【閑話】クレープ屋に行こう11
カラーの大きな声に、隣を歩いていたウェンディが驚いたように振り返る。
誘いを断られてしまったウェンディと顔を合わせるのは、少し気まずかったが、やむを得ない。アルマークは観念した。
「やあ」
アルマークは手を上げる。
「こんなところで会うなんて、偶然だね」
「偶然っていうか」
カラーはなおも大きな声で言った。
「アルマークでもこんなところに来ることがあるんだね、意外!」
「そ、そうかな」
アルマークはちらりと周囲を見回す。こんなところと言われても、ここがどこなのかまだ分かっていない。
「ところでここ、どこだい」
「え?」
カラーは訝し気にアルマークの顔を見てから、合点のいった顔をした。
「ああ、そういうこと」
笑いながらウェンディの肩を叩く。
「道に迷ってたのね。私はてっきり、一人でこっそり誰かのためのプレゼントでも買いに来たのかと」
そう言って、意味ありげにウェンディを見る。一方のウェンディは困った顔で、申し訳なさそうにアルマークを見た。
「声をかけてごめんなさい、アルマーク。もしも邪魔だったのなら」
「ああ、いや、別に」
おかしな誤解が生まれないうちに、アルマークは二人に歩み寄る。
「本当に迷ってたんだ。ええと、ここって」
「ここは青風通り」
カラーが答える。
「雑貨や小物を扱う店が並んでるから、女子がたくさん来るのよ。ほら」
カラーに周囲を示されて、それでようやくアルマークも気付いた。確かに歩いているのはほとんどが若い女性ばかりだ。学院のローブ姿もちらほらと見えるが、やはり女子生徒だ。
そうか。ここが青風通りか。
名前を聞いたことはあったが、アルマークはまだ足を踏み入れたことがなかった。
魔法具の店の立ち並ぶ角笛通りや、魔法や魔術師に関する書籍を扱う書店の集まる銀弓通り。それに、モーゲン行きつけの食堂街、さざ波通り。そういった場所とは、歩いている層が全く違う。
「なるほど」
ようやくアルマークは、カラーがなぜあんなことを言ったのか理解した。
「それでプレゼントか。ごめん、僕は本当に道に迷って、あの路地から出てきたところなんだ」
アルマークが、自分が出てきたばかりの狭い路地を指さすと、ウェンディとカラーは顔を見合わせて不思議そうな顔をした。
「あそこから?」
「うん」
「だって、あそこは確か」
カラーがすたすたと歩いていって、路地を覗き込む。
「……うん、やっぱり。アルマーク、こんなところで何をしてたの?」
「え?」
アルマークはカラーの後ろからその路地を覗いた。
狭い路地は、少し行った先でもう行き止まりになっていた。
「……あれ?」
そういえば、とアルマークは考える。
影を追っているときに、奇妙な感覚に襲われていた。どうやら空間を捻じ曲げるような力が働いていたようだ。
そのときちょうど、行き止まりの塀の上を一匹の猫が通りかかった。
「猫を」
アルマークがとっさにそう言うと、カラーは噴き出した。
「猫を追いかけて、塀を乗り越えてきたの? アルマークって、やることが突拍子もなさすぎない?」
カラーの笑い声に、白黒模様の猫はアルマークたちの方を胡乱な目で見てから、歩き去っていく。
「撫でさせてくれなくてね」
アルマークは言った。
カラーの誤解を利用させてもらうことにした。
自分の影と対峙していた、などと言うよりは、猫を追いかけていたと思われる方がよほどましだった。
「野良猫ってそんなもんだよ、アルマーク。北にはいないの? 今度、私が猫の人気者になれる近付き方を教えてあげる」
「ああ、頼むよ」
「アルマーク」
けらけらと笑うカラーの横から、ウェンディが遠慮がちに声をかけてきた。
「今日は、モーゲンたちとクレープを食べに行くんじゃなかったの?」
「うん、そうなんだけど」
アルマークはローブの袖を探って、整理券を取り出す。
「ほら。人気店だから、この整理券だけもらったんだ。みんな、今は街に散ってるよ。この時間に再集合っていうことで」
「あ、そうなんだ……」
「クレープ? 人気店?」
突然、目の色を変えたカラーが割って入ってきた。
「もしかして、新しくできたところ?」
「ああ、うん」
アルマークが頷くと、カラーは甲高い悲鳴を発した。思わずアルマークもウェンディも耳を押さえる。
「それ! ブレンズから聞いて、私も食べたかったのよ! 行きたい!」
「行きたいって、カラー」
ウェンディはますます困った顔をする。
「アルマークは整理券って言ったでしょ。今からじゃもう間に合わないよ」
「えー!」
「いや。実は、この整理券で一人二つまでクレープが買えるんだ」
「えっ」
「だから、もしよければ」
「そうする!」
カラーはアルマークに皆まで言わせなかった。
「ありがとう、アルマーク!」
「君の用事はもう済んだのかい」
「買うものは買ったわ」
鼻息荒く、カラーは答える。
「だから後は、クレープを食べるだけ。私の用事は、もうそれだけ」
「ええと、それじゃあ私は……」
ウェンディが遠慮がちに離れようとすると、カラーがその腕をがっしりと掴んだ。
「どこへ行くの、ウェンディ。あなたも一緒に行くのよ」
「でも、整理券で買えるのは二個までだって」
「大丈夫だよ、ウェンディ」
アルマークは言った。
「僕は要らないから、君とカラーで食べればいいよ」
「だめよ、そんなの。悪いわ」
「いや。僕は本当にいいんだ。どうせ味はそんなに分からないし。君に食べてもらった方が」
「だって私、あなたの誘いを断ったのにそんな図々しいこと」
「君が図々しいだなんて。そんなこと思ってないよ」
「二人とも、何をごちゃごちゃと言ってるのよ」
カラーが呆れたようにため息をついた。
「アルマークの整理券は、あなたたち二人で使えばいいでしょ。私がそんな野暮なことする女に見える?」
「え。でも」
「アルマーク。ほかのメンバーってあと誰がいるんだっけ?」
「ええと」
アルマークがクレープ屋のメンバーの名前を挙げると、カラーはふむふむと頷いた。
「なるほどね。まずモーゲンとネルソンは除外ね。あの子たちは絶対二つ食べる。意外とリルティも甘いものにかけては侮れないのよ。ノリシュは優しいからそれに付き合ってあげる可能性があるわ」
真剣な顔でそう言うと、にこりと微笑む。
「つまり、狙いはレイドーかピルマンね。行きましょう!」




