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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十五章

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【閑話】クレープ屋に行こう10

 

 目の前に、自分と瓜二つの顔。学院のローブも背丈も、アルマークと変わらない。

「一緒に行くだって?」

 アルマークは慎重に言葉を選んだ。

「どこへ行くつもりだい」

 もう一人のアルマークは、何を当たり前のことを、という顔で笑った。

「この格好を見れば分かるだろう」

「え?」

「僕らはノルク魔法学院の生徒じゃないか。行くところといったら、学院しかないだろう」

「僕は確かに学院の生徒だ」

 アルマークは言った。

「だけど、君はどうかな」

「君が生徒なら、僕だって生徒さ」

 もう一人のアルマークは、軽やかに笑った。

「そうだろ?」

 そう言うと、頭を覆っていたフードをばさりと下ろす。

 露わになったのは、アルマークと同じ髪型。同じ髪色。

 しかし、決定的な違いが一つだけあった。

「化けるのがあまりうまくないようだな、影の化け物」

 アルマークは言った。

「額に、おかしな紋章が残ったままだ」

 アルマークの相対する相手の額には、黒く奇妙な模様が小さく浮かび上がっていた。

「ああ、これか」

 もう一人のアルマークは自分の額に手をやって、微笑んだ。

「君にはこれが紋章に見えるか」

「違うのか」

「これは文字だよ。君はまだ勉強していないのかな」

 その言葉にアルマークは、それが確かに文字なのだということを思い出す。

 夏休みに乱読した図書館の本に、目の前のこれに近いものが載っていた。

 古代文字。

 遥か古代の偉大な魔術師たちが、高度な魔法を行使するために開発したとされるその文字は、現代ではそう呼ばれていた。

 しかし中等部で習うそれを、アルマークはまだ読むことができなかった。

 アルマークは視線を逸らすことなく、靴を動かして足元を確かめる。

 ぶよぶよとした奇怪な感触は消え、固い地面の感触が戻っていた。

「なんて書いてあるんだい」

 アルマークは言った。

「額に書くなんて、よほどいい意味を持つ字なんだろうね」

「行こう」

 アルマークの問いに、もう一人のアルマークは答えなかった。

「学院に、さ。時計を進めなきゃ」

「言っている意味が分からないな」

「分からなくたっていいよ」

 口元に皮肉な笑みを浮かべると、もう一人のアルマークは自分と同じ姿の少年に背を向ける。

「行けばいい。どうせ、行けば分かるんだから」

 そう言いながら、アルマークがついてくるのか確認する素振りすら見せずに歩き去っていく。その背中を見ていたアルマークの胸に、突然恐ろしいまでの不安が沸き起こった。

 このまま行かせてはいけない。

 それは野性の勘のようなものだった。

 こいつを学院に入れてはいけない。

 アルマークは、はっきりとそう思った。

 理由は分からない。ただそれは、こいつが邪悪な雰囲気を持っているから、とか、得体が知れないから、とか、そんな分かりやすい理由ではないことだけは確かだった。

「待て」

 だから、アルマークはそう叫んで背後から彼を羽交い絞めにした。

 全く同じ背丈のもう一人のアルマークのローブからは、乾いた埃っぽい臭いがした。

「何をするんだ」

 さして焦ってもいない口調で、もう一人のアルマークは言った。

「乱暴はよせよ。君を傷つけたくはない」

「行かせるわけにはいかない」

「一緒に行こうと言ってるじゃないか。心配なら君も来ればいい」

「だめだ」

 アルマークは自分の足を巧みに相手の足を絡ませて、地面に倒そうとした。

 しかしもう一人のアルマークはそれをするりとすり抜けた。

「いくら人恋しいからって、自分の影を抱きしめることはできない」

 驚いた表情のアルマークを見て、もう一人のアルマークは笑った。

「そうだろ? 影と対話をするのも、影を友とするのも自由だ。だけど、抱きしめることはできない。誰もが自分の影と別れることができないようにね」

 その時彼が浮かべたのは、本当のアルマークであれば決してすることのない、邪悪に歪んだ笑みだった。

 ウェンディやモーゲンならたちまちそれに気付いただろう。けれど自分の顔というのは、自分ではよく分からないものだ。アルマークは、僕はこんな卑しい顔をするのか、と客観的な感想を抱いただけだった。

「君が僕の影だって?」

 アルマークは言った。

「それならますます、君を行かせるわけにはいかない。だって、本体と離れて一人で勝手に歩く影なんて存在するはずがないんだから」

「ははは」

 もう一人のアルマークは笑った。

「確かにね。君は賢い」

 そう言うと、笑みを浮かべたまま続ける。

「でも、僕は特別な影でね。そんなことができるんだ」

「そもそも、君は僕じゃない」

 アルマークは言った。

「僕の振りをした何かだ」

「違うな」

 もう一人のアルマークは余裕綽々だった。

「僕は君さ。そうである証拠に、質問してみたまえ。僕は君の知っていることなら何でも答えてあげるよ」

「何でも?」

「ああ。何でも」

 もう一人のアルマークは両腕を広げた。

「北のことでも、旅のことでも、学院のことでも。何でも聞くといい。黒狼騎兵団での君の戦いぶりはどうだったのか。南へと発つ別れの際に、デラクは君に何と言ってくれたのか。旅の途中で立ち寄った集落で、君が戦った二つ名持ちの傭兵は誰か。メノーバー海峡を渡るために、君がどんな苦労をしたのか。何だっていい」

 アルマークは答えなかった。

「中原で旅芸人の一座に加わった時のこと? 南で雪を見たときのこと? それとも学院に着いてからのことにしようか。衛士のジードさんに君が何と言われたのか。ウェンディやモーゲン、ネルソンたちとどんな話をしたのか。イルミス先生にどんなことを教えてもらったのか。ああ、それとも」

 もう一人のアルマークの目が嗜虐的に歪む。

「ミレトスの冬の屋敷で、ウェンディがギザルテたちの死体を前に何と言ったのか」

 アルマークの表情が強張るのを見て、同じ顔をした少年が愉快そうに笑う。

「あれは堪えたよな、アルマーク。打ちのめされたよな。そうだろ?」

「……」

「さあ、僕に聞いてくれよアルマーク! 何だっていい。どんなことも、君以上に君らしく答えてあげるから」

 そこまで言ったとき、もう一人のアルマークは気づいた。目の前のアルマークの姿がぼやけかけていることに。

「……え?」

 目を見張ったその表情はやはり自分そっくりだったが、アルマークは動じなかった。

「お前とくだらない問答をするつもりはない」

 アルマークは言った。

 その姿が、ますます薄れていく。

「影、と言ったね。確かに影だ。なまじ、目で見ているからそれに頼ってしまう。僕と同じ姿をしているから、僕が喋っているようにも錯覚してしまう」

「……霧」

 白くかすれ、ほとんど姿の見えなくなったもう一人のアルマークが呻く。

「霧の魔法、か。習ったばかりの」

「ああ、そうだよ。……やっぱりだ」

 アルマークは微笑んだ。

「こうして霧の中に立ってみれば、お前は確かにただの影だ。日が差せば、誰の下にでもできる黒い影。僕の形をまねただけの影法師」

 自信に満ちたアルマークの言葉に、霧の向こうで影が身をよじった。

「訊け、僕に」

 もはやほとんど見えなくなったそれは叫んだ。

「君のことを何でも答えてやる。訊いてみろ」

「訊かない」

 アルマークは答えた。

「自分のことを影に尋ねる必要はない」

 アルマークの霧が、完全に辺りを包みこんだ。目の前の相手は、もう影すらも見えなかった。

「僕は僕だ。お前じゃない」

 アルマークは言った。見えはしないが、目の前の何かの圧が消えた感覚があった。

「友達と約束があるからね。もう行くよ」

 アルマークが、自分の作った霧を一気に吹き飛ばす。

 その途端、周囲を午後の穏やかな日差しが包んだ。

 人気のない路地に、アルマークは一人立っていた。

 アルマークの目の前の地面に、黒い染みのようなものが一滴垂れていたが、それも土にしみ込むようにして消えた。

 ……さて。

 アルマークは周囲を見回す。

 ここはどこだろう。

 一本隣の通りに出ると、たくさんの人が行き来していた。ちょうどそこを、見慣れた二人連れが歩いていた。

「あー!」

 先に大きな声を出したのはウェンディではなく、そのルームメイトだった。

「アルマークだ! こんなところで一人で何してるの!?」




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― 新着の感想 ―
乾いた埃っぽい臭い。ウォリスの闇の臭いだ。ウォリスの方は何にも出会わなかったのかそれとも...
カラーキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! よし、やはり平和な日常回だった(錯乱) 次はアルマークとカラーの回になるのかな? ワクワクしながら待ってます。
覚えた魔法を果断で使用しての謎解きのような鮮やかな解決 読んでて気持ちがいいです
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