第113話『図書』
「そうそう。森で会ったいらいらちゃんは、なんって言ってたの?」
「自分を悪い魔物だと強調していたぞ。全く悪そうではなかったが」
アネットさんにリディアさんを取られたショックで、エメリアさんとシロガネさんが無口になってしまった。でも、アネットさんとリディアさんは特に気にせず会話をしている。
思い返せば、森で会ったルポスは開口一番、自分を悪い魔物だと言い張っていたな。でも、実のところは自分は悪い魔物じゃないと主張しようとして、最後まで息が続かなかっただけとも推理できる。まあ、事の真偽についてはもう、ルポス本人にしか解らない……。
「この先、ひさしぶりに行くなー」
家から近いとはいえ、こちらの方向にはアネットさんもあまり来ないらしい。アネットさんの家の近くは大きくてキレイな建物が多かったのだが、そこを抜けると建築物は数を減らし、徐々に川や湖が増えてきた。公園っぽい場所に見えるのだけど、橋を渡った先には商店街っぽいものも見える。川は俺たちが来た方向へと流れているので、ここの水が帝国城の掘に溜まっているとも考えられた。
『ここより、パール地区』
橋の終わり際にはキラキラとした装飾の施されたゲートがあり、パール地区と書かれた看板が貼り付けられている。ここより向こう側は、別の地区になっているみたいだな。
「シロガネさん。図書館は、どの建物なのですか?」
「あちら、黒い屋根のお屋敷でございます」
シロガネさんが、商店街の奥にある大きなお屋敷を指さしている。あれ一軒が丸々、図書館だとすれば……かなり大規模な施設だな。5階建てくらいに見えるし、10000冊以上は本が貯蔵されていてもおかしくはない。出入りしている人たちの多くは白い制服を着ているが……図書館で働いているスタッフ、という雰囲気の人たちではないな。
「……この辺りは学生が多いな。学校みたいだが、入ってもいいのだろうか」
「ええ、お嬢様。図書館には高等学園が併設されておりますので、学生方が多く出入りされてはおりますが……正面入り口より入館すれば問題はございませんわ」
そう言って、シロガネさんが正面玄関へと案内してくれる。そうか。図書館の隣にある建物、あれは学校なのか。すると、あの白い制服を着た人たちは、みんな学生なんだな。
「……」
俺は……学校という場所に楽しい思い出もない訳で、そういう世界や人付き合いが嫌で半ば、この世界へ逃げて来たようなうしろめたさもある。だから、やや現実に引き戻されたような……アンニュイな気持ちになってしまった。まあ、今はこちらの世界が、俺にとっては現実なのだ。生前のことを忘れられはしないが、心持ちは切り替えていこう。
「おじゃましまーすー」
開けっ放しになっている大きな戸口をくぐり、アネットさんが先頭を切って図書館の中へと入っていく。そんな彼女が物珍しげに周囲を見回していると知り、同じように図書館内を見物しながらもリディアさんが声をかけている。
「アネットさんは、こちらが母校ではないのですか?」
「アネットはね。お友達が別の学校に行くって言ったから、そっちに通ってたんだー」
すると、帝国内には他にも幾つか学校があるんだな。図書館の隣にあった建物の雰囲気からして、お金持ち学校のようだけど、アネットさんの家の経済力ならば入学は問題なかっただろう。
アネットさんは騎士団に入れたくらい優秀だし、学力面でも人並以上なのだと思われる。人付き合いもよくて、こんな俺にだって優しい。なんだ。ちょっと敬語を使わない点が気になるくらいで、あとはアネットさんは最強じゃないか。う~ん……まぶしい存在すぎて、真っ直ぐにアネットさんの顔を見れない。
「エメリア。図書館の中では静かにするんだぞ」
「解りました。お母さん」
こういった勉強の場にエメリアさんはあまり来ないようであり、リディアさんに言われずとも既に恐縮の姿勢を見せている。玄関の目の前には受付カウンターが設置されていて、本を持った人たちが列を作っていた。その奥には本棚で作られた通路が無数にあり、図書館の3階くらいまでは吹き抜けの中を目であおぐことができた。
「リディアちゃんたち、どこのコーナーに行くの?」
「聖女について調べようと思うのだが……どこのコーナーかと言われると、ちょっと困るな」
言われてみると……聖女のことを調べようにも、それが職業紹介の本に載っているのか、歴史の本に書いてあるのかすら解らない。かといって大神殿の情報を得ようにも、それすら建築関係にあたるのか民俗学なのか、いささか分類が不明である。図書館内の本は膨大な数だ。調べるのも大変だな……。
「アネットは動物図鑑を探すからね。お昼くらいに待ちあわせにしちゃう?」
「解った。では、13時に、ここで待ちあわせしよう」
「おっけー」
図書館には掛け時計が用意されている。現在時刻は10時くらいかな。これだけ本があれば、3時間と言わず、一日中でも読書を楽しめるだろう。でも、メフィストさんが帰ってくる前には家には戻らないといけないし、夜にはルビィさんもやってくるから、そう長居もできないのである。
書物はジャンルごとに本棚が分けられていて、棚と棚の間にある通路には本の分類が書かれたプレートもぶらさげてある。一階に置かれている本は大体、学術書のようだな。それも魔法についての本などではなくて、語学や理科、数学に関するものだと思われる。動物学というのもあるから、あの辺りでアネットさんは調べものをしている気がする。
「……」
ぶらぶらと歩いている内、リディアさん達は2階へと続く階段の前までやってきた。各フロアの説明書きがある。2階には物語小説が多いようで、私服で遊びに来た人たちが気軽な面持ちで階段を上がっていく。3階は、魔法に関する本が置かれているらしい。
「……?」
図書館は少なくとも5階くらいあったはずなのだけど、3階より上はフロア案内にも載っていない。すると、図書館の4階や5階には、事務所や保管庫があるのかもしれないな。1階の本とは相性が悪いと見てか、エメリアさんは階段の上を指さしながらに口を開いた。
「私、2階を探します」
「それは構わないが、2階は小説コーナーだから、探しものは恐らくないぞ……何を探すつもりだ?」
「……」
エメリアさんは役割分担を買って出るのだが、2階は小説のコーナーらしいからな……調べものに適した本は置いてなさそう。そして、何を探すのかと聞かれても、エメリアさんは教えてくれない。おそらく、人に言うのもはばかられるような、ちょっとアレな本だな……。
「では、私が1階を探すから、エメリアは2階、シロガネさんは3階を見てきてくれないか?」
「はい。解りました」
「承知いたしましたわ……」
図書館は広さもかなりある。まずは一通り見て回ろうと考えたようで、リディアさんはエメリアさんとシロガネさんを上の階へと派遣した。階段を上がっていく2人を見送っている途中、俺は地下へと続く下り階段の存在に気づいた。
「……」
地下へと続く階段は、ロープを張って封鎖されている。灯りもついていないので、下に何があるのかは解らないな。こんな日中だというのに、まるで地下には闇が溜まっているみたいに暗い。油断すると引きずり込まれそうで、少し怖いな……。
「……」
階段を離れ、いざ本の迷路を目の前にする。本棚でできている通路は広めに作られており、人が行き交ってもぶつからない程度にはゆとりがある。リディアさんは本のジャンルを大まかに見ながら歩き、歴史の本が並んでいる本棚の通路へと踏み出した。歴史か……俺は日本史にも世界史にも興味がなかったから、戦国とか三國とかのゲームもやったことなかったな。
「……あっ」
ふと、本棚の中に何か見つけた様子で、リディアさんが足を止めた。本棚に興味深いものがあったと見られる。ええと、あの本は……。
『シファリビア家 武勇史』
「……うちの本だ」
そういや、リディアさんの家は武勇伝がたくさんあるから、それが書籍として出されているんだったっけ。これと同じものを騎士団長が、リンちゃんへあげようとしていたのを思い出した。各巻3冊ずつ置かれている様子なのに、1巻と3巻、5巻が本棚にはない。結構、人気だな……。
「まあ……いいや」
武勇史の最新刊に何が書いてあるのか気になったようだけど、あえて手には取らずにリディアさんは通り過ぎた。地球にある本なら神様のご厚意で読めるようにしてもらったけど、こっちの世界の本はネットで検索しても名前すら出てこないから、むしろ俺としては内容が気になる……。
「……こんにちはー」
「あ……こんにちは」
道すがら、灰色のローブらしき服を着た男の人からアイサツを受け、リディアさんも会釈ながらに返事をしている。受付カウンターにいた人も同じ格好だったし、あれが図書館スタッフの制服なのかもしれない。
「……」
「……スタッフさん……ですよね。どうかなさいましたか?」
「い……いいえ!近頃、警備を強化しております故に、ご了承ください」
「そうなんですか……」
スタッフさんは警備もかねて、館内を巡回しているようだ。これだけたくさん本があるからには、それなりに価値のあるものも多く保管されているのだろう。持ち出されて換金されでもしたら、特定しても取り返しがつかない可能性もある。管理も大変だろうな。
「では、失礼……」
そう言ってスタッフさんはすれ違っていくのだが、なにやら気になる様子でリディアさんの恰好をじろじろと見返している。まあ、かなり露出の多い服装だからな。男の人なら自然と見てしまうのも仕方ないとは思う。
「……」
少し進んだ先で、今度は女性のスタッフさんと遭遇した。カゴに入れて本を運んでおり、本棚の所定の位置へと本を戻す作業をしているらしい。こちらのスタッフさんもリディアさんが近づくと、気さくな様子でアイサツをしてくれる。
「いらっしゃい」
「あ……はい。こんにちは」
「……」
こちらを見たスタッフさんは、さっきのスタッフさんと同じようにリディアさんを凝視している。
「……」
あれ……もしかして、存在感をうすくするスキルがオフになっているのかな。不安になった俺は、スキルの一覧を開いて確認してみる。ええと……ちゃんと効果は発揮されているな。やや都合が悪そうに服装をなおしながらも、リディアさんはスタッフさんに問いかけている。
「な……なにか?」
「ああ……いいえ。ごゆっくり~」
リディアさんの布の少ない服や小さなバッグでは本を隠して盗むのも難しいし、そういった疑惑をかけられている訳ではないのだろう。すると、やはり格好か。セクシーなお姉さんがいたら、やっぱり女の人でも見てしまうものなのかな……。
「……こんにちは」
「お……こんちには」
また別のスタッフさんがいたので、今度はリディアさんの方からアイサツしている。スタッフさんが男の人か女の人かは……微妙に判別がつかない。でも、やっぱり他のスタッフさんと同じく、リディアさんの姿を見て呆然としている。
「……あっ。見ちゃって失礼」
「あ……いえ」
挙動不審ながら、スタッフさんはリディアさんに道を開けてくれる。なんか、気になるな。でも、服装のことを注意されると言い訳するにも恥ずかしいので、こちらからは理由を尋ねることもできない。リディアさんも緊張で肌に汗をにじませてはいるが、本棚へと意識を戻して歩き出した。
「……」
他のお客さんも、それなりにいるのだが……それ以上に、周囲にいるスタッフさんが気になる。あちこちから視線を感じる。これ、絶対に監視されているよな……。
「……」
リディアさんが振り向いてみる。やはり、本棚の角や通路の向こう、あちらこちらから図書館のスタッフさんに見られているのが解った。でも、こちらから近づこうとすると、なぜかみんなは散り散りに逃げて行ってしまう。何か悪い事でもしたのだろうか……。
「あ……リディアちゃん」
スタッフさんの監視に戸惑っている中、1冊の本を持ってアネットさんがやってきた。何か見つけたようで、その本の1ページを指さしてリディアさんに見せている。これは……動物図鑑のようだな。
「見てみて。これ」
「……?」
どうして持ってきてまで、わざわざ見せてくれたのかと思ったが……そこに書かれているイラストを見せたかったらしい。なんだろう……トゲトゲした生き物が描かれている。ウニか?にしては、でこぼこしているな。いがぐり……いや、ハリネズミか。う~ん……解らない。
「これ、いらいらちゃん」
「……ええ?似てないな」
まさかと思って見てみたら、イラストの横には、しっかりとルポスと書かれていた。いや、これがルポスはないな。実物を見た俺が言うのだから間違いない。似ていなさすぎる。俺だって絵はうまくないけど、これよりは似せられる自信はある。これを書いた人は、もっとちゃんと動物を観察した方がいいと……。
『絵・アレクシア帝国城内研究所 最高責任者』
そこまで苦言を心に浮かべたところで、この絵を書いた人が、もしや知っている人である可能性が浮上してしまう。まあ、あの博士が描いたと思えば、これもまた味わい深いタッチというか、独特だけど、悪くはない気がしてくる……よ。うん。
第114話へ続く




