届け
ルクスが杖を掲げると、宙に浮き上がった四つの大きな光球が、また無数に分裂していく。
今度は、先ほどよりもさらに小さく、細かく。
光球が再び自分の周囲を埋め尽くすと、グウィントはやや鼻白んだ顔をした。
「またそれか」
そう言って、金色のローブをばさりと揺らす。
「同じ手は食わぬ。この方法は、先ほど試したであろう」
「同じ手を使うつもりはねえよ」
今度は姿を消すこともなく、ルクスは言った。
グウィントの目の前。じわじわと距離を詰め、一息で飛びかかれる距離にルクスは立っていた。
「まあ、もう少し付き合ってくれよ」
「ふん」
グウィントはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「言ったはずだぞ。あまりにやれぬ時は、その命を奪うと」
「ああ。聞いてたよ」
ルクスは、腰を落とした。
「その判断はあんたが好きにしてくれ」
次の瞬間、グウィントの目の前を光の粒が覆いつくした。
全ての光球がグウィント目がけて殺到したのだ。
「むっ」
さすがのグウィントも、眩しそうに目を細めた。
光の粒と言ってもいいような小さな無数の光球が、途中でぶつかることもなくグウィントの身体に降り注いでいく。
あまりに小さい爆ぜ玉のため、その爆発には全く威力がなく、防ぐまでもなかった。
だが、途切れることなく身体に降り注ぐ光球は、目の前で何度も火花が飛び散るような鬱陶しさを持っていた。
グウィントの全身に、まるで雨が降りつけるかのようにくまなく光球がぶつかっていく。
「煙幕代わりの次は、光で直接の目つぶしといったところか」
グウィントは顔をしかめた。
「効きはせぬが、実に邪魔だな」
グウィントが両手を突き出して光球を防ごうとしたその瞬間だった。
それを狙っていたかのように、ルクスが思い切り踏み込んだ。
これで、決める。
強い決意を込めた一歩だった。
グウィントは思い違いをしていた。
前回、爆ぜ玉をグウィントの周囲で爆発させたのは、自分の気配を隠すためだった。だからルクスは最初から姿消しの術を使って身を隠していた。
だが、今度は違う。
爆ぜ玉を直接その身体にぶつけているのは、相手の動きをけん制するためだった。
両手を突き出したグウィントは、ルクスの動きにとっさに反応しきれなかった。
さっきあれだけの痛撃を受けたというのに、それでもなお真正面から突っ込んでくるとはさすがのグウィントも思わなかったのだ。
自らも光球のシャワーを浴びながら、ルクスが杖を振るう。
当たれ。
だが、やはり不意を突かれてもグウィントの体術は圧倒的だった。
不完全な体勢ながらも、無理やりに身体を捻るようにしてそれをかわした。
まだだ。
瞬時にルクスは集中力を高めた。
全ての光球と自分とが、見えない糸で結ばれているイメージ。
その細い糸に、自分の意志を乗せる。
俺の思う通りに動け。
強い意志で、魔力を制御する。
グウィントの身体をまるで押し倒すかのように、小さな光球が波打って降り注いだ。
「ちっ」
グウィントらしくない微かなよろめき。
そこにルクスが飛びかかった。
だが体勢を崩したはずのグウィントが、片足で姿勢を保ったまま、ぐるりと身体を回す。
ルクスの手はほとんどグウィントの身体に触れそうだったが、わずかに届かなかった。
それと交錯するかのようにグウィントが左手一本で撃ち込んだ気弾の術が、ルクスを吹き飛ばした。かに見えたが、ルクスは一歩後退しただけでそれに耐えた。
「不可視の盾」
グウィントはルクスの手の中にあるその薄い膜に目を見張る。
これだけの魔法を制御しながら、なおも別の魔法も使うのか。
消えかけた円の中で、グウィントの身体はまだ不安定な体勢にあった。
あと一押し。
ルクスは右手を高く掲げた。
さながら流星群のように、空中に残った光の粒が降り注ぐ。
グウィントの体勢が整ってしまえば、勝ち目はない。後はもう何をしたところで、この男の不意を突くことなど、二度とできはしないだろう。
だからこそ、今。
ルクスはグウィント目がけて稲光の術を撃ち込んだ。
俺の持つ力を全部注ぎ込んで、道を切り開く。
金色のローブの上を這った電流にどこまで効果があったかは不明だが、ルクスはそれを信じてもう一度躍りかかった。
その突撃を援護するように、残った最後の光球群がグウィントの身体を叩く。
ルクスは渾身の力を込めて、杖を突き出した。
「届け!」
グウィントの身体に。
目指す先に。
次の瞬間、杖はルクスの頭上高くに跳ね上がった。
空っぽの手に残る、鋭い痛みと痺れ。
グウィントは長い脚を折りたたむようにして、真下から杖を蹴り上げていた。
「ああっ」
回転しながら頭上へと舞った杖を、ルクスは呆然と見た。
もうその時には、グウィントは体勢を整えていた。
その手に光が宿るのが、ルクスにも分かった。
届かなかった。
全部注ぎ込んだはずなのに。
もはや、よけようがなかった。
歯を食いしばったルクスの脇を、背後から飛来した何かがかすめた。
それがそのままグウィントに炸裂する。
「なにっ」
爆発。
「ぐっ」
グウィントが顔を背けた。
グウィントがまともに魔法を受けるのは、初めてだった。
「諦めるな、ルクス!」
聞き慣れた声。
とっさに振り返ったルクスの目に、見慣れた巨体が飛び込んできた。
茂みから立ち上がったエストン。
この尊大な大貴族の息子の姿が、これほどに頼もしく映ったことはなかった。
「いけ!」
エストンが叫んで杖を振るった。彼らしい大きな光球がまた飛んでくる。
それとともに、上空に舞ったはずの杖がまるで意志ある生き物のようにルクスの手元に戻ってきた。誰が杖を飛ばしてくれたのか、ルクスには確認しなくても分かった。
すまねえ、ロズフィリア。
彼女の魔力に後押しされるように、ルクスはその杖を思い切り突き出した。
どん、という鈍い感触。
胸を突かれたグウィントは大きくよろめいて、一歩後ろに下がった。
激しい攻防のせいで、すでに地面に描かれた円は消えかけていたが、グウィントの脚がそこから出たのは明らかだった。
「……触った」
ルクスの言葉に、グウィントは無言で彼の顔を見返した。
意外なものを見た、という表情をしていた。
「一人で戦うのではなかったか」
グウィントは訝しげに言った。
「あの二人と密かに打ち合わせをしていたのか。我の目には、そうは見えなかったが」
「ああ」
ルクスは苦笑する。
「俺も一人でやるつもりだった。だけど」
結局、力が及ばなかったんだ。だから、助けられた。
そう言おうとした時だった。
「私たちのクラス委員を舐めないでよね」
ルクスの背後から、ロズフィリアが弾んだ声をあげた。
「手助けするなって言われたって、必要があれば助けるの。ルクスがいつだって、そうしてきたみたいに」
「ロズフィリア」
ルクスは振り返って、照れくさそうに微笑んだ。
「俺、結局お前に助けられちまった。かっこつかねえなあ」
「何言ってるの」
ロズフィリアは潤んだ目でルクスを見返す。
「すごくかっこよかった。あなたのあんな姿を見られて、私」
「そうだぞ、ルクス」
ロズフィリアの言葉は、腕組みをしたエストンに遮られた。
「素直に僕らに援護を頼めばいいじゃないか。君の頼みを断る人間など、3組にはいないんだ」
「いや、俺は」
そう言いかけて、ルクスは苦笑した。
1組とも2組とも違う、3組の形。そんなものが、一瞬見えたような気がした。
首を振って、グウィントに顔を向ける。
「まあいいや。グウィント、見ただろ。あんたの身体に触ったぜ」
「うむ」
グウィントは頷いた。
「汝の杖は、確かに我の身体に届いた」
届いた。
その言葉にルクスは、はっとする。
「認めよう。汝ら三人の勝ちだ」
グウィントは微笑んだ。




