アルマークの作戦
「アルマーク殿!?」
意外なアルマークの言葉に、ウォードが目を剥く。
「ウェンディ、僕は君に乗るよ。この屋敷の使用人の皆さんを、できるだけ変化の術で作るんだ。君ならできるよね?」
アルマークの呼び掛けにウェンディが頷く。
「その代わり、まず君の代わりも作るんだ。敵の狙いは君だ」
「私は、あと!」
ウェンディが首を振る。
「ダメだ! まずは君だ!」
アルマークもそこだけは譲れない。
「時間がない。ウェンディ、みんなの命は君にかかってるんだぞ!」
みんなの命。
アルマークは、それがウェンディの強い意思に働きかけることのできる、鍵となる言葉だと思った。
アルマークの予想は当たった。
ウェンディの瞳に一瞬、理性の光が宿る。
「……わかった」
ウェンディは杖を振って花瓶を自分そっくりの姿に変える。
「これでいいでしょ! 次は、マーカス!」
使用人の名前を呼び、椅子をその姿そっくりに変化させる。
「イシャ! メル! レーギ!」
凄まじい速さで、使用人の偽物を作っていくウェンディ。
「し、信じられない」
モーゲンが唖然とした顔をアルマークに向ける。
「一体どうなってるの? 今の僕らじゃ時間をかけて小動物を一つ作れるかどうかなのに。ウェンディだって休暇前はそうだったよ。なのに、こんな一瞬で大人を何人も……こんなの、きっと高等部の人だってできないよ」
「うん」
アルマークも頷く。
イルミス先生にだって、できるかどうか。
ウェンディの体から、まるで無尽蔵かのように魔力が湧き上がってくるのが、隣にいるだけで分かる。
そして、ウェンディは凄まじい精神力でその魔力を操っている。
だが、今の彼女には正常な判断ができない。
だから、その無尽蔵の魔力でもっと強力な、もしくはもっと効率のいい魔法を使うことが出来ない。
しかし、それならそれで、この魔法を無駄にしないことが大事だ。
だから、アルマークはウェンディに乗ったのだ。
「モーゲン、僕の作戦を聞いてくれ」
アルマークがモーゲンに耳打ちする。
モーゲンはそれを聞いて、顔を真っ青にする。
「そ、そんなの無理だよアルマーク!」
「大丈夫、君ならできる!」
その頃には、ウェンディはこの屋敷で働く使用人約20人のほぼ全てを作り終えていた。
この速度、この精度。信じがたい魔力と精神力。
「ああ、もう! 外の……警備の人たちが思い出せない」
焦れったそうにウェンディが言う。
ウェンディほどの高い身分の人間が、20人の使用人の名前と姿を全て記憶していて再現できたというだけでも驚異的なことだ。
ウェンディと使用人との関係がいかに良好かが分かる。
さらに、ウェンディは自分が普段あまり接することのない警備の人たちまで作ろうとしているのだ。
しかし、それは危険だった。
今、外で必死に傭兵たちを食い止めてくれているであろう警備の人たちは、残念だがおそらくほとんどが助からないだろう。
自分が斬ったはずの人間がもう一度出てきたら、敵も必ず不審を抱くだろう。
アルマークはそう思ったが、それは口に出来ない。
その時、不意に魔力の奔流が止まった。
アルマークはモーゲンと、はっと顔を見合わせる。
ウェンディの魔力が急速に小さくなっていくのを感じて、アルマークはとっさにウェンディに駆け寄った。
「ウェンディ!」
ゆっくりと倒れそうになるウェンディをあわてて抱き止める。
ウェンディはアルマークの腕のなかで、自分が作った使用人の分身たちに、意識を混濁させながらもはっきりと言った。
「お願い。この館を……みんなを守って」
「お嬢様!」
「ウォード、アルマーク、モーゲン。……みんなは……逃げて」
最後にそれだけ言って、ウェンディは意識を失った。
最後に一瞬戻った理性で、自分達の心配をしてくれたことが、アルマークに静かな感動をもたらした。
ありがとう、ウェンディ。君は必ず僕が守る。
気を失ってしまったウェンディの体をアルマークはウォードに預ける。
「使用人の皆さんを4階に避難させてください。ウェンディのことをお願いします」
「アルマーク殿、あなたは」
「彼らと一緒に食い止めます」
アルマークはウェンディの作った使用人の偽物たちを手で示した。
「なあに、僕らは魔術師です。危なくなったら逃げ方はいくらでもありますからご心配なく」
モーゲンが、アルマークの言う「僕ら」の中に自分が含まれたのに気付き、情けない顔をする。
「急いでください。ウェンディを最後まで守るのは、皆さんです。もう時間がない」
階下、正面の大扉から、斧か何かを叩きつける音が響いてくる。
破られるのも時間の問題だろう。
「僕らに任せて。さあ早く!!」
ウォードはアルマークの目をまっすぐに見る。
「……アルマーク殿、あなたにはわたくしどもには見えないものがお見えのようだ」
そう言って、頷いた。
「このお礼はまた改めて必ず。行くぞ、4階だ! お嬢様を運べ!」
ウォードが使用人たちを引き連れて4階へ上がっていく。
後に残されたのは、ウォードをはじめとする使用人たちの偽物と、ウェンディが雑に作ったので本物に似てはいるのだがどこか違うウェンディの偽物、それからモーゲンの本物だ。
「みんな、ウェンディが最後に言った言葉の意味、わかるね」
アルマークが声をかけると、使用人たちは頷き、みなぞろぞろと階下へと下りていく。
ウェンディが彼らに注いだ魔力が尽きるまでの時間、彼らの姿はそのままだ。たとえ、殺されようとも。
「よし、モーゲン。僕たちも配置につこう」
「アルマーク、本当に大丈夫なのー?」
モーゲンが情けない声を出すが、アルマークは力強く頷いてみせる。
「大丈夫。扉の前で僕が守りきるから。もし入れてしまったとしても、絶対に一人だけだ」
「信じていいんだね!?」
「僕はモーゲンを信じてる。君も僕を信じてくれ」
「そりゃ僕は君を信じてるけど、自分のことはあんまり信じられないよー」
「なら学院で習った魔法を信じるんだ」
「うぅー、できるかなぁ……」
その後は、アルマークの予想通りの展開となった。
屋敷に乱入してきた傭兵たちは、一階や二階で群がってくる使用人の偽物たちを斬りまくった。
そして、全員を殺したと思ってすっかり油断して3階へ上がってきた。
そこをアルマークが奇襲した。
ウェンディの作ってくれた偽物たちのお陰で、完全な不意討ちになった。
たちまち3人を斬り捨てたアルマークは、傭兵たちが間違っても4階へ行かないように、ウェンディの部屋の扉の前まで、戦いながら彼らを誘導した。
そしてそこで、合流した隊長のギザルテに扉を破られはしたものの、モーゲンが勇気を奮って事前の計画通りに窓の外に吹き飛ばしてくれた、というわけだ。
「ウェンディのあの変化の術がなければ」
アルマークはウォードに言った。
「六人の傭兵をいっぺんには相手できなかったでしょう」
アルマークとて一度に相手できるのは三人が限度。
残った傭兵は自由に動くだろう。ウェンディたちのいる4階へ上がられる危険も十分にあった。
それが、最初に三人を斬れたことで、一気に戦局がこちらに有利になった。
「本当に……ウェンディのおかげです」
そう言うアルマークを、ウォードは黙って見つめていたが、やがて口を開いた。
「アルマーク殿、あなたは……、いや、あなたも」
モーゲンが、はっと顔をあげてウォードを見る。
「北の傭兵、なのですな」




