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第105話『転送』

 どうしても博士が怖くて仕方なくなったならば、別の体に逃げるのも止むをえない。などと後ろ向きな決意をかためるが、他の体に意識を移していると、研究者の人たちの話が聞けないという。研究室には行きたくないけど、俺もハイシリカのことは知りたい……。


 「入城手続きをします。リディアさんと、シロガネさんの2名でよろしいですね」

 「あ、はい~。大丈夫ですよ~」


 ゴシキさんが、入城受付の係員さんに取り次いでくれている。自然とエメリアさんが除け者にされたが、それに関しては本人も納得しているらしい。お城に勤めている人は騎士団も含めて全員、人間で統一されていると聞く。エメリアさんに限らず、魔族に該当する人たちは、基本的には城に入れてもらえないのだと思われる。


 「エメリアも、前は入れてもらえたんだけどな……」

 「首にヘビを巻いた人の付き添いで入っただけですし……」


 前回は捜索していたヘビがリディアさんから離れなくなったから、付き添いという形でエメリアさんも入城した模様である。今にもヘビに首をしめられかねない。そんな状況の人がやってきたら、入城手続きでもたつく訳にもいかなかったと見られる。


 「せめて……お茶代をください。2杯分くらい」

 「うん。おやつも食べていいぞ」


 エメリアさんは城に入れてもらえないので、外でお茶をして時間を潰しているという。お城の中でお金を使うこともないだろうとして、ひとまずお財布はエメリアさんに預け、リディアさんとシロガネさんは橋の向こうにある帝国城へと案内されていく。


 「ゴシキさん。研究室は、城のどちらにあるのですか?」

 「20階へ上がった先にある、北の塔です。一応、関係者以外は立ち入り禁止なんですがね」

 「……私たち、入っていいのですか?」

 「リディアさんはシファリビア家のご令嬢様ですし、身元は解っていますので」


 リディアさんは冒険者とはいえ騎士団長の妹だし、有名な一族の末裔だとも聞く。身分の証明が必要ないくらい、世間的には知られている人なのかな。そうしてゴシキさんと会話をしていると、後ろから女の子の声が聞こえてきた。


 「おはよー。どうしたのー?」

 「……ああ。アネットさんか。この間は、お世話になりました」

 「いえいえ」


 騎士団のアネットさんだ。今日は騎士団の制服ではなく、女子高生っぽいブラウスとミニスカート姿である。ゴシキさんとは遠征隊で一緒だったはずだけど、あまり面識はない様子で、2人は軽くアイサツをかわしている。


 「えっと……アネットさんだったっけ。君、今から仕事?リディアさんと知り合い?」

 「あたし、ちょっと忘れ物を取りに来ただけ。リディアちゃんとは友達。またなんかしたの?」

 「私、そんなにいつも、何かしているだろうか……」

 

 アネットさんは仕事で来たわけではないらしく、荷物を取りに来ただけだと言う。女の子同士で仲がよさそうなので、ゴシキさんは会話をアネットさんに任せて、みんなの前を案内ながらに歩いている。


 「どこに用事なのー?」

 「研究室だ。これを調べてもらう」

 「あっ。あたしも研究室に行くとこ」


 アネットさんは学者さんじゃないと思うのだけど、今日は研究室に用事があるのだとか。というか、関係者以外立ち入り禁止のはずなのに、そんなに誰でも入れる研究室でいいのか。それは割と疑問である。


 「で、リディアちゃんのそれ、なんなのー?」


 「よく解らないが……入国審査で引っかかってしまったんだ。アネットさんは、どのような用事で研究室に行くのですか?」


 「うん。そろそろ、お菓子ができた頃だから、それをもらいに行く」


 研究だけでなくお菓子も作っていると聞き、ことさら研究室についての疑問が深まった。研究室は20階にあると言っていたけど、みんなは階段へ足はかけず、階段下についている大きなドアの前に立った。ゴシキさんはドアについているダイアルを回しながら、リディアさんとシロガネさんに魔力の有無を確認している。


 「リディアさんとシロガネさん。お二人は、黒魔法は?」

 「私は……おそらく大丈夫です」

 「ワタクシも、問題はございませんわ」

 「では、20階へ行き先をあわせます。ついてきてください」


 そう言ってノブをひねると、音もたてずにゴシキさんは姿を消してしまった。ドアに入った……という感じじゃなかったな。体が光に飲み込まれたというか、パッと光って一瞬でいなくなったというか……いわゆるワープみたいな感じである。


 「あたし、階段で行くから、またあとでねー」

 「ああ。うん」


 この不思議なドアをアネットさんは使えないようで、1人だけ階段を使って上へと登っていった。ゴシキさんは事前に黒魔法について聞いていたし、このドアは黒魔法の技術を利用しているのだろう。リディアさんが魔法を使えるようになったのは最近のことなので、ワープを使うのも初めてと見られる。ドアノブを握る手もぎこちない。


 「お嬢様。僭越ながら……お手ほどきは必要でございますか?」


 「ああ。ちょっと、アドバイスが欲しいです……」


 「こちらの魔道具は、熱で瞬間的に空間を歪め、近くの魔道具へと移動するものでございます。オーブンを温める要領で、手に力を込めていただければ問題はないかと」


 やはり、魔力を使うと別の場所へ移動できる代物という認識で正しいようだ。エレベーターみたいなものなのか。ただ、シロガネさんの説明を聞く限り、黒魔法が使える人じゃないと使用できないようだし、あまり遠くまではワープできないようである。


 「よし……」


 リディアさんは手から光を発し、グッとドアノブをひねった。アクセサリーである俺も一緒に転送されるらしく、視界が一瞬だけ真っ白になる。気がついた時には俺たちは別の場所へと立っており、リディアさんは恐る恐るドアノブから手を離した。


 「……」


 リディアさんが辺りをキョロキョロと見回している。場所は変わったけど、目の前には先程と同じドアがある。通路には騎士団の人たちの姿は見えるのだけど……なぜかゴシキさんがいない。さすがにアネットさんも、まだ来てはいないな。


 「……あら」


 遅れてワープしてきたシロガネさんが、ドアの前に立っているリディアさんにもたれかかってきた。そうか。ワープした先の状況は見えないから、すぐに足をどかさないとあとから来る人とブッキングしてしまうんだな。不意に胸を鷲掴みにしてしまった次第、シロガネさんがリディアさんに陳謝している。


 「大変、失礼いたしました……まだそちらにいらっしゃるとはつゆしらず」

 「いや……こちらこそ、すみません。まだ不慣れなもので」


 突然、水着みたいな服の人とメイドさんが現れ、周囲にいる騎士団の人たちからの注目は集まっている。でも、ゴシキさんはいないし、どちらに研究室があるのかは解らない。ゴシキさんかアネットさんが来てくれるまでは、ここで待機だな。


 「……お嬢様。研究室でございましたら、ワタクシがご案内いたしましょうか?」

 「シロガネさん、場所を知っているのか?」

 「ワタクシ、何度か来ておりますので……」


 シロガネさんは、お城の内部にも詳しいらしい。シロガネさんは騎士団長と内通している様子だし、リディアさんの様子を逐一、報告しに来ていたりもするのかもしれない。さすがに城内を勝手に歩き回るのも気が引けたようで、リディアさんはゴシキさんを待とうと決めた。


 「……アネットさんは、いつもあの長い階段をのぼっているのか。足腰が鍛えられるな」

 「……あっ」

 「……?」


 シロガネさんはメモ帳に似たものを開き、その内容を見て驚きながらに口元を押さえている。どうしたというのか。


 「何か用事があるのならば、先に帰ってもらってもいいですけど……」

 「いえ、問題はございません……ご心配なく」


 問題はないと言いつつも、なにやら目は泳いでいる。不都合な事態に見舞われたのは確実なのだろうが、その詳細は語られない。そんなシロガネさんが突然、リディアさんの手を引いて窓の近くへと移動する。


 「お嬢様。本日のお天気は、いかがでございましょう」

 「まあ……可もなく不可もなくといった天気ですね」


 窓から見える景色は高く、本当に20階へと一瞬で移動したのだと実感が湧いてきた。空は曇ってもいないし、晴れているとも言い難い。雨は降らないだろうけど、日差しもよくはない。なんとも微妙な天気だ。だが、それより妙なのは、急に天気の話を始めたシロガネさんな訳で……俺は彼女が体で隠している通路の向こうをのぞいた。


 「……」


 シロガネさんが隠している方向には、背の大きな男の人が見えた。騎士団の制服は着ていないから、お客さんとして来ている人なのかな。その人が立ち去ったところで、シロガネさんはリディアさんから身を離した。

 

 「……あっ!」


 俺が男の人に目を向けていると、今度はリディアさんが驚きの声を上げた。何が原因かは……すぐに解った。窓のふちから、ヘビが顔を出している。以前、依頼で探したヘビさんに似ているな。


 「……シロガネさん。頼む。また石を飲み込まれる」

 「おおおおお……お任せ下さいまし……」


 俺を飲み込まれた際に首へと巻き付かれた記憶から、リディアさんはヘビさんの対処をシロガネさんに任せている。でも、シロガネさんは動物が苦手な訳で、手を大きく広げてリディアさんの前に立ちながらも、動揺した様子を見せている。


 「……!」


 今度は窓の外、上の方から、黒い服を着た女の人が降りてきた。その人は手慣れた様子でヘビさんを腕に巻き、スカートがめくれないよう押さえながら中へと入ってくる。メイド服に銀色の髪。この人は……お姫様に付き添っていたメイドさんだな。名前は……ええと、忘れました。ごめんなさい。


 「リディア様。お怪我はございませんか?」

 「あ……はい」

 「……シロガネさん」

 「は……はい」

 「……」

 

 メイドさんはシロガネさんに声をかけるが、特に何か言うでもなく一礼を見せて去っていった。ヘビさんはリディアさんを見ているのだけど、メイドさんに頭をなでられると落ち着いた様子で目を閉じた。シロガネさんと顔見知りと判断し、リディアさんが彼女の素性を尋ねる。


 「彼女は姫様のおつきの……コハクさん、でしたか。シロガネさん。お知り合いですか?」

 「あ……ええ。はい」

 「……」

 「……ワタクシの、姉ですわ」


 ……あの人、シロガネさんのお姉さんだったのか。リディアさんを守るべくして広げた手、不格好をなおしながら、シロガネさんは顔色も悪そうに教えてくれた。


第106話へ続く

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