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第117話『図画』


 そういや、リンちゃんの村に魔人が来るのも、確か決まって赤い月の夜だった。魔人たちはコンディションのいい日を選んで、村へと嫌がらせを働きに出ていたのかな。


 「……」


 以前、魔人は決まった日にしか女性を襲わないと聞いた憶えがある。そのタイミングと赤い月が関係しているとしたら、今頃はフローラさんも魔人の手にかけられていたかも解らない。結果的には偶然、俺が通せんぼをしたせいで魔人が自滅したものの……もしタイミング的にギリギリだったとしたならば、ちょっとゾッとしてしまうな。


 「む~……頭悪いのでよく解んないですけど、魔人が月を落とそうとしてるんですか?」


 「魔人の力に引っ張られて、月が落ちてきているとも想定されるし……月が魔人の仲間だとしてもおかしくはない。まあ、確証はないが……」


 リディアさんの言い分を飲み込もうと、エメリアさんが頑張って結論を導き出している。リディアさんは魔術書の内容に目を向けているのだけど、それ以上は記述の中にもヒントはないみたいだな。魔人が月を操っているのか、月が魔人に力を与えているのか、もしくは波長が偶然にあっただけか。現時点では謎としておく他なさそうである。


 「しかし、さすがシロガネさんだ。この本に、よく気がつきましたね」

 「お嬢様の一番の側近でございます。このシロガネ、必ずご期待にはそいますわ」


 照れた様子でシロガネさんがリディアさんに体を寄せるからして、エメリアさんがムッとした顔をして引き離そうと試みている。やっぱり調べものや学術に関する事となると、シロガネさんは思考も行動も早い。エメリアさんも魔法は得意なのだと思うけど、本人のやる気に起伏があるからな……。


 「リディアの一番の側近は私ですー」

 「お前は側近じゃないだろ……」

 「じゃあ、私はリディアのなんなんですか……愛人ですか」

 「友達だろ……多分。人前で愛人とか言うんじゃない……」


 側近というと、なんとなく部下みたいなイメージになってしまう。シロガネさんは100歩ゆずって側近だとして、エメリアさんは側近ではなさそう……そして、夜のスキンシップを見る限りでは、友達のラインも超えているような気がする。これで恋人でないならば、やはり愛人と呼ばざるを得ない……。


 「シロガネちゃん、それ借りてくの?」

 「魔術書は厳重保管物とのことでして、貸し出しは不可でございますわ」


 アネットさんの質問に先んじて、借りられるかどうかも確認してくれたようだ。見るからに本の質感がキラキラしているし、魔術書は扱いも普通の本とは違うんだな。色々と情報が集まったからして、リディアさんも少し頭を整理する時間が欲しいと見える。


 「ごはんにしよう……考えもまとめたいし」

 「リディアって、かぴかぴのお弁当を食べるんですよね?」

 「そうだった……」


 エメリアさんは早弁したけど、リディアさんにはハイシリカに水分を吸われたお弁当が残っているんだったな……あれ、本当に魔法で復活するのだろうか。シロガネさんが本を返却したのち、一行は図書館を出た。


 川沿いにはテーブルとイスがたくさん設置されている。それらは石でできていて、テーブルを囲む形で円柱形のイスが5つ並んでいた。その場を借りて昼食にすると見られる。


 「アネットと一緒にお昼ごはん買いに行く人ー」

 「はい。私、行きます」


 朝に降っていた雨水は乾いて消えているし、空模様にも青色が広がっている。アネットさんとエメリアさんは道脇にとまっている屋台へと向かい、メニュー表を指さしてお店のおじさんと話をしている。まだお昼前だからか、店も大して混んではいない。


 「よし……」


 リディアさんはお弁当箱のフタを開き、プラスチックで作ったみたいにカサカサになっている昼食を見つめた。くんできた天然水を万遍なく振りかけ、再びフタを閉じて箱の上に手を置く。湿らせたお弁当を魔法で温めると、レンジでチンした感じになるという想定だが、はたして……。


 「お嬢様。あまり力みますと、火が出ますわよ。肩の力を抜いて」

 「あ……うん」


 リディアさんの手から発されている光が白から赤へ変わると、レクチャーながらにシロガネさんが彼女の肩をさすってくれた。次第に魔法の光は白色へと戻り、お弁当箱の中からはクツクツと音がしてくる。お弁当の隙間から湯気が出てきた頃合いを見て、リディアさんはフタを開いてみた。


 「うわぁ……どろどろになったな」

 「水を多く入れすぎましたわね」


 お米らしきものは煮込んだように溶け出しているし、おかず各種は餡掛けみたくしっとりとしている。まあまあ……温める前よりは美味しそうだし、胃にも優しそう。


 「リディアー。お弁当……うわぁ」

 「うわぁとか言うな……これでも、がんばったんだぞ」


 サンドイッチっぽいものを買って戻ってきたエメリアさんが、リディアさんのお弁当の惨状を見て引いている。ハイシリカを使えば、また乾いた状態に戻せるかも解らないが、魔封箱には鍵がかかっていて開けられない。あとは捨てるか食べるかとなれば、リディアさんが食べることを選ぶのは明白だ。


 「ところで、エメリアとアネットさんは、何を買ってきたんですか?」

 「見てください!お肉のはさんであるパンです!」

 「お嬢様。よろしければ、お弁当を交換いたしますが……」

 「大丈夫です……」


 まずそうなものを前にして美味しそうなものを見せられ、リディアさんはやや悔しそうである。シロガネさんがお弁当のトレードを持ちかけてくれるけど、魔法を失敗した戒めを込めてか、リディアさんは自分で食べると言っている。アネットさんの買ってきたサンドイッチには、目玉焼きみたいなものが入っているな。野菜もたくさん挟んである。


 「いただきます」


 携帯食料として作ったコグもアネットさんにふるまいつつ、みんなは早めの昼食をとり始めた。あっという間にサンドイッチを食べ終えたエメリアさんが、暇を持て余したような口調でリディアさんに図書館でのことを尋ねている。


 「結局、リディアは図書館で、何か見つけたんですか?」


 「実は、図書館の地下に、昔の聖女様や月の資料が保管されていたんだ。月が落ちて、それを空に返したのが聖獣と聖女様なのだという」


 「すごかったよねー。文字とか絵が動いて、ぐあーって頭の中に流れ込んできて」


 「アネットちゃんも見てきてんですか?さそってほしかったです」


 館長さんからは1人だけ連れてきていいと許しを得た都合上、エメリアさんには声をかけられなかったんだよな。でも、話の中で騎士団も絡んできてはいたし、アネットさんは騎士団内でも顔が広い。聞き込みしてくれそうという意味では、アネットさんに来てもらってよかったとも考えられる。


 「しかしですわ……その話が本当だといたしますと、月の落ちてくる場所さえ把握可能であれば、墜落を避けられるともとらえられます」


 「うん。聖獣がオーラ湖にいてくれるなら、接触まで時間はかからないだろう。あとは、どのように対話するかだが……聖獣は、人の言葉が解るのだろうか」


 シロガネさんの発言も一理ある。というか、いまだリディアさんとアネットさんの明かしていない情報が、シロガネさんの口から出てきたのだが……そこは誰も触れないのか。アネットさんは気づいてはいるようで、シロガネさんの方を笑顔で見つめている。


 「ねー……聖獣って、どんなのだと思う?」

 「……」


 ふと、アネットさんが聖獣の予想クイズを開始。俺の中では、湖の底にいたドラゴンみたいな巨大なヘビが聖獣の正体だと思っているんだけど、あれをリディアさん達は見ていないからな。各々の想像をふくらませて、オリジナルの聖獣を作り上げていく。


 「月を空へ投げ返すくらいだからな。大きな手足はあるはずだ」

 「ふんふん。確かに」


 と、リディアさん。


 「とはいえ、神殿におさまる程度ですので、体の大きさはそれほどではないやもしれませんわね。湖にいる点においても、水棲動物とも想定されますわ」


 と、シロガネさん。


 「ん~……解りません」

 

 本当に何も思いつかなかったようで、エメリアさんは不明との見解を示している。でも、いわれてみれば……俺が聖獣だと思っているヘビみたいな生き物には、手も足も見当たらなかった。それに、あの生き物が単体で月をなんとかできるほどかというと、ちょっと微妙なところである。


 「アネットはねー。でっかいドラゴンみたいなのだと思うなー。ドラゴンは騎士団のシンボルだし、絶対に強いと思う」


 全員の意見が出そろった。こうして総括してみると、もしかしたら聖獣は1体だけじゃなくて、たくさんいないと月に対処できないのではないかとも予想された。聖獣の数だけ大神殿があるとなれば、全てを探し出すには相当な時間がかかる。月が落ちてくる前に準備万端にしようものなら、かなり急がないと厳しそうだな。


 「私、紙とペンを持ってます。理想の聖獣を描いてみせます」

 「おお。用意がいいな」


 エメリアさんがバッグから道具を取り出し、聖獣のイメージ図を描き始めた。みんなもごはんの手を止めて、その線の一筆一筆に注意を向けている。


 「……なんか、弱そうだな」

 「今、笑いましたね?」

 「だって、弱そうなんだもん」


 エメリアさんの描いた聖獣はドラゴンらしき形こそしているのだが、あまりにもなよなよしていて弱そうなので、それを見たリディアさんからも正直な感想が送られている。線は振れているし、聖獣の体に変にくびれがある。でも、図書館に置いてあった図鑑の絵よりは、ぜんぜん上手である。


 「じゃあ、リディア。どうすれば強そうになるんですか」

 「ツノだな。あと、羽」

 「ツノ……羽……」


 言われた通りにエメリアさんが書き足すのだけど、それでもなお貧弱である。こぞって意見を出し合っていく。


 「聖獣たるもの、闇をつんざく鳴き声を上げること間違いなしですわ」

 「わんわん……と」

 「体が細すぎるんだ。もっと図太くないといけない」

 「うん」

 「あれじゃない?おめめも、もっとにらむみたいにした方が強そうだよね」


 改良に改良がなされて数分後、女の子たちの考えた最強の聖獣が爆誕した。なのだが……なのだが……。


 「……」


 ここまで強そうな要素を詰め込んだというのに、なぜこんなにも弱そうなのか。1つ断言できることがあるとすれば、この聖獣に世界は救えないであろう。それだけは俺にも、なんとなく理解できた……。


第118話へ続く

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