第119話『披露』
「では、衣装をお預かりいたします。クリーニングもいたしますので、2時間ほどお待ちください」
聖女の服を店員さんに預け、リディアさんはお店にあった適当なローブをかぶる。洗濯も含めて2時間というと、かなり仕事が早い印象だ。服を受け取って家に帰れば、丁度メフィストさんが帰ってくるくらいの時間かな。
「リディアが、そういう服を着てるの、珍しいですね」
「そうだな。魔法が上手く使えそうな感じだ」
ローブのようなゆるやかな服じゃないと胸がおさまらないので、他に選ぶ余地もなかったのだけど、これはこれで着ぐるみパジャマみたいで可愛い。ローブといえば魔法使いが着ているイメージが強いし、肌を服で覆うと魔法が使いやすくなるのかな。この服に付加されている効果を見ても、やっぱり魔法力アップの能力がついている。
「お客様。こちらのお召し物で街の外へ出られたのですか?」
「あっ……はい。解りましたか」
「草木やケモノのにおいがついておりましたので……」
お店の人は湯気の出る道具を使って、聖女の服を洗って……乾かして……う~ん。よく解らないが、何かしてくれている。服って身につけている側としては気づきにくけど、意外とにおいがついているものなんだな。お店の人くらいにおいに敏感だったら、お昼に食べたものも当てられるやもしれない。
「近くで見てていい?」
「どうぞ」
30分くらいで服の洗浄が完了し、満を持して針や糸が登場した。他にもお客さんは入ってきているけど、そちらは別の店員さんが対応してくれている。アネットさんは作業途中の店員さんの近くに座って、その手際の良さを観察している。自分の服がどうなっているのか気になったようで、リディアさんもアネットさんの横からのぞいている。
聖女の服はラピスラズリーさんの店で買った時点で、そんなに保管状態もよくはなかった。そのせいか、ところどころ色褪せがある。店員さんは服にインクのようなものを塗って、全体的な色調をあわせてくれている。
「こちら、年代物ではございますが、よく手入れされております」
「裁縫の得意な仲間がいますので、そちらでキレイにしてくれたのだと思います」
糸や布のほつれなど、簡単な部分についてはシロガネさんがなおしてくれていたようだ。さすがに塗料までは用意するのも難しかったようだが、ここなら材料がそろっているし、気づきにくい細部に至るまで丁寧になおしてくれそうだな。
「……」
インクをつけた部分が、まるで湖面に陽が差したみたいに光っている。それも、ラメを塗ったりしたわざとらしい感じではなく、もっと自然な輝き。さらにスプレーで紫色のインクを吹きかけると、単調だった服の布地に色味としてアクセントが加わる。
「こちらの染料は野菜由来のものでして、リラックス効果を付加させることができます。しっかりと乾燥させますと、洗濯時にも流れ落ちません」
「キレイだなぁ」
これ、野菜から作られたインクなのか。俺は生前、Tシャツに煮カボチャをこぼしてしまい、うすく残ったシミを気にしつつも着続けていたのを思い出した。服を買いに行くのが面倒だったのだが……今となってみると、やや恥ずかしい記憶である。
「これより、刺繍を施します」
店員さんは白い布を服に押しつけ、染料が乾いたのを確かめてから針と糸を手に取った。糸は青色をしており、金属質に細く輝いている。店員さんが指に引っかけている様子から見るに、少し硬めの素材だと思われる。アネットさんが箱の中から糸を1本だけ取り出して、その張りや色をながめながら質問する。
「この糸って、銀糸だっけ?」
「いえ、これはレリクスの毛ですね。冒険者の方が抜け毛をよく拾ってきてくれるので、丈夫ですがお安く調達できます」
「レリクスて……オオカミみたいなのでしょ?知ってる!」
「アネットさん、見た事あるの?」
レリクスというのは、森に住んでいる青い毛のオオカミだ。俺も何度か見かけた事があるから、ラーニングスキルでオオカミの姿に変形できる。これだけ大量に毛が採集できるとなると、時期によって頻繁に毛が生えかわる生き物のようだな。
「あのね。遠征先で、岩の体のレリクスを見つけたんだー。かわいかったから使い魔にしたかったのに、失敗しちゃった」
「では、もっと修行を頑張らないといけませんね」
「う~ん……でも、だんちょーさんでも使い魔契約できなかったんだよ?きっと、すごい強い魔物だったんだよ」
糸の話から、思いがけずも俺の話に。岩のオオカミになった俺のことをアネットさんがおぼえていてくれるのは嬉しいんだけど、博士に見つかると実験動物にされてしまいかねないから、もう人前に出ることはできないんだ……申し訳ない。
「リディアー。お義兄さんでも契約できないってことは、その岩オオカミが聖獣なんじゃないんですか?」
「私も間近で見たが……手のひらに乗るくらい小さかったぞ。いや……しかし、聖獣が大きいとも限らないしな」
アネットさんの話を受けて、エメリアさんとリディアさんが俺に聖獣疑惑までかけ始めている。普通の魔物ではないという目の付け所まではいいのだけど、俺なんかには世界を救う力も気概もないので、あまり期待はしないでいただきたい……。
「……」
店員さんがチクチクと布に針を通すたび、聖女の服には青白い線が縫い付けられていく。模様のモチーフはお花かな。それを黒い布地に万遍なく施していく。鑑定眼で見てみると、デザイン製だけでなく、服の耐久性もアップしているのが解る。
「あの……その白いのはなんですか?」
「フリルでございます」
そんな刺繍の美しさはさておき、リディアさんはテーブルに置かれている白いヒラヒラに気づいてしまった。あれも縫い付けるのだと思われるが、すごい。一枚一枚は薄いのだが、50枚くらいあるぞ。シロガネさんのオーダーを受けてのことなのだと思うけど、まさか全部全部を取り付ける訳じゃないよな……。
「ちょっと……フリルは私には少し、派手が過ぎるのでは……」
「こちらのフリルを1枚つける度、防御力が少しずつ上昇します」
「……じゃあ、お願いします」
つければつけるほど能力が上がると知り、リディアさんはフリルの取り付けを容認した。1枚で防御力3%上昇だとしても、50枚つけたら……おお、なんと。想定上では、アーマー並に硬い。どんどん強くなっていく服を見て、リディアさんが店員さんに軽く頭を下げている。
「こんなにしていただいて、30ジュエルとは……申し訳ない」
「アネットさんのお知り合いですので。いつもご利用いただいています」
「アネットのおこづかい、ほとんど、このお店でなくなっちゃうんだー」
アネットさんのおこづかいの大半は、ファッション関係で消えてしまうのだという。俺なんておこづかいをもらったら、なんのゲームを買うかしか頭になかったというのに……女の子は自分を高めるための費用を惜しまないのだ。立派と言わざるを得ない。そして、アネットさんって仕事してるのに、おこづかい制なのか。家にお金を預けていて、それも偉い。
服の輪郭を覆うようにして、フリルをぎっしりと。ひもの部分にも糸を足して、ちぎれないよう補強してくれている。店員さんは手直しと言っていたが、もはや形だけ同じ別の服といった大胆なアレンジである。遠巻きに作業を見つめながらも、シロガネさんは感心したといった表情で頷いている。
「……お待たせいたしました。完成でございます」
完成まで2時間と案内されていたが、時計の上ではまだ1時間半くらいしか経っていない。恐らく、服の状態がよかったから、手入れに時間がかからなかったのだろうと思われる。いざ、新しくなった聖女の服を装備してみる。
「ひもの長さに不都合がございましたら、お声がけください」
「あ……おそらく、大丈夫です」
あっという間に着替えは終わり、店員さんに預けられていた俺も試着室の中のリディアさんへと返された。リディアさんが胸に俺を乗せ、試着室に用意されている姿見の鏡へと向き合う。
「……」
改めて自分の姿を確認して、リディアさんは絶句している。いや……ちょっと俺も、適切な言葉がパッと出てこなかった次第、リアクションは他の面々へとお任せする。カーテンを開いた瞬間、作った店員さん以外の全員がほほを赤らめた。
「まあ……」
「まあ……」
「リディア……」
製作途中の時点では、そんなに不安な点もなかったのだ。そして、服の作りに粗もない。ただ……その……なぜ、フリルをつけて色を変えただけなのに、こんなになまめかしさが増すのか。デザインって、つくづく不思議だ。
「どうだろう……」
「リディア……早く帰りませんか?私、魔力が足りなくて……」
「お前、今日は何も魔法を使ってないだろう……」
「リディアちゃん。似合ってるけど……なんっていうか、すごいね」
元から下着同然だった聖女の服が、セクシーランジェリーに変貌を遂げた訳で、エメリアさんははあはあとした吐息をおさえきれていない。アネットさんも具体的な感想はひかえて、すごいと意味深な一言を送った。なお、シロガネさんも顔をそむけ、顔を真っ赤にしながらハンカチで鼻を押さえている。リディアさんのチームメンバーって、本当にリディアさんのこと好きなんだ。
「お会計をお願いします……」
リディアさんがお財布から、宝石を1つずつ取り出している。かなり恥ずかしそうだからして、俺は存在感をうすくするスキルのレベルをそっと1つ上げておいた。店員さんにお礼を言ってお店を出る。うん……なんとか、街の人たちの視線は避けられているようだな。
「……アネットさん。うちに遊びに来ないか?可能な限り、おもてなしはする」
「あ……ごめんねー。このあと友達のところに遊びに行くから、また今度、お願いするね」
アネットさんの家の近くを通りかかり、リディアさんは慣れない口ぶりでアネットさんを家に誘ってみる。でも、あちらにも用事があるようで、今回は残念ながらお断りされてしまった。アネットさんとは曲がり角にて別れ、彼女が家に入っていくところまで見届ける。
「リディアには私がいるじゃないですか……」
「落ち込んでないから……うん。心配ない」
エメリアさんは後ろからリディアさんの肩を抱き、怪しい笑顔と甘いささやきを送っている。こういうふとした仕草を見ると、やっぱりエメリアさんって魔族なんだなと思い出す。まあ、だからといって人をおとしいれたりする人ではないので、その点では問題もない……はず。
リディアさん達3人は入国門広場を通って、商店街へと向かう。そのまま、一行は路地裏へと入り、自宅への帰路を辿った。
「……?」
家の前にある小さな階段に、誰かが座っているのが見えた。リアカーもあるってことは、あの人は……メフィストさんか。やや疲れた様子でうなだれており、服もじんわりと濡れてよれよれになっている。リディアさんが怖々と、彼女に声をかけている。
「だ……大丈夫ですか?」
「……」
……かすかに寝息が聞こえるし、しだれた髪の隙間からも閉じた目がうかがえる。眠っているのか。リディアさんが肩に触れた途端、メフィストさんは驚き余ってバッと立ち上がった。
「……ッ!」
「あ……大丈夫ですか?」
「あ……聖女様」
目の前にいるのがリディアさんだと気づき、メフィストさんは安心したように階段へと腰を降ろした。この様子からして、ただ湖まで行って帰ってきた訳ではなさそうである。その辺りの事情について、引き続きリディアさんはメフィストさんに尋ねている。
「ええと……何がありました?」
「む……ワタシ……」
考えを整理しようと、ややメフィストさんがうつむいて見せる。そして、10秒ほど続いた沈黙をやぶって、簡潔に冒険の内容を告げた。
「戦ってきた……」
「……?」
「……聖獣様と、戦ってきた」
「……ええ?」
戦ってきた。聖獣と……なぜ、そんなことに。
第120話へ続く




