一番
それはまるで輝く羽虫の群れのようだった。
小さな光球が、グウィントの周囲を埋め尽くしていく。
その光に照らされて、グウィントのまとう金色のローブがきらきらと輝いた。
爆ぜ玉の術は、触れたら爆発する不安定な光球を作り出す魔法だ。
光球同士であっても、少しでも触れ合ってしまえば、連鎖的に爆発が起きてしまうはずだった。
だが、これだけの数の光球が絶妙な距離で、決してぶつかり合わない。
そのまま、光球の数がじわじわと増えていく。
幻想的にさえ見えるその光景を、後方から目にしたロズフィリアが息を呑んだ。
「ルクス。やっぱりあなたは最高の魔術師だわ」
そう呟いて、倒れたままのエストンの頬を乱暴に叩く。
「ほら、エストン。起きてよ」
だがエストンは目を閉じたまま呻くばかりで、一向に意識を取り戻さない。
「もう。こんなすごいところを見逃すなんて」
ロズフィリアはエストンの胸を叩いた。
「起きてってば」
一方、光球に囲まれたグウィントは円の中でゆっくりと首を回した。
「これだけの数の光球の動きを全て制御しているのか」
グウィントは目を細めて呟く。
「常軌を逸した制御力だな。その年で、ここまでの芸当が可能なのか」
その口調には、率直な称賛の響きがあった。
しかし、誉め言葉はそれで終わりだった。
「だが、透け身の精度は今一つ」
冷たい声でそう言うと、何もない空間の一点を指差す。
「汝はそこだ、ルクス」
「へっ」
ルクスの姿が、景色をぼやけさせるようにして現れた。
「やっぱりすげえな、あんたは。イルミス先生みたいだ」
そう言って笑う。
しかしルクスは完全には姿を現さなかった。曖昧な輪郭から空気に溶けこむようにして再び消えていく。
「かくれんぼなら、俺の負けだけどな。これはどうかな」
消える直前に、ルクスはグウィントを挑発するようにそう言って、にやりと笑った。
グウィントは微かに眉をひそめる。
ルクスのそれは、いたずらっ子の笑みだった。
これから始める遊びのことを考えると楽しくて楽しくて、自然と零れてしまったわんぱく坊主の笑顔。
次の瞬間、周囲を埋め尽くす光球の一つがふらりと動いた。
突然に制御を外れたような不安定な動きのまま、隣の光球にぶつかる。
「あっ」
ロズフィリアは思わず声を上げた。
「始まった」
爆発。
小さな爆ぜ玉だけに、その爆発も小さかった。
だが、爆発は次の爆発を呼んだ。そしてそれがまた、次の爆発に。
爆ぜ玉が連鎖的に爆発していく。
たちまちのうちに、グウィントの周囲は全て爆風と煙に包まれた。
ルクスの気配は、その中に消えた。
「ふん」
グウィントは両手を突き出す。
「小賢しい」
グウィントの手から発された突風が、煙も爆風も、もろともに吹き飛ばす。
「この程度で、隠れたつもりか」
だが、視界の晴れたグウィントが見たものは、無数の光球。再び周囲を埋め尽くす爆ぜ玉の群れだった。
「このわずかのうちに」
グウィントの顔に、微かな驚きが浮かぶ。
「また新たに作っていたというのか」
爆風に自分を隠し、それに乗じてグウィントに接近するという作戦。
ルクスの狙いがそこにあることは、このルールを設定した本人であるグウィントには十分すぎるほどに分かっていた。
だからこそ、良くコントロールされた爆ぜ玉の数を賞賛こそすれ、驚きはしなかった。
だが、ルクスもグウィントのその思考を読んでいた。
突っ込んでくると思ったろ?
それが違うんだな。
いたずらってのは、相手の警戒が緩んでから仕掛けるもんなんだぜ。
それは、退屈な大人たちのパーティのさなか、わんぱくな仲間たちと庭の隅々まで駆けまわってごく自然に習得していた感覚。
あの日、ロズフィリアが魅せられた、無邪気な天才ルクスの粗削りの才能。
無数に浮かぶ光球の均衡が崩れるかのように、グウィントの眼前で再び爆発が始まる。
その爆風で、金色のローブがはためいた。
二度の連鎖的爆発で、もはや完全にルクスの気配は消えていた。
今どこにいるのか、どこから来るのか、分からない。
グウィントにとって、あらゆる方向が死角と化していた。
「ちっ」
グウィントが円の中で両足を踏ん張って腰を落とす。
ロズフィリアたちの猛攻にも、優雅で尊大な身のこなしを決して崩さなかったこの魔術師が初めて見せる姿だった。
魔法の実力もさることながら、グウィントの体術は間違いなく九人の石の魔術師随一と言ってよかった。魔法というよりも、その戦術眼のような感覚で、グウィントはルクスの飛びかかってくる方向を予測した。
斜め左後方から槍のように突き出された杖を、グウィントは信じがたい勘の良さをもってかわし、その手に作り出した不可視の盾で叩き落した。
しかしそれすらもルクスの予測の範囲内だった。ルクスはグウィントの長い脚目がけて、地を這うような回し蹴りを放った。
だが蹴りが当たる直前、地中から湧き上がった土の壁がルクスを遮った。
「きたねえ」
ルクスが叫ぶ。
「壁を作るの、有りかよ」
「円から出てはおらぬ」
お返しとばかりに、今度はグウィントの長い脚が華麗な弧を描いた。
その蹴りには、ルクスがとっさに作った不可視の盾をそのまま砕くほどの威力があった。
一撃で、形勢は逆転した。
側頭を蹴り飛ばされ、低いうめき声とともにルクスは地面を転がった。
空中で、最後の爆ぜ玉が小さくはねる。
「見事」
鞭のように、脚をしなやかに円の中に下ろし、グウィントが言った。
「今の攻撃は実によかったぞ、ルクス」
「褒められても、嬉しくねえよ」
ルクスは地面に唾を吐いた。
「くそ、いてえな」
頭から流れる血をローブの袖で拭うと、ルクスは立ち上がった。
「グウィント、あんた魔術師のくせに動きの切れが良すぎるぜ」
「魔術師だからといって身体の鍛錬を怠るような者は、結局は地を這うことになる」
グウィントは涼しい顔で応じる。
「魔力も魔法も、生み出すのは己自身の身体だ。むしろ、そこを軽視する理由が我には分からぬ」
「まあ、言ってることは正しいのかもしれねえが」
ルクスは腰に手を当てて、ふう、と息を吐く。
「参ったな。……おい、ロズフィリア」
ルクスは背後の茂みを振り返った。
「エストンはどうだ」
「死んでないわ」
ロズフィリアはなぜか愉しそうに言う。
「普通に生きてる。目は覚まさないけど」
「なんだよ、仕方ねえな。肝心な時に」
ルクスは言葉とは裏腹に笑顔でそう言うと、グウィントに向き直った。
「じゃあ、お前ももう少し休んでろ」
「ルクス、本当に一人でいいの?」
その背中にロズフィリアが心配そうに声をかける。
「私も戦えるわよ」
「お前が言ってくれたんじゃねえのか」
ルクスは肩越しにロズフィリアを振り返った。
「俺のことを、一番の魔術師だって」
ロズフィリアは目を瞬かせ、それから頷く。
「うん。私が言った」
「だからだよ」
ルクスはまたあの笑顔を見せた。
「少しは、一番の魔術師らしいところを見せねえとな」
「……ルクス」
ロズフィリアは赤くなった自分の頬を手で押さえた。




