筆頭
再び、ルクスがただ一人でグウィントと向かい合うと、金の石の魔術師は微かに眉をひそめた。
「汝の力は、我に通用しなかった」
グウィントは言った。
「それでも、仲間の力は借りぬのか」
「いや。借りたいのは、やまやまなんだけどよ」
ルクスは頭を掻く。
「あんたもさっき見たんだろ。ロズフィリアの魔法を」
「見た」
グウィントは答える。
「あの少女は、繊細な良き魔法を使う。心も強い」
「な」
ルクスは笑顔で頷いた。
「だから、あいつが隣にいてくれりゃ、百人力なんだけどさ」
「ならば呼ぶがいい」
そう言って、グウィントは腕を組んだ。
「その程度の時間を待てない私ではない」
「ありがとよ」
ルクスは人懐っこい笑顔のままで答える。
「でも、やっぱりいいわ。俺一人でやる」
その言葉にグウィントはぴくりと片眉を上げた。
「ロズフィリアの疲労を心配しているのか。それならば、多少は待ってもよい」
「いや、そういうことじゃねえんだ」
ルクスは首を振り、それから感心したようにグウィントを見る。
「でもさすが、石の魔術師の筆頭だな。そんなに待ってくれるのかよ。懐が深いぜ」
「この程度の余裕に、筆頭であることとの関係などないが」
グウィントは肩をすくめた。
「汝とて全力も出せずに死ぬのは本意ではあるまい。全力で挑み、それでも届かなかった。そうであってこそ、悔いなく死ねるというものではないか」
「いや」
ルクスは苦笑いする。
「死ぬんなら、どっちみち悔いは残るんじゃねえのかな」
「そういうものか」
グウィントはつまらなさそうに言った。
「ならばそうなのかもしれぬ。定命の者の感覚は、我には備わっておらぬのでな」
「あんたたちは、死ぬのは怖くないってことか」
「そもそも、我らには死という概念がない」
グウィントは答える。
「近い概念があるとすれば、消滅、ということになろうか。しかし、同じではない。生命ある者は皆、死を恐れるが、我らは消滅を恐れぬ。己に備わった力を十全に発揮し、それでも及ばぬと分かれば、その存在が消滅することに異議ある者は我が兄弟には一人もおらぬ」
「本当かよ」
人とは全く異なるその感覚に、ルクスは目を見張る。
「じゃあ怖いもんなしで、いつでも全力勝負できるんだな。羨ましいぜ」
「怖いものなしかどうかは分からぬが、強いて言えば、我らが恐れるのは退屈だ」
グウィントは言った。
「誰からも忘れ去られ、この力を行使することもなく、悠久の時を無為に過ごすこと。その方がよほど恐ろしい」
そう言って、組んでいた腕を解いて空を見上げる。
「我らには、自ら望んで消滅する権利は与えられておらぬゆえ」
微かに眉を寄せたその表情に、ルクスは遥か古の時代から今日まで長い時を越えてきた不可思議な存在の、人間とは違う悲しみのようなものを感じ取った。
「俺たちとは違うところで、あんたたちも大変なんだな」
ルクスは言った。
「羨ましいなんて言って、悪かったな」
その言葉に、グウィントは一瞬虚を突かれたような顔をして、それから低く笑った。
「ああ、分かったぞ」
グウィントの言葉に、今度はルクスが訝し気な顔をする。
「何が」
「汝が筆頭として自信がない、その理由が分かったのだ。そして、ロズフィリアを己の隣に立たせたくない理由もな」
「あんた、占い師かよ」
ルクスは顔をしかめた。
「なんでそんなことが、すぐに分かるんだよ」
「伊達に、八人もの癖の強い兄弟どもを束ねてはおらぬ」
グウィントはそう言うと、右手の人差し指でまっすぐにルクスの胸を指差した。
「ルクス。原因は汝のその心根だ」
「あ?」
ルクスはますます顔をしかめる。
「何が」
「汝は、他人の心を慮りすぎる」
「俺が、他人の心を?」
「そうだ」
グウィントは呆れたようにため息をついて、腰に手を当てる。
「ああ、容易に想像がつくぞ。汝が、好き勝手なことを言い合う集団の中心に立って、あちらの意見、こちらの意見に律儀に耳を傾けながら右往左往する様がな」
ルクスは、ぐ、と唸った。
図星だった。
グウィントの言葉は、端的にルクスの苦悩を言い当てていた。
三年三組で何かを決めることになれば、いつもそういった光景が繰り広げられてきた。
いや、三年三組だけではない。一年生の時も、二年生の時も、ルクスがクラス委員を務めたクラスではいつもそうだった。
皆の意見を集約しようと、彼らの話を聞けば聞くほどに、結論から遠ざかっていく。そして時間だけが過ぎていく。
今年の魔術祭の劇などは、まさにその最たるものだった。
ロズフィリアが強引すぎる手腕でまとめ上げてくれなければ、劇を上演すらできずに空中分解していた可能性さえあった。
「そ、それは」
「いいか」
狼狽するルクスに構わず、グウィントは言った。
「上に立つ者の不要な優しさは、時にその集団全体を不幸にする」
そう言って、その長身からルクスを見下ろす。
「上に立つ者がやるべきは、選別し、判断することだ」
「選別し、判断……」
ルクスがその言葉を繰り返す。
「そうだ。同情し、寄り添い、掬い上げることではない」
グウィントは厳しい目をルクスに向けた。
「恨まれようが、憎まれようが、己の名において、断固として選び取ること。全ての者が満足する結論などない。切り捨てた者から恨まれることまで含め、それが上に立つ者の役目よ」
ルクスは言葉も返せずに、グウィントを見た。
グウィントはしばらくその威厳ある金色の瞳でルクスを見下ろしていたが、不意に視線を和らげた。
「汝は、ロズフィリアが隣に立てば、その優秀さに自分が遠慮してしまうと思った。ロズフィリアの発想を、自分の発想よりも優先してしまうと思った。だから、隣に立たせたくなかった」
「……すげえな」
ルクスは呟いた。
「全部当たってる。俺って、そんなに分かりやすい人間だったんだな」
そう言って、笑う。
「いや、あんたの言う通りだ。俺にはつくづく、クラス委員なんて向いてねえんだ」
「だから、一人で戦うのか」
「ああ」
ルクスは頷いて、杖を構えた。
「この三年間、ずっとクラス委員としてやってきた。でも、今日はそれはやめたんだ。クラス委員のままじゃ、ウェンディの命もロズフィリアも、何にも守れねえって分かったからな」
そう言って、吹っ切れたように笑う。
「だから、今は俺のままで行く」
その顔に、またいたずら小僧の闊達さが戻ってきた。
「何者でもない、ただのルクス・ハイベルクでな」
「ふん」
グウィントは両腕を広げる。
「ならば、来い。一人でどこまでやれるのか、それともやれぬのか」
冷たい表情のまま、グウィントは付け加えた。
「あまりにやれぬ時は、その命を奪うぞ」




