彼は口元をおさえながら、じっと俺の方を見つめている。俺はスキルで体を光らせている状態だから、あちらからは丸見えだと思われる。
「……」
「……」
犬っぽい人はおびえたようにして、体をプルプルと震わせている。でも、部屋に入って来るわけでもなく、ただ困惑したような表情で立ち尽くしていた。こちらとしても逃げ場はない訳で、あちらの反応を待つ他ない。俺も緊張する。幸い、そんな膠着状態も長くは続かず、犬っぽい人は再び洞窟の出口へと走り出した。
「……!」
黒いもやを吸い込まないよう息を止めているせいで、肺に空気が足りなくなったようだな。犬っぽい人はバタバタと足音を立てながら、陽の光の差す場所へと戻っていた。彼のあとについて、俺も洞窟から顔を出してみる。
「へぇ!親分!たたた……大変!」
「おお、戻ったか!オレサマは8つ目の部屋まで見て来たぜ!どうだ!」
「それどころ……違う!僕、階段を見つけた!その近くの部屋に、とんでもないものがいた!」
「とんでもないものだと?」
卵っぽい人と親分も外へと出ており、四つんばいのポーズで湖をのぞきこんでいた。俺の姿はばっちり見られていたはずだし、報告されるとやっかいな事になりかねないな。とにかく、俺は盗賊団の観察を続ける。
「お宝じゃなくて……それは、あれです!あれ!」
「……?」
「でで……でっかい化け物!部屋の中にいた!」
「でっかい化け物?それは、オレサマよりデカいのか?」
「いやぁ……おやぶんは正直、そこまで大きくないでし」
卵っぽい人のいう通り、親分は男の人だけど、リディアさんより背は低そうだな。それはさておき……でっかい化け物なんて、洞窟にいたのか?俺は全く気づかなかったけど、それが本当だとしたら大変だ。一応、マップを開いて、洞窟の中に魔物がいないか調べてみる。
「……」
やっぱり、何もいないな。さすがに、このけがれた場所に近づこうという魔物も存在しないようで、生き物を示すマークは1つとして洞窟内にはついていない。
「でも、僕は見ました!部屋の中が光っていて、大きな影みたいなものが!もぞもぞと動いてました!」
「ほほお!それは、てめぇ……魔人の残党じゃねぇのか?」
「ええ!?魔人が残っているでしか!?おやぶん!」
あれ……なんだか、話が飛躍し始めたぞ。
「帝国騎士団め。全部、倒したと言っておきながら、しくってやがったに違いねぇぜ。だが、やつらが見落とす程度の魔人。すると、それは……赤ちゃんに違いねぇ!」
「へぇ!魔人の赤ちゃん!かなり大きかったですが、あれで赤ちゃんなんですか!?」
「魔人は山くらい体が大きい……って俺は聞いたぜ?赤ちゃんだって大きい!これはカルノー盗賊団、始まって以来の、壮絶な戦いが始まるやもしれんな」
洞窟の中には何もいないようだし、犬っぽい人が見たという化け物は、俺のことで間違いないだろう。しかし、どうして大きな生き物を見たと勘違いをしているのだろう……。
「……」
……ああ、なんとなく予想がついたぞ。あの犬っぽい人は俺じゃなくて、黒いもやもやを照らしている俺の光だけを見て、大きな敵がいると思い込んだのか。すると、まだ俺の姿は見られていないとも考えられる。そんな正体不明の化け物が潜んでいると知った上で、盗賊団は怯む様子もなく対抗策を練り始める。
「よぉし!魔人の赤ちゃんを捕まえて、強そうだったらオレサマたちの手下にするのだ!」
「魔人を手下にするでしか?さすが、おやぶんでし!では、早速!」
「まぁ、待て早まるな。よく考えてみろ。今、俺たちは長い旅路の中で疲れている。こんな状態で、満足に戦えるか?」
いざ、洞窟へ突入しようとする卵っぽい人を引き止めて、親分は地面へと置かれている荷物を指さした。
「万全の体制を整えるのだ!いざ、一時間くらい仮眠をとる!」
「なるほど!さすが、おやぶんでし!」
「へぇ!僕、見張りをします!親分とタマタマは、休んでください!」
……突入してくるかと思いきや、盗賊団の人たちはテントを張り始めた。盗賊団の序列としては親分が一番偉くて、次が卵っぽい人。犬っぽい人が下っ端にあたるらしい。談笑ながらに手早くテントを組み立てると、親分と卵っぽい人はテントの中へと入っていく。犬っぽい人はテントの前に座り込んで、わくわくした様子で中の親分たちへと話しかけている。
「ところで……親分。魔人の赤ちゃん相手に、勝算はあんですか?」
「おお!ついに、オレサマの必殺!大黒魔法を披露する時が来たのだ!それに、最悪の場合は、タマタマの自爆もある!無敵だ!」
「あっしに任してくだし!自爆はお手のもんでし!」
あの卵っぽい人は、タマタマという名前らしい。そして、得意技は自爆なのか……その口ぶりからするに、自爆しても本人は死なないようだけど、それはそれでどうなのか。
「……」
いや、こうしてボーっとしている場合ではない。今がチャンスだ。俺は洞窟の中へと駆け戻り、黒いもやを放っている元凶、くつした箱の前へと立った。盗賊団がテントで寝ている間は、誰も洞窟には入ってこない。その隙に、洞窟の中にある不浄のものを焼き尽くすのだ。
「……があぁ!」
時間制限があると思うと、ためらっていたのがウソであるかのように、俺の口からは立派な炎が噴き出した。しかし、木というのは思ったよりも燃えにくいもので、箱には少し焦げ付きができただけであった。もっと長い時間、じかにくつしたへ火を吹きかけないと燃えない。俺は箱によじのぼり、フタを開いて内部へと炎を吹き込んだ。
「……ッ!」
黒いもやに炎が灯り、一瞬で視界が奪われる。まばゆい光を放たれ、強い爆発が引き起こされた。俺は体を吹き飛ばされて、部屋の外の通路まで転がり出る。魔人の魔素って濃度が強いと、引火して爆発するのか。騎士団の人たちが、むやみに炎の魔法を使わなかった理由が解った……。
一時的に黒い煙は洞窟内に蔓延したが、通気自体はいいらしく、すぐに空気が晴れていった。見通しは少しよくなったけど、まだ階段の下からは黒いもやが沸き上がってくる。よし。次だ!
地下1階。うわ……くつしたをひとまとめにしてあった上とは違って、あちこちにくつしたが脱ぎ捨てられているぞ。ひとまとめにして燃やした方が早そうなのだけど、触りたくないから1つ1つ、くつしたを爆発させていく。まったく……なんで、ちゃんと脱いだら洗濯カゴに入れないのか。イヤになっちゃうな。
「……」
よし。かなり黒いもやが消えてきたぞ。地下へと続く洞窟なのに、空気が入口へ向かっていくということは、どこかに別の出入口があったりするのだろうか。そんな予想を立てながら、俺は更に地下へともぐっていく。
「……」
地下2階より下は住んでいる魔人が少ないせいか、あまり脱ぎ捨てられた肌着も多くはない。さっさと燃やしつくして、現在の時刻を確認する。もう、盗賊の人たちが眠って40分は経っているな。まだ黒いもやは消え去っていない。最後のボスが残っていると見て、俺は最下層へと足を急がせた。俺は空気の汚れの元を辿っていく。
「……」
それは、テーブルの上に脱ぎ捨てられていた。今まではくつしたばかりだったが、これは……クツだ。偉い魔人はクツをはいていたのかな。クツに染みついた汚れはかなりのもののようで、くつしたの何倍もの魔素が発せられていると見える。しかも、10足はぶんなげられているぞ。皮で作られていて、かなり丈夫そうだ。
「……」
これだけ濃度の高い魔素だ。大きな爆発が起きると見て、俺はためらいがちに首を引く。爆発や揺れに耐えられそうな姿勢を探しがてら、俺は両足を開き、爪をゆかに食い込ませた。よし……やるぞ。
「……があぁ!」
クツに火が触れた瞬間、ボォンと爆発音が響いた。次々とクツに引火し、洞窟の中は白い光に包まれる。光と煙幕が消え去り、徐々に視界が晴れていく。よし。これで全て終わった。盗賊の人たちも安心して、中に入って来られるだろうか……。
「……?」
地震だ。少したてばおさまるだろうか。そう思い、俺は適当な家具の下へと身を隠した。しかし、揺れは弱まるどころか、どんどんと震度を増していく。壁の方から、ガラガラと岩のくずれる音がする。天井が落ちてくる!これは……マズい!
「……がああ!」
ズドンズドンと音をたてて、大きな岩が俺の近くへと落下してきた。洞窟が……崩壊する!一目散、俺は階段へ目掛けて駆けだした。
第130話へ続く




