第104話『梱包』
魔物たちからのつたないメッセージに導かれ、俺たちはオーラ湖が怪しいと目的地を定めた。ただ、魔物に監視されていては落ち着いて話もできない為、ひとまず森を抜けてリアカーを止めた場所へと戻ってくる。すっかり天気もよくなっている。でも、地面はまだ湿っているな。
「いや、死ぬかと思ったな……今となっては、可愛くも思えるが」
大勢の魔物に囲まれるという珍事に遭遇した訳で、みんな安全地帯へと出たところで1つ呼吸を整えていた。草食動物といえど、たくさんいるとそれなりに怖い。なんとなくだけど、近所の川にお魚が大量発生した光景を思い出した……。
「ワタシ、行ってくる」
「もう行くのか?」
「1人で行く」
飲み物を口に入れて一息つくと、すぐにメフィストさんはオーラ湖へ向かうと言い出した。オーラ湖までの距離を考えると、気軽に出発するにはやや遠い。それをふまえての、1人で先に行ってくるという旨の発言であると思われる。
「私たちも行くつもりだが……遠出する場合は、行き先をギルドに伝える決まりだ。明日まで待てないだろうか」
リディアさんもオーラ湖の調査には同行したいようだが、帝国の近場を散策するのと湖まで行くのでは、気持ちとしても労力としても相当な違いがある。今日のところは国へと戻ろうと勧めている。
「ワタシだけなら、15時には戻ってこれる」
「今から出発して15時……そんなに足が速いのか?足元も悪いぞ」
「大丈夫」
メフィストさんはリンちゃんの村と帝国の間を数時間で移動した人なので、1人でならば本当に時間もかからないのだろう。そもそも好奇心の強い人である為、明日まで待ってはいられないと見える。これに関しては止めても無駄と見て、リディアさん達も彼女の意思を尊重することにした様子だ。
「……無理はしないでください」
「無理はしない。ワタシ、泳げないから」
メフィストさん、これだけ身体能力が高いのに、泳ぎだけは苦手なのか。しかし、泳げないという自覚があるならば、そうそう無理もしないだろう。メフィストさんは一枚の紙を取り出して、それにペンで何かを書き始める。最後にハンコを押して、紙をリディアさんへと手渡した。
「依頼書の原本。これを持っていって。報酬をもらって」
「……解った。だけど、次からは、依頼はしなくていい。直接、家に来てくれ」
「……うん」
今日、調査に出るまでは、俺もメフィストの話に半信半疑だった。でも、神殿にはオリハルコンが使用されていたし、神殿も森の魔物たちも、明らかに俺とリディアさんに反応を示していた。リディアさんも俺と似た気持ちなのか、この一件についても最後までつきあうと告げている。
「家まで送っていく。乗って」
ここまで乗せてきた以上は、送り届けてから出かけたいらしく、またメフィストさんはリディアさん達をリアカーに乗せて、川の向こうに見えている帝国へと戻り始めた。ほんの数分で入国門前へと到着し、そこでリディアさんは車を止めてもらった。
「ここでいい。国へ入ると、また出るのに時間がかかるだろう」
「うん。ありがとう」
門の近くには広い場所があり、大きな箱や馬車などが置かれている。そこにリアカーを駐車し、メフィストさんは車輪にカギをかけた。大きなリュックを背負い直して、好奇心のおもむくままに広い世界へと向き合った。
「聖女様。あと……メメリアさん。シロガネさん。ありがとう」
「私、エメリアです……」
「エメリアさん」
感謝の気持ちを見せた後、メフィストさんはぬかるみで汚れることも恐れずに駆けだした。その走る速さといえば、自動車より速いとも錯覚するほどであった。あっという間に姿は小さくなり、メフィストさんは木々の向こうへと消えてしまう。あの速さならば、昼食前には帰って来られるかもしれない。
「よし。私たちも、大神殿について街で調べてみよう」
「街には図書館がございますわ。そちらを訪ねてみてはいかがでしょう」
メフィストさんの姿を見送り、リディアさんたちは入国門へと足を向けた。シロガネさんは図書館の存在に心当たりをつけていて、そこで調べものをしてみるのをオススメしている。朝早い内ということもあって、入国審査には人の列も見られない。すぐに国には入れそうだな。
「ところで……これ、誰が持って国に入ります?」
「……?」
今まさに入国審査を受けようという直前で、エメリアさんが手に持っているものを2人に見せた。これは神殿から出てきた……ハイシリカという物体だったな。どこに行ったのかと思っていたが、エメリアさんが持ってたのか。
「なぜ、メフィストさんに渡さない……」
「渡せと言われなかったですし……」
これ、ご丁寧に神殿に守られていたんだよな。もしかしたら、大神殿を見つけるのに必要なアイテムなのかもしれない。
「……」
とはいえ、今から渡しに行こうにも絶対に追いつけないし、リアカーに乗せておいて紛失しても困る。リディアさんは責任をもってハイシリカをを受け取り、シロガネさんとエメリアさんに先に入国審査を受けるよううながした。
「……次の方、どうぞ」
シロガネさんとエメリアさんの持ち物検査は短時間で終了し、すぐに検査員の人がリディアさんを呼び入れた。持ち帰ったものは天然水くらいだからな。そう時間もかからなかったのだと思われる。
「失礼します……」
「そちらにおかけください……」
検査員の人は前回、リンちゃんの村から帰ってきた時に対応してくれた人とは別の人だな。バッグの中身を洗いざらいテーブルに並べたところ、やはり検査員の人はハイシリカに注意を向けた。手袋をしてハイシリカを持ち、手触りを確かめつつフタへと指をかける。
「開けない方がいいですよ。水が出てくるので」
「……こちらは、あなたの水筒なのですか?」
「水筒ではないですが……私にもよく解らなくて」
検査員さんはハイシリカに手をかざし、鑑定眼の魔法を使って識別してくれているようだ。でも、俺が入国審査を受けた時と同様に正体が解らなかったようで、そっと席を立ってリディアさんに断りを入れた。
「研究室と連絡をとりますので、こちらお借りいたします」
「はい」
怪しい物品が持ち込まれた際には、帝国の研究所へ一報を入れるのが決まりらしい。しかし、俺たちにとっても、ハイシリカの正体は未だに不明だ。調べてもらえるのであれば……むしろ、ありがたいことかもしれない。
「……」
5分くらい経ったけど……なかなか検査員の人、帰ってこないな。入国審査を待っている人は他にいないし、検査室は3つくらいあるから焦る必要はない。検査を終えた物品をバッグへと収納しつつも、リディアさんは部屋の奥を気にしている。
「……」
よくよく耳を澄ませてみると、かすかにだが……検査員さんの声が聞こえる。声量は強くないが、ややお説教をするような感じの話し方だな。
「でしたら……もう……」
「……」
「いいですか……はい」
なんか揉めてる……俺が鑑定に引っかかった時は、騎士団長が目にかけてくれたからすんなりいったけど、今度はどうしたのだろう。
「……お待たせいたしました」
検査員さんはハイシリカと一緒に、金属製の箱のようなものを持って戻ってきた。テーブルの上に箱を置き、その中にハイシリカを収納して、こちらへとスッと返却する。
「大変、申し訳ございませんが……魔封箱へ入れたまま、帝国城の研究室へとお持ちいただく決定となりました」
「研究室ですか?」
「研究室にて鑑識を終えるまでは、箱にはカギをかけさせていただきます」
入国審査では安全性を保障できないと見て、詳細な調査については研究室へ投げられてしまった。魔封箱と呼ばれるものに入れておけば、国の中を持ち歩いても問題ないのか。名前からするに、魔力をおさえるものだと思われるが……ステータス画面で見ても、よく解らない。
「帝国騎士団より遣いが参りますので、入国を終えましたら、広間にいる団員へお声がけください」
「解りました」
ハイシリカの調査は保留となったが、持ち物検査自体は無事に突破できた。魔素鑑定では魔物の魔素が体に付着していると言われたが、特にお咎めもなく洗浄室へと通される。ミストで体をキレイにし、リディアさんは帝国へと帰還した。
「お待たせ」
「……お嬢様。そちらの箱は、どうなされましたの?」
「これに、あの水を吸う物体が入っている。城の研究室で鑑定するまで、箱から出せないらしい」
「あ……お待たせしました。帝国騎士団です」
シロガネさんたちに諸々の説明をしていると、騎士団の制服を着た男の人が声をかけてくれた。検査員の人が呼んでくれた遣いの人なのだろうが……この人、前に見た事あるな。リンちゃんの村に来ていた遠征隊にいた気がするけど、名前は……。
「……」
俺、人の顔とか名前とか憶えるの苦手なんだ……ごめんなさい。騎士団のお兄さん。
「鑑識班のゴシキです。すぐに研究室へ行きますか?」
「はい。お願いします」
「では、こちらへ」
そうだ。ゴシキさんだ。魔人と俺が壊した橋の近くで、事件現場の検証を行っていた人だな。彼の案内に従い、広間から帝国城へと続く大通りを進む。今回、調査をお願いするにあたって、リディアさんはゴシキさんへと質問を投げている。
「研究室に持ち込んでの調査ですが……こういったことは、よくあるのですか?」
「滅多にないですよ。ただ、たまに博士が面白そうなものを見つけると、わがまま言い出す時があるって、検査員が愚痴ってるとかなんとか」
……ん?博士?
「博士は、そこまで権力のある方なのですか?」
「知識は国一番ですからね。あの人が危ないって言ったら、道の小石も危ないかもですよ」
そうだ。研究室には、博士がいるんだった。博士……博士……俺を望遠鏡でじっくりと観察したり、オリに入れて実験材料として持ち帰ろうとした、いわば危険人物の筆頭である。
「……」
博士……怖い。今すぐ逃げたい。そんな思いは募らせながらも、俺はリディアさんの胸元でふるふると身を震わせていた。
第105話へ続く




