顛末
王都ガルエントルのとある貴族の館。
その薄暗い室内。
館の主は、目を見開いて部下の報告を受けていた。
「失敗しただと……?」
「はい。隊長のギザルテ以下、全滅とのことです」
部下が淡々と報告する。
「腕利きという触れ込みだったではないか。そのためにわざわざお前をあんな北の辺境に遣わせたのだ。あれは嘘だったのか」
「戦のほうはともかく、剣の腕は確かと聞きましたが」
「ならば、なぜエルモンドの小娘一人殺すことができんのだ」
「さあ」
部下は、首を捻った。
「さあ、ではすまんだろうが!」
主は部下を怒鳴り付けたが、部下のほうは素知らぬ顔で、
「と、言われましても」
と答える。
主は、そこでようやく部下が自分に向ける冷たい視線に気付いた。
「……なんだ、その目は」
「……」
部下は無表情で主を見下ろしている。
主の背筋を冷たいものが走った。
「貴様、まさか……」
言いかけたものの、部下の冷たい視線に言葉が続かない。
今度は部下にすがるような目を向け、尋ねる。
「そうだ、あの方は……あの方は、なんと」
ああ、と部下が思い出したように言う。
「それが、最後の報告になります」
主は小刻みに頷く。
「言え。早く」
「あの方からの伝言です。お伝えします。『門が開くのを見ることができた。ありがとう』……以上です」
「……それだけ……?」
主が問うと、部下は肩をすくめた。
「それだけです」
主はなおも一縷の期待を込めて部下を見上げるが、部下は冷たく、では、と一言言い残し、そのまま踵を返して部屋を出ていこうとする。
「おい、待て! 俺は……俺はどうなる!」
主が部下の背中に叫ぶと、部下は肩越しに主を振り返って、首をかしげた。
「さあ……なるようになるんじゃないですか? ご自分が一番ご存じでしょうに」
部下が扉を開けると、薄暗い室内に尚いっそう濃い彼の影が不吉めいた形に伸びた。
扉の閉まる音と共に影も消えた。
一人残された主はしばらく呆然としていたが、やがてがたがたと全身を震わせ始めた。
どこからか、ぴー、と笛の音のような音がした。
愛娘を襲われたエルモンド卿の反撃は素早かった。
エルモンド卿は直ちに王都の衛兵を動員し、ウォードからもたらされたアルマークたちの情報を元に、ガルエントルに潜伏していた鮮血傭兵団の残党五人を捕らえたのだ。
五人は最初、ギザルテらが南の人間に敗れたなどということは信じなかったが、それが真実と分かると脱け殻のようになってしまった。
五人の供述から、雇い主は王都に住む一人の下級貴族であることが判明した。
その男を捕らえるために、直ちに衛兵隊が彼の館に派遣される。
しかし、館に入った衛兵たちは、この館が既に無人の廃墟に等しい状態であることに気付いた。
まさか既に逃げられたか、と慌てた衛兵隊長は、館内の徹底捜索を命じる。
結局、主だけが館の一室で発見された。
ソファにもたれたまま、恐怖の表情を浮かべて絶命していた。
この館の主の家族や召使い、使用人たちがどこへ消えてしまったのか、それは誰にも分からなかった。
五人の傭兵に聞いても、この主の部下のグラングと名乗る若い男としか接触していない、情報も金もその男からもらっていた、と答えるばかりであった。
衛兵たちはなおも聞き込みを行ったが、ガルエントルの街には、そのグラングという男を知っている者は、誰もいなかった。
結局、エルモンド卿には、その無名の下級貴族に、北の傭兵を雇ってまで娘の命を狙われる心当たりは全くなかった。
後日、アルマークたちはウォードから、ごく簡単にその顛末だけを聞いた。
冬の屋敷は、とても来客をもてなせる状況ではなくなってしまったので、アルマークとモーゲンは屋敷を辞して学院に帰るつもりだったが、ウェンディとウォードに強く引き留められた。
二人も、強いショックを受けているウェンディとそのまま別れを告げることには正直なところ抵抗があった。
「お客さんじゃなきゃいいんだよね」
モーゲンの言葉に、アルマークは頷く。
「その通りだ、モーゲン。今日は冴えてるな」
「まあね」
二人は、自分たちを客扱いせず、屋敷の仕事を手伝わせてもらうことを条件に、しばらく滞在することにした。




