第122話『模索』
「いいな……ぬいぐるみ。女の子っぽくて」
「我が友、深き眠りへと誘う魅惑の柔毛により、心の安定をもたらすのだ。部屋が広いとうかがったので、できるだけ持ってきました」
ルビィさんの持ってきたぬいぐるみの向きをなおしながら、その顔形の1つ1つをリディアさんが観察している。ちょっと大きめに作られているから、寝る時にも抱きしめやすいだろう。ぬいぐるみは哺乳類をモチーフにしたものだけでなく、ドラゴンや魚の形をしたものもある。どれも毛布のような毛並みを持っていて、見るからに手触りがよさそう。
「……あと3つくらい持ってきていいですか?」
「いいですよ」
まだまだ、ぬいぐるみは家にあるとの事。そういや……俺の部屋にも、ぬいぐるみが1つだけ置いてあったな。あれは俺が小さい頃に父さんが、UFOキャッチャーで取ってくれたやつだったっけ。ずっと窓際の同じ場所に置いておいたから、ちょっと色あせていた。今となっては懐かしい記憶だ。
「私も、こういう動物のぬいぐるみが欲しかったのだが……母が着せ替えドールしか買ってくれなくて」
「ドール!高級品……」
「ぬいぐるみはなかったですが……うちには使い魔がいたので、そちらは触らせてもらっていました」
ぬいぐるみの造形を見て、リディアさんは家にいたという魔物のことを思い出している。リンちゃんの家にも、馬くらいの大きさをしたネズミがいたな。リディアさんの実家はお金持ちのようだから、もっと珍しい生き物を飼っていたと想像できる。
「ペット!一緒に寝たら温かそう!」
「使い魔は池に住んでいたので、一緒に寝るのは難しいかと……」
「そうですか……一緒に泳いだりとか!」
「それは考えたこともなかったな……」
池に住んでいるということは、お魚みたいな生き物なのかな。触らせてくれるとすれば、それなりに人間の言う事を聞いてくれる魔物なのだと思われる。それにしても魚が泳ぐ姿というのは、風情があっていいものである。お世話をするのが苦手だったから俺は飼っていなかったけど、家の近所の川にいるコイはよくながめていたよ。
「リディアさん。バッグ持ち込みに助力いただき、ありがたき」
「いえ、中身がぬいぐるみだったので、大して重くもなかったですし……」
荷物を全て出し終わり、2人は空になったバッグを手にして廊下へと出た。階段を降りて1階へと戻ったところで、ルビィさんはリビングの方を気にしながらリディアさんへと尋ねた。
「あの、先程の……1階にいた方は病気なのですか?」
「白魔法にかけられてしまって、どうにかできないかと模索していまして……」
シロガネさんが来客対応をしてくれた際に、具合が悪そうなメフィストさんの姿も見えたらしい。白魔法のせいと聞き、ルビィさんは教科書にでも載っていそうな一文を口に出す。
「白魔法は心の魔法です。時間と共に術者の記憶が薄れ、効力が失われていきます。下手に魔法へ干渉すると、悪化する恐れも……」
「とはいえ、具合が悪そうなのをただ黙って見ているのも気が引けて……」
「では、少し……あの方に、お話を聞いてもよろしいですか?」
「……折角だから、何か飲んでいくといい。こちらへどうぞ」
ルビィさんは呪術師だと自称していたが、白魔法についても知識があるようだな。リディアさんは空のバッグを玄関に置いて、1階にあるリビングへとルビィさんを案内する。
メフィストさんはテーブルにつっぷしており、体調が悪いながらも本をめくっている。シロガネさんはキッチンで何かを作っている。エメリアさんは……また何か落書きをしている。絵を描くのが気に入ったようだ。ルビィさんが怖々とした様子で、メフィストさんに話しかけている。
「ええと……この度は天地の導きに感謝を。見習い術師のルビィです。あの……お話、よろしいです?」
「……うん?うん」
メフィストさんが顔を上げ、ルビィさんの方へと体を向け直した。リディアさんはお茶の用意をしようと、キッチンの戸棚を開いている。ルビィさんは取り出したメモ帳へとペン先をむけ、メフィストさんがかけられたという白魔法についての聴取を始めた。
「まず、白魔法の術者は、どちらの方なのですか?」
「……多分、聖獣様」
「せいじゅう……さま?」
「ああ……強い魔物だと思ってもらえればいいと思います」
リディアさんの説明を受けて、ルビィさんはうんうんと頷きながら、ペン先をカリカリと忙しそうに動かしていた。続けて、体調不良を起こしている具体的な箇所を確認する。
「我、術式解読は不得手にて……白魔法の効果を解る限り、口頭説明していただきたく」
「ええと……頭と喉と耳、鼻と口……手、足……肩と背中と腰……指……あちこちに、鈍い痛みがある。あと、心がもにゃもにゃする。眠い……」
「中級相当の呪術効果と推定……」
「メフィストさんは結構、つらそうだが……これで中級なのか?」
「痛みの具合から察するに、殺意のない白魔法と判断できますので……」
全身が痛む上に精神も不安定。とはいえ、相手を殺すには至らないので、術のランクとしては中級にあたるものと判断された。お茶の用意はシロガネさんにお任せして、リディアさんも白魔法への対応に参加していく。
「……」
ルビィさんのメモ帳をのぞいてみると、棒人間みたいな簡単な絵が描かれていた。疾患のある部分へ目印として丸をつけているようなのだが、痛めている部分が多いから、棒人間にも丸がたくさん。こうして目に見える形で書き出すと、かなりしんどい状態であろうことが容易に伝わってくる。
「……」
「ルビィさん……メフィストさんは、なおるのですか?」
「なおせません……今すぐには無理ですよ」
やっぱり、今すぐになおすことはできないらしい。さじを投げられたと見て、リディアさんとメフィストさんはうつむいてしまう。そんな2人の様子を知って、ルビィさんは服のすそをなおしながらも急いで別案を取り出した。
「なおすのは無理ですが……いくつかをやわらげることはできるかと」
「……いくつかって?何個?」
「体中が痛んでいるように見えても、痛みのある部位が特定できる状況。つまり、部位ごとに別の魔法がかけられていると思うんです。だから、足と腕とか、2つくらいなら緩和させることはできるはず。どこの部分にかけられた魔法をやわらげたいですか?」
メフィストさんはルビィさんの話に納得した様子で、肩を動かしてみたり、足をさすってみたりしている。でも、声がかすれているのが何よりつらいようで、ノドの調子を確かめるようにしてルビィさんへと伝えた。
「んん……ノド。あと、この眠気だけでも」
「……解りました。道具が必要なので、待っていてもらえますか?我が、助けとなります!」
「うん。ありがとう」
「……お茶が入りましたわ。どうぞお召し上がりください」
メモに描いた棒人間。そのノドにチェックマークをつけたところで、お茶の入ったカップをシロガネさんが運んできてくれた。白いティーカップには緑色の液体が揺れ、ピンク色のはなびらが浮かべてある。
「家庭菜園に薬草がございましたので、少し拝借いたしました。ノドをうるおす作用もございます。お嬢様、こちら甘樹皮でございますわ」
「ありがとう。いい香りだ……」
リディアさんはシロガネさんから木のスティックを受け取り、味を染み込ませるようにして入念にお茶をかきまぜていた。みんなはかきまぜず、そのままの香りと味を楽しんでいる。
「……ルビィさん。このお茶は苦手でしたか?」
「え……あ……いいえ。そのような……あっ!あちち……」
ルビィさんの気難しい表情に気づき、リディアさんが話しかけている。ルビィさんは動揺した様子でお茶へと口をつけ、その熱さに舌を出していた。お茶を飲み終わったところでルビィさんは立ち上がり、リディアさんの肩にそっと触れた。
「ちょっと……いいですか?」
「あ……はい」
「メイドの方。お茶、ごちそうさまでした。美味でした」
ルビィさんはお茶のお礼を言って、リディアさんと一緒に廊下へと出た。リビングの戸を閉める。その瞬間にも、彼女の目には涙が浮かんだ。
「あの……どどど……どうしましょう。助けるなんて言っちゃいましたけど……どうしましょう」
「えええ……方法があるのでは?」
「方法はあるけど……ああああんまり自信ない」
メフィストさんが苦しんでいる手前とあって、ルビィさんも精いっぱいに見栄を張っていたらしい。とはいえ、現時点で頼りになるのはルビィさんだけだし、先程の話も口から出まかせという訳ではないことは解った。
「……大丈夫?」
「あ……はい!ハコブネに乗ったつもりで、信頼を預けていただければ!」
メフィストさんがドアを小さく開き、片目だけのぞかせて声をかけている。ルビィさんがポンと胸を叩いて自信を見せると、メフィストさんもうなづいて部屋へと戻っていった。メフィストさんと入れ替わりで、今度はエメリアさんが部屋から出てくる。
「……お手伝いに来ました」
「ありがとうございます。あなたは……えっと……」
「エメリアですよ~」
エメリアさんも魔法についてはエキスパートだからな。心強い味方を得たところで、白魔法を弱めるのに必要なものをリディアさんが改めて確認する。
「……それで、何が必要なのですか?」
「それが、解らないんです……」
「まず、そこからすでに不明なのか……よし。夕食の買い出しもかねて、街中を散策してみようか」
「は……はい」
魔法を緩和させるために何を使えばいいのか、そこが最大の問題点らしい。魔法を解くのに必要な道具といっても……俺には想像もつかないな。とりあえず、家にあるものでは用意が足りないと見て、リディアさんはルビィさんと買い物に出かける模様だ。リビングから財布を持ち出しついでに、シロガネさんにも出かけてくると伝えている。
「シロガネさん。ちょっと出てきます」
「どちらへお出かけで?」
「まあ……ぶらぶらしてくる。夕食に使えそうなものも見てきます」
家の中で相談していると、メフィストさんに心配をかける恐れがあると判断し、ひとまずリディアさんはルビィさんとエメリアさんをつれて家の外へ出た。裏路地を歩きつつ、白魔法への対抗手段を模索していく。
「ルビィさん。魔法を解く道具は、普通に売っているものなのですか?」
「はい。ノドに痛みを与える白魔法をかけたということは、術者はメフィストさんに静かにしてもらいたかったのだと思うんです。それを実行できるものがあれば……あるいは」
あえて相手の思い通りに動くことで、魔法の効力をやわらげることができるのだいう。静かにしていることをアピールできる道具……とすると、マスクとかかな?
「では、『私は静かにしています』という体を示せる道具を探せばいいのか」
「うん。それを、露骨に表現しなくてはいけないです」
曲がり角の前で立ち止まり、みんなは答えを探すようにして空を見上げた。ちょっと曇ってきたな。しばし頭を悩ませた後、ふとエメリアさんが口を開いた。
「……あっ。私、解りました」
「本当か?」
「絶対、しゃべることができないって感じを出せばいいんですよね?任せてください!買いに行きます!」
ルビィさんの説明に合致するものが、エメリアさんの知っている範囲で見つかったようである。店の場所はエメリアさんしか知らない為、ふらふらと歩き出した彼女の後ろをリディアさんとルビィさんがついていく。そんな最中で、リディアさんはエメリアさんが言っていた白魔法の解除法について思い出した。
「さっきエメリア、かけられた白魔法とは違うことをすればなおるとか言っていたよな。あれは結局……なんだったのか」
「う……あれはですね……」
「……魔法の効果が1つの場合は、そこにあえて興味を向けないというのも、自然治癒の促進には効果的かと」
「すると、あながち間違いではないのか」
ルビィさんのフォローにより、エメリアさんの面目は保たれた。今回はかけられた魔法の効果が多すぎるから、別のことに目を向けようにも、他の魔法の効果に抵触する恐れがある。そこで、自然治癒を早めるのではなく、ピンポイントに緩和することを目当てにしたんだな。
「……商店街の方には行かないのか?」
「お店は、こっちです」
いつもは右折するところを、今日は左折して更に細い道へと進んでいく。次第に通行人の姿も減り、たまにすれ違う人といえば、絶対にカタギの者ではない風貌の人ばかり。死神みたいな姿をした人ですら、当然のように道を歩いている。高い建物と建物の間、陽の当たらない場所へと入っていく。
「こんなところに店なんてないだろう……」
「ここ、入り口です」
「……?」
建物と建物の隙間を進むと、高い壁のある行き止まりにぶつかった。そこには薄汚れた看板が置かれていて、看板には斜線の入った丸印が描かれている。そして、看板の後ろには簡素な屋根と下り階段。道は地下へと続いている。
「エメリア……ここ、怪しい店じゃないのか?」
「あやしくないですよ~」
「ん?いらっしゃい」
見るからに怪しい場所であるからして、リディアさんは入りたくないといった素振りを見せている。店の前であれこれ言い合っていると、階段の下からサングラスをかけた男の人が現れた。いらっしゃいってことは……ここの店員さんなのかな。
「店長。こんにちはです~」
「ん?どうした。今日は友達つれてきたのか?」
「はい~」
エメリアさんが店員さんと親しげにしているところを見るに、何度か来店しているものと見られる。ただ、店のたたずまいも怪しい上に、言っては悪いが……店長さんの見た目も破けてギザギザになったTシャツとジーンズと、かなり怪しい。
「聞いてください店長。リディアが、ここ怪しい店じゃないかっていうんですよ~」
「あ……すみません。つい……」
「ん?何を言ってやがる!ここが怪しい店かって?そんなの……そんなのは……」
店長はチラッと自店の外装を見返してから、がっしりとした腕を胸の前で組んで自信満々に告げた。
「優良!安心!保証付き!国一番の拷問器具専門店だ!ん?文句あっか?」
「いえ、文句はないですが……」
健全な営業を心がけているようだが、扱っているものが健全ではない為、やや不安度は増した。
第123話へ続く




