名
「認めよう、汝らの勝ちと」
グウィントはそう言うと、ゆっくりと円の外に出てきた。
「最後の突きには、英雄の風格があった」
グウィントはそう言って、自分の胸に手を当てた。
「そうでなければ、我の身体を押し出すことなどできぬ」
「英雄?」
ルクスは顔をしかめて首を振る。
「俺には一番似合わねえ言葉だな」
「己の力には、自覚的であれ」
グウィントは言った。
「魔術師ならば、なおさらだ」
そう言うと、もうその話は終わりだと言わんばかりに、怪訝そうな顔のルクスの背後を指差した。
「仲間を迎えてやれ」
「え?」
ルクスは振り返る
「やったわね、ルクス」
ロズフィリアの弾んだ声。ロズフィリアはまだ足をふらつかせながらも、エストンに支えられて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「さすが私の魔術師」
「大丈夫か、二人とも」
ルクスは呼びかけた。
「エストン、怪我の具合はどうだ」
その言葉にエストンが顔をしかめる。
「君は本当に、余計な気を回し過ぎるな」
「あ?」
「こういう時に、僕の心配などいいんだ。こういう時は」
そう言って、自分が支えるロズフィリアの肩を得意げに叩く。
「ロズフィリアの心配だけでいいんだ。僕のことなど放っておけ」
さっきはロズフィリアの言葉を遮ったくせに、エストンは自分の気配りに酔ったように続ける。
「ロズフィリアが君に、私の魔術師、と言ったじゃないか。だったら君も、俺のロズフィリア、とでも呼び返してやればいいんだ。不本意だが、今回は僕がフォローに回ってやるから」
そう言って、エストンはロズフィリアを見た。
「なあ、ロズフィリぐわ」
エストンの脇腹で電流が弾け、エストンは悲鳴を上げた。
「痛いな、何をするんだ」
「私、僕は女心が分かってる、みたいな顔をする男が一番嫌いなのよ」
ロズフィリアは涼しい顔で言った。
「私はルクスにそんなことが言ってほしいわけじゃないの」
「じゃあいったい何を言ってほしいんだ。まさか」
むっとした顔でエストンがなおも言いかけると、その脇腹で再度電流が弾けた。
「痛いな!」
「もう。あんまり魔力を使わせないでよ、空っぽなんだから」
ロズフィリアはエストンを軽く睨む。
「あなたはちょっと黙っていて」
「僕が貴族でなかったら、この場で君を放り出してるぞ」
エストンは不満げに言ったが、それでもロズフィリアを支えたままルクスの元までやって来た。
「ルクス」
飛びついてきたロズフィリアを、ルクスは後ろによろけながらも抱きとめた。
「おう」
ロズフィリアの背中を叩いて微笑む。
「無事でよかった」
「うん」
「君こそ、怪我は大丈夫か」
エストンに言われ、ルクスは額の傷に手をやった。
「ああ。この程度、なんてことねえよ」
「ならいいが。僕もじっくりと治癒術をかけてやれるほどの魔力は残っていないからな」
「最初から期待してねえよ」
「ルクス」
二人の会話にグウィントが口を挟んだ。
「汝の力は素晴らしかったが、我の身体に触れられるとも思ってはいなかった」
「ああ。そうだろうな」
ルクスはロズフィリアを支えたまま、グウィントに向き直る。
「俺だって諦めかけた」
「だが、そこで仲間の適切な援護があった」
グウィントは言った。
「汝の仲間には分かっていたのだ。汝がいつどんな助力を必要としていたのか」
「そうなのかな」
ルクスは曖昧な表情でエストンの顔を見る。エストンは何も答えず、肩をすくめた。
ロズフィリアはにこにこと笑いながら、二人の会話を聞いている。
「我は、兄弟たちの援護などしたことはないし、その逆も然り。援護を受けたいと思ったこともない」
グウィントはその整った顔に微かに笑みを浮かべる。
「先ほども言ったが、集団の誇りを背負って胸を張ること。見極め、選び取ること。それが九色の筆頭としての我の役目だからだ」
「俺には、無理だ」
ルクスは認めた。
「俺には胸を張ることなんてできねえよ。選び取ることもできねえ。人を切り捨てるくらいなら、自分がその分やればいいと思っちまう。結局、向いてねえんだ」
「人の気持ちを慮りすぎる」
グウィントは静かな表情で首を振る。
「それでは、長くは続かぬ。己が全てを抱え込もうとすれば、いずれは折れる」
「ああ」
ルクスは頷いた。
「折れかけてたな」
「一人だったらの話でしょ」
黙って聞いていたロズフィリアが口を挟んだ。
「そういう時は、仲間を頼ればいいんだもの」
「そうだな」
エストンも頷く。
「僕は、クラス委員なんてまっぴらごめんだが、君が苦労していることは分かる。だから、君に割り振られれば文句は」
そこまで言って、エストンは少し考えた。
「まあ、あまり言わないようにはする」
「なんだよ、それ」
ルクスは苦笑する。
「別にいいけどよ」
「汝に向いているのは、我とは違う率い方のようだ」
グウィントが言った。
「だから我にはその是非は語れぬ」
そう言うと、グウィントはルクスの肩を叩いた。
「己の道を進むがいい」
その力の強さに、思わずルクスはよろける。
「人の命は、汝が思っている以上に短いぞ」
グウィントの姿が、徐々に霞み始めた。
「ああ」
ルクスは笑顔で頷く。
「ありがとよ、グウィント。色々と教えてくれて」
「それを実践せよ」
グウィントは言った。
「教わった気になっているうちはまだ遠い。実践し、修正し、己のものとせよ」
金の魔術師の身体は、その足元から金の鱗粉のように変わって風に舞っていく。
それを見て、エストンが声を上げた。
「やはり、僕も名乗っておこう。聞け、金のグウィント。我が名は」
「聞かぬ」
グウィントはエストンの言葉を冷たく遮った。
「時機を失すれば名乗れるものも名乗れぬ。名を惜しむことと相手を見くびることは別と心得よ、エストン」
「僕の名を」
「ルクスが叫んでいたからな」
グウィントはにやりと笑う。
「名など、その程度のものでもある。筆頭やクラス委員などという名も、もしかしたらそうなのかもしれぬ」
その言葉に、ルクスは苦笑いとともに頷く。
「そうかもな」
「ねえ、最後に教えて。金のグウィント」
ロズフィリアが言った。
「あなたたち九つの宝玉を揃えて腕輪に戻せば、ウェンディの命は助かるのよね」
「さて」
グウィントは表情を改めた。
「それは我らの与り知らぬところ。汝らが、仲間を救うために我らの宝玉を必要としているとは聞いているが」
「あんたたちの宝玉を全部戻せば、ウェンディは目覚めるって聞いてるんだ」
ルクスも言った。
「そうなんだろ」
「そうでなければ困る」
エストンも言った。
「そのためにこんなところまで来てお前と戦ったんだぞ」
「此度の主に、汝らが何と言われたのかは知らぬが」
グウィントの姿はもはや完全に消えかけていた。
「主の目的は、その少女そのものではないのか。それを簡単に手放すとも思えぬが」
その言葉に、ルクスとロズフィリアは顔を見合わせる。
最後の金粉が風に消え、後には黄金色に輝く宝玉だけが残った。
九色の兄弟石の腕輪との戦いは、これで完了となります。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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