少女
人懐っこい性格のモーゲンは、使用人たちとすぐに打ち解けた。
アルマークは逆に、自分のことを恐れ疎まれるのでは、と心配していた。
しかし、襲撃の当時、使用人たちはみなウェンディと一緒に4階に避難していて、実際にアルマークと傭兵たちとの戦いを目にした者はおらず、ほとんどの者が、状況はよく分からないが、警備の人間が傭兵たちと相討ちに倒れたのだろうと考えていた。
二人の子供はウェンディの作った偽物たちとともに、何か魔法でその手伝いをしたのだろう、程度の認識だ。
11歳の子供に屈強の傭兵全員が倒されたなどと考えるより、その方がよほど常識的な考えだった。
事情をうっすらと知る者たちも、ウォードによく言い含められているようで、アルマークにおかしな態度をとることはなかった。
そういったこともあり、アルマークも、モーゲンほど自然にではないが、徐々に使用人たちと打ち解けていった。
ウェンディは、当初は魔力の消耗と相まって非常に憔悴しており、ウォードやアルマークたちを心配させたが、日を追うごとに元気になり、数日後には、中庭を散歩できるようになっていた。
アルマークたちは、ウォードからの強い要望もあり、時間があるときは極力ウェンディのそばにいることにした。
その日も、アルマークは、ウェンディと一緒に中庭を散策していた。
ノルク島よりもだいぶ北に位置するとはいえ、やはり南の夏の陽射しはアルマークにはきつい。
「今日も暑いね」
アルマークが空を振り仰ぐと、日よけのつばの広い帽子をかぶったウェンディが頷いた。
「うん。でも、風に少し秋の気配が混ざってる」
「えっ、そうかな」
アルマークには分からない。
彼にとっては昨日までと同じ、変わらない夏の風だ。
「うん、少しだけね。毎年、この時期は少し寂しくなるけど、今年は格別だね」
ウェンディはアルマークを見た。笑ってはいたが、どことなく翳がある表情だった。
「……今日は、モーゲンは?」
「ああ、モーゲンなら仲良くなったミレットさんと一緒に、街の早食い大会がどうとか」
アルマークは、まるでモーゲンの年の離れた兄かのようによく似た体型の使用人の名前を挙げた。
「モーゲンって本当にすぐ人と仲良くなるのね」
ウェンディはくすくすと笑う。
「そうだね。モーゲンのあれは才能だと思う。僕にはとても真似できない」
アルマークは頷いた。
それから、しばらく沈黙が流れる。二人はゆっくりと歩く。
不意に、ウェンディがアルマークをまっすぐに見た。
「……お父様がね」
「うん」
「嫌がらせの件も全て解決したから、ガルエントルに帰ってきなさいって。残りの休暇の間、一緒に暮らそうって」
「よかったじゃないか」
それは薄々アルマークにも分かっていた。
使用人の手伝いをするようになると、ウォードたちの動きを見ればこの館で行われる大体のことが事前に予想できるようになってくる。
このところ、ウェンディのための旅支度の準備が進んでいることはアルマークもモーゲンも知っていた。
僕たちもそろそろ帰らなきゃね、と昨夜二人で話し合ったばかりだ。
しかしウェンディは、アルマークの言葉に、うん、と頷きはするものの、その顔に笑顔はない。
「でも、そうしたら、二人は学院に帰っちゃうでしょ」
「まあ、そりゃね」
アルマークが頷くと、ウェンディは暗い顔をする。
「……帰ってほしくない」
「えぇ?」
「二人に帰ってほしくない」
「だって、ウェンディはガルエントルに行くんだろ?」
「そうなんだけど……」
ウェンディはしょんぼりと肩を落とす。
「???」
アルマークには、ウェンディの真意が分からない。
「ガルエントルまで僕らにも一緒にきてほしいってこと?」
「そうじゃなくて……」
ウェンディは、言いづらそうだ。
「……うん」
と相槌を打ってみるが、ウェンディは一向に喋り出す気配がない。
困ったアルマークは、ウェンディに向き直り、まるでシシリーに言い聞かせる時のように言う。
「ウェンディ、君の言うことなら僕とモーゲンは、出来ることだったら何でも聞くよ。でも、何が言いたいか分からないんじゃどうしようもないんだ。はっきり言ってくれないか」
すると、なぜかウェンディは顔を赤くした。
アルマークには、ますます訳が分からない。
「ウェンディ?」
促すと、ウェンディは下を向いて、ようやく小さな声で言った。
「……二人と、どこかに……」
「え? ごめん、よく聞こえない」
ウェンディは、さっきよりほんの少しだけ大きな声で繰り返す。
「……二人と、どこかに遊びに行きたい」
「え、そんなこと?」
アルマークが思わず言うと、ウェンディは真っ赤な顔を上げて弁解するように早口で言う。
「だって、二人が来てからすぐにあんなことがあって、やっと元気になったらもうガルエントルに来いだなんて。私、まだ二人と何も楽しいことしてないのに。せっかく二人が来てくれたからやりたいことたくさんあったのに」
顔を赤くして言いながら、少し涙ぐんでさえいる。
バーハーブ家の令嬢として、気丈に振る舞ってきたウェンディの、一人の普通の少女としての側面。
そして、そちらの方がアルマークやモーゲンのよく知る、ノルク魔法学院でのウェンディの姿だ。
アルマークは、ここに来てからなんとなく遠く感じていたウェンディが、また自分の近くに下りてきてくれたような感覚を覚えた。
アルマークの好きな、初めて会った頃からの、よく知っているウェンディ。
「もちろんいいよ」
アルマークがそう答えたとき、不意に強い風が吹いて、ウェンディの帽子が宙に舞った。
「あっ」
ウェンディが声をあげた時には、アルマークが軽やかに跳んで帽子をキャッチしていた。
笑って、帽子をウェンディに手渡しながらアルマークはもう一度言う。
「明日三人で遊びに行こう。何がしたい?」
ウェンディがアルマークの顔を見る。
目に溜まった涙が夏の太陽に反射して、キラキラと光っていた。
「みんなで馬に乗って、ピクニックに行きたい!」
「いいよ。セダルさんにお弁当を作ってもらって、三人で行こう」
アルマークが屋敷のコック長の名前を出すと、ウェンディは噴き出した。
「二人とも、ここに馴染みすぎだよ」
やっと笑ってくれたウェンディを見て、アルマークの心も軽くなった。




