【閑話】クレープ屋に行こう12(終)
夕暮れの迫る、さざ波通り。
「あー、アルマーク来たよ!」
クレープ屋の前でモーゲンが丸っこい手を大きく振っている。
「遅いよ、どこまで行ってたの」
「ごめんごめん」
アルマークも手を振り返す。
「ちょっと、青風通りまで行ってたんだ」
「青風通り?」
モーゲンはきょとんとした顔をしてから、アルマークの連れている女子二人に気付く。
「あ、ウェンディとカラー」
「そこで会ったんだ」
アルマークは言った。
「せっかくだから一緒に、と思って」
「クレープ、食べたいの!」
アルマークの言葉にかぶせるように、カラーが言った。
小走りに駆けよっていく相手は、レイドーに定めたようだ。
「おねがい、レイドー。あなたの整理券で私の分の一個も買わせて! もちろんお金は払うから」
「ああ、なるほどね。そういうことか」
きょとんとしたレイドーは、カラーとウェンディの顔を見比べて、にこりと笑う。
「ウェンディの分はアルマークの整理券で買うってことだね」
「うん。そうなんだ」
アルマークが頷き、ウェンディがまた申し訳なさそうに微笑む。
「ごめんなさい。急に」
「いや、全然。いいよ、カラー。君の分は僕の整理券で買おう」
「きゃああ。さすがレイドー!」
レイドーの手を握って飛び跳ねるカラー。レイドーは如才ない笑顔を浮かべてそれに応じている。
「ああ、そうか」
はらはらと成り行きを見守っていたモーゲンが、ようやくほっとした顔をした。
「そういうことだね。うん、ウェンディ。いいよいいよ。一緒に食べよう。人数が多いほうが楽しいからね」
「モーゲン、お前自分が一個しか食えなくなると思って心配してただろ」
ネルソンがモーゲンを肘でつつく。
「そ、そそそそんなことは」
「それならウェンディも行こうぜ。そんな顔してねえでさ」
「ありがとう、ネルソン」
ネルソンの言葉で、ウェンディが受け入れてもらえたことにほっとした顔をしていることにアルマークも気付く。
「無理に誘ったみたいで、ごめん」
アルマークは言った。
「でも、君と一緒に来られてよかった」
「ううん、私こそ」
ウェンディは微笑んだ。
「そういえば、今日はずっと私を誘おうとしてくれてたんでしょ? 途中でいろんな子に声をかけられちゃったけど」
「うん。そうなんだ」
アルマークは苦笑する。
「それでタイミングを逃してしまったんだ。でも、声をかけてくれるのは、僕をクラスの一員だと認めてくれているからだと思えば、それも嬉しいよ」
「とっくに認めてるわよ」
ウェンディは優しい声で言った。
「私たちみんな」
「じゃあ、そろそろ行きましょ」
ノリシュが手を叩いた。
「みんな、整理券あるわね?」
その言葉に全員が整理券を取り出す。
「あれえええっ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げたのは、ネルソンだった。
「ないぞ、俺の整理券!」
人目も気にせずローブの袖をひっくり返して大慌てするが、紙片は出てこない。
「ああ、やっぱり」
ノリシュは呆れたようにため息をつく。
「整理券に名前書いとけって言ったでしょ」
「う、うるせえ! どうしよう、レイドー。俺の整理券が」
「さっきのお店で財布を出した時かな」
レイドーも困った顔をする。
「それとも、道端で君が逆立ちをしたときかも」
「どうして逆立ちなんかするのよ」
ノリシュが天を仰ぐ。ネルソンはついに諦めて頭を抱えた。
「ああ、どうしよう。そんな。俺のクレープが」
「もういいよ。私の整理券で一個買えばいいじゃない。とにかく、行かないと買えなくなっちゃうよ」
ノリシュがそう言ったときだった。
「ネルソン」
狼狽しているネルソンの背後から、涼やかな声がした。
「君が探しているのは、これだろう」
振り返ったネルソンは、金髪のクラス委員が差し出している紙片を見て、神様に出会ったような顔をした。
「ウォリス!」
慌てて受け取った整理券に自分の名前が書かれているのを見て、ネルソンはそれを高く掲げる。
「ネルソンって書いてある! 間違いない! 俺のだ!」
「……本当に書いてたのね」
ノリシュが苦笑いしてウォリスに顔を向ける。
「ありがとう、ウォリス。どこで拾ったの?」
「この先の路地で、風に吹かれていたよ」
ウォリスはそう言うと、薄く微笑んで手を上げた。
「じゃあ、僕はこれで」
「待ってくれ、ウォリス」
整理券を握り締めたネルソンが、ウォリスに縋りついた。
「お前は恩人だ。お礼させてくれ。一緒にクレープを食べよう」
「いや、僕は別に」
「そう言わねえでさ! 俺の気持ちが済まねえ!」
「そうだよ、ウォリス」
アルマークも後ろから声をかける。
「君も食べていきなよ。まだきっと誰かの整理券で食べられる」
「いや、アルマーク」
ネルソンが首を振る。
「ここは俺が」
「ネルソン、君は店で買う時に、一つに絞れずに二つ買うことになると思うよ」
「いや、そんなことは」
そう言いかけて、ネルソンは覚束ない顔をした。
「……どうかな」
「ありそう」
ノリシュも頷く。
「確かにそうだね」
ピルマンが笑顔で言った。
「ウォリス、僕の整理券でもう一つ買えるんだ。僕も二つは食べられないから、君も一緒に行こう」
「おお、ピルマン。君がいたね」
「そうだよ、ウォリス。そうしなよ」
「一緒に食べようよ」
他のクラスメイト達から口々に誘われたウォリスは、穏やかな顔で彼らを見回し、それから最後にアルマークを見た。
その視線に、含むものがあった。
「分かった」
ウォリスは言った。
「そこまで言われたら、断る方がかえって失礼だな。一緒に行こう」
アルマークの予想は当たった。ネルソンは店先で盛大に迷った挙句、やはり二つのクレープを買った。
リルティも迷って選びきれず、結局二個買って一つはノリシュと半分こすることになった。
アルマークとウェンディ、レイドーとカラー、ピルマンとウォリスがそれぞれ一つずつ買い、最後にモーゲンがノリシュのひとつの枠をもらって、三個のクレープを買った。
「すげえ。クレープが歩いてるみてえだ」
三個の大きなクレープを持ってほくほくと歩くモーゲンを見て、ネルソンが素直な感想を漏らす。
みんながモーゲンに注目して笑い合っている中、不意にウォリスがアルマークに身体を寄せてきた。
「……影には追いついたようだな」
ウォリスは低い声でアルマークに言った。
「どうだった」
「ああ。もう一人の僕みたいな顔をしていたよ。学院に行こうとしていたみたいだった」
アルマークは答える。
「でも、僕にはこの約束があったからね。お帰り願ったよ」
「そうか」
ウォリスは頷く。
「それなら、いい」
「君は?」
「僕も追いついた」
ウォリスは言葉少なに答えた。
「軽食と言ったところだ」
「え?」
「着いた。ベンチだ」
アルマークがクラス委員を見たときには、彼はさっさとベンチに座ろうとしていた。
もっちりとしたクレープは、確かにおいしかった。アルマークたちはベンチに並んで座り、クレープを頬張った。
「これは、おいしいね」
そう呟いたモーゲンが真剣な顔で、僕は最低あと三回はここに来ることになるね、と言うのを聞いて、ネルソンとレイドーが顔を見合わせて笑う。
いつになく目を輝かせたリルティが無心でクレープを齧り、それをノリシュが優しく見守っている。
澄ました顔で食べるウォリスの隣で、カラーが一口ごとにおいしいと悲鳴を上げている。
ピルマンの横で、アルマークとウェンディは並んでクレープを齧った。
「おいしいね」
「うん。食感が違うのは分かるよ」
「また来ようね。次は別の味が食べたいな」
「そうだね。モーゲンがあと三回は来るらしいから」
アルマークは微笑んだ。
「そのときは、ちゃんと誘うよ」
「うん。私もそのときはちゃんと来るね」
そんなことを話しながら、アルマークは夕焼けに染まりつつある空を見上げた。
影の発した言葉が、まだ胸の奥に残っている。
それはこれからも時々顔を出しては、アルマークの心を刺す棘になるだろう。
けれど今は、ウェンディと食べるクレープの甘さがそれを溶かしてくれた。
アルマークは、彼にしては珍しくゆっくりとクレープを噛み締めた。
リハビリの閑話はここまでとなります。
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