奸計
「アルマーク!」
バイヤーが黄色に輝く石を掲げながら駆け寄ってくる。
「取ってきたよ。モーゲンはどうしたんだい」
「モーゲンは後から戻ってくるよ」
そう言って、アルマークは黄色の石を受け取った。
「ありがとう、バイヤー」
「僕は大したことはやってないよ」
バイヤーは肩をすくめる。
「セラハとキュリメのおかげさ」
それを聞いて、ノリシュたちと話していたセラハが二人の方に顔を向けた。
「そんなことないわよ。バイヤーが本当に頑張ってくれたの。ね、キュリメ」
「ええ」
キュリメも頷く。
「頼もしかった」
「うん、そうだろうね」
アルマークは微笑んだ。
「バイヤーが、頑張らないわけがないからね」
その言葉に、バイヤーは照れたように頭を掻く。
「腕輪に優しく嵌めてやってくれよ。その石、僕らの友達だからさ」
バイヤーの言葉に首を傾げながら、アルマークが黄色い石を腕輪に嵌め終えたところに、長身のコルエンがやって来た。
「ほらよ、アルマーク。青の石だ」
「ありがとう、コルエン」
アルマークはコルエンが投げてよこした青い石を両手で受け取る。
「キリーブたちと話しているのが聞こえたよ。大変だったみたいだね」
「ああ、まあ俺は楽しいばっかりだったけどよ」
コルエンは笑って、三組の生徒たちと話しているポロイスとキリーブを振り返る。
「あの二人は色々と……でも、まあいい経験になったんじゃねえかな」
屈託ないコルエンの笑顔に、アルマークは救われたような申し訳ないような気持ちになる。
ある程度の事情を話していた二組のクラスメイトたちやアインとは違い、三組の生徒たちにとっては、こんなことに巻き込まれる覚悟はこれっぽっちだってなかったはずだからだ。
それなのにコルエンはもちろん、ポロイスもキリーブも、おそらくは命懸けの戦いを制してきたはずなのに、アルマークに一言の恨み言もこぼさなかった。
そんなアルマークの表情を見たコルエンは、にやりと笑って高い背を屈め、アルマークに顔を近付けた。
「まさか、今のこの事態が自分のせいだなんて思ってるんじゃねえだろうな。アルマーク」
「え?」
「勘違いするなよ、悪いのは全部あのライヌルとかいうおっさんだ。お前のすることは責任を感じることなんかじゃねえぞ」
そう言いながらコルエンは自分の拳を手のひらに打ち当てた。ぱん、と乾いた音が響く。
「あのおっさんを思いっきりぶん殴ってやることだ。そうだろ?」
「ああ。そうだね」
アルマークが頷くと、コルエンは顔を離してその肩を叩いた。
「ウェンディもそう思ってると思うぜ」
「うん」
アルマークは腕輪に青く輝く宝玉を嵌め込む。残るはあと一つ。
「あとは金の石だね」
アルマークは立ち上がった。
「それじゃあ僕が迎えに行ってくるよ」
「本当に行くの?」
カラーが目を丸くする。
「ここにいた方がいいわよ」
「でも、あと一つでウェンディが目を覚ますから」
アルマークは八つの宝玉の嵌った腕輪と、アルマークにも分かるほどに赤みを取り戻したウェンディの頬とを見た。
「じっとしていられないんだ」
「そう言われると、止めづらいけど」
カラーは困った顔をする。
「でも、行き違いになったりしたら危ないわよ」
「うん、そうだね」
アルマークは頷くが、それでも決めたことを翻すつもりはなかった。
「気を付けるよ」
「ねえ、ウォリス」
カラーが手を上げて二組のクラス委員を呼んだ。
「アルマークが」
他の生徒たちに囲まれていたウォリスはカラーを振り返り、それからアルマークを一瞥した。それだけでカラーの言わんとすることを理解したように首を振り、アルマークに歩み寄る。
「なんだ、もう居ても立ってもいられないという顔をしているな」
「あと一つなんだ」
アルマークは言った。
「ロズフィリアたちを迎えに行ってくるよ」
「ルクスが後から応援で行ったんだ」
ウォリスは言った。
「取りこぼすことはない。大人しく待っていろ」
「でも」
「待つことも重要な役目だぞ」
ウォリスは横たわるウェンディを顎でしゃくってみせる。
「ウェンディは待った。僕たちそれぞれが石を持ち帰ってくるのをな。君にはそれができないのか」
ウェンディの名前を出されると、アルマークにはもう返す言葉がなかった。
結局、ルクスたちが帰ってくるまで、アルマークはウェンディの隣でじっと待った。
今までの人生で一番長いのではないかと思うほどの時間だった。
だが実際には、コルエンたちの帰還からほどなくしてルクス、ロズフィリア、エストンの三人が帰ってきた。
待ち望んでいた顔で出迎えたアルマークに金色に輝く石を手渡しながら、ルクスは声を潜めた。
「金の魔術師が気になることを言っていたぜ。石を腕輪に全部戻しても、ウェンディが目覚めるかどうかは分からないって」
「そうか」
アルマークは小さく頷く。
ライヌルが、そう素直にウェンディの魂を解放するとはアルマークも思ってはいなかった。だが、今はイルミスがライヌルを抑えてくれているはずだ。約束を違えることがあれば、イルミスと協力してライヌルを追及することができる。
「とにかく、嵌めてみるよ」
アルマークは一度深呼吸をし、それから金の石をそっと腕輪にあてがう。
いつの間にか、魔影迎撃の担当になっていない生徒たちが皆集まってきていた。
「これで全部か」
「ウェンディが目を覚ますってよ」
口々に言って、アルマークの手元を覗き込む。
アルマークが金の石を押し込むと、腕輪が鈍い光を放った。
九つの石は全て輝きを失い、代わりに台座である腕輪それ自体が輝きを放つ。
光はすぐに収まった。
だが、アルマークには確信があった。ウェンディの腕から腕輪をそっと抜く。何の抵抗もなく、腕輪はするりと抜けた。
「抜けた!」
ネルソンが歓声を上げる。
「やったぜ!」
周囲の生徒たちからも、拍手や歓声が起こる。
そしてその大騒ぎの中、ウェンディがゆっくりと目を開けた。
「ウェンディ」
アルマークが呼びかける。
「大丈夫か、ウェンディ」
その様子を見て、エストンが舌打ちをする。
だがウェンディは答えなかった。
何も言わず、すっくと立ちあがる。その人形のような動きに、違和感があった。
「……ウェンディ?」
アルマークは立ち上がり、ウェンディの肩を掴んだ。その瞳はアルマークに向けられているが、何も映してはいないように見えた。
自分たちが何かとんでもない間違いを犯してしまったのではないかという予感に、アルマークの背筋は凍った。
「どういうことだ」
「ウェンディがおかしいぞ」
ぼうっと立ったままのウェンディに、周囲の生徒たちもざわめき始める。カラーやノリシュが呼びかけるが、ウェンディはそれにも反応を示さなかった。
「やあ、生徒諸君」
不意に彼らの背後で、余裕綽々の声がした。
振り返る生徒たちの前に、灰色のローブの魔術師が姿を現す。何人かの生徒が悲鳴を上げて飛び退くが、ウォリスは冷静だった。
「あれは幻だ」
そう言って、頭上に広がる巨木を指差す。
「実体はこの樹の上にいる」
「よく見ているね、クラス委員のウォリス君」
揶揄するように言ってから、ライヌルは生徒たちに微笑みかけた。
「ご苦労様、さすがはノルク魔法学院の生徒諸君だ。ふた組くらいは失敗するだろうと思っていたのだが、見事に全員がやり遂げたね」
「どういうことだ」
低い声。
ライヌルは声の主に視線を向ける。
「アルマーク君」
ライヌルは笑顔で言った。
「どうしたんだい、そんな怖い顔をして」
「ウェンディに、今度は何をした」
「ちゃんと目を覚ましただろ?」
ライヌルは芝居がかった仕草で両手を広げる。
「私は嘘は言っていないよ」
「ウェンディがいない」
アルマークは言った。
「ウェンディをどこへやったんだ」
「いるじゃないか、そこに」
ライヌルはアルマークの隣にぼんやりと立つウェンディを指差す。
「それが君の大事なウェンディお嬢様だろう」
「ウェンディはいない」
アルマークはもう一度言った。
「どこに隠した」
その揺るぎない瞳に見据えられ、ライヌルは肩をすくめた。
「やれやれ。君たちの絆、とでも言うのかな。子供とはいえ、ばかにはできないね。いや、子供だからこそというべきかな……?」
そう言いながら、ライヌルは小さな壜を取り出した。
壜の表面に何かの塗料で描かれた乱雑で不吉な紋様に、アルマークの不安は高まる。
「仕方ない、白状しよう。君たちが九つの石を集め直してくれたおかげで、魂をしっかりと分離できたんだ」
そう言って、ライヌルは壜を振ってみせた。
「ウェンディお嬢様はね、“門”の少女にしておくには賢すぎる。心が強すぎる。私が用があるのは“門”たるお嬢様の身体だけなのでね、そんな扱いづらい魂は要らないのさ」
要らないだって。
ウェンディを、要らないだと。
アルマークは全身の血が逆流するのを感じた。一瞬で全ての血の気が引いて、そして濁流のようになって戻ってくる感覚。
「この壜は私が長年の研究で作り出した特別製なんだ。お嬢様の魂はここに入れたよ」
ライヌルは壜を振りながら、憐れむように生徒たちを見た。
「君たちが石を集めてくれたおかげだ。腕輪に一度吸わせた魂を解放することで、肉体と魂の分離ができた。普通の人間が相手ならこんな手を使うまでもないんだが、ウェンディお嬢様の場合はなにせ特別だからね」
「貴様」
怒りが限界を超えた。アルマークはマルスの杖を引っ掴むと、激情のままにライヌルに飛びかかる。だが、その一撃は虚しく空を切った。
「何をしているんだい、アルマーク君」
ライヌルは楽しそうに笑う。
「そこのクラス委員殿が、これは幻影だと教えてくれたじゃないか」
「きたねえぞ!」
ネルソンが叫んだ。
「俺たちを騙しやがったな!」
「騙すだって?」
ライヌルはネルソンに目を向ける。
「当たり前だろう。私は闇の魔術師。目的のためなら、嘘くらいはつくさ」
それから、ライヌルはまた壜をこれ見よがしに振った。
「お嬢様の魂を取り戻したいかね、アルマーク君」
ライヌルの目が、もはや凄まじい殺気を隠そうともしないアルマークに向けられる。
「それならば、そこのウェンディお嬢様を連れて、君一人で階段を上ってきたまえ。樹上庭園で会おうじゃないか。お嬢様の魂は、君が今振り回しているその杖と交換だ」




