説得力
ルールを明確に設定されれば、話が早い二人だった。
エストンとロズフィリアは短い打合せの後、同時にグウィントに襲い掛かった。
ロズフィリアが攪乱し、エストンがその体格を生かしてグウィントに肉薄する作戦は、理に適ったもののように思えた。
だが、二人は黄金の敵に三度挑んで、三度とも跳ね返された。
最初に口にした通り、グウィントは一撃で相手を死に至らしめるほどの魔法は使わなかった。それでもその魔法は、二人をきわどいところまで追いつめた。
中でも、グウィントの放つ金色の小石は、まるで鉄のような硬さでエストンの身体を打ち据えた。
「作戦を変えましょう」
四度目の失敗の後、エストンの身体を自分のもとに引き寄せたロズフィリアが言った。
「このやり方は通用しなさそうだわ」
「まあそこまで甘い敵ではないか」
エストンは、渋々といった態で頷く。
「それならどうする。あれを使うのか」
グウィントのほうを窺いながらエストンが声を潜めると、ロズフィリアはそれと分からないほど小さく首を振った。
「何言ってるの。まだ早いに決まってるわ。もっとあがいてみてからよ」
「そうか」
頷いて、エストンは地面に唾を吐いた。血の混じった赤い唾に、ロズフィリアが微かに眉をひそめる。
「怪我をしてるのね」
「口の中を切っただけだ」
エストンは顔をしかめた。
「まだまだ動ける」
「治癒術が必要なら、早めに言って」
ロズフィリアは、まるで磨き上げられた彫像のように微動だにせずに立つグウィントにちらりと目を向ける。
「いつまでああやって猶予を与えてくれるかは、分からないから」
「あいつは、貴族風の石だ。生意気にも石のくせにな」
エストンは言った。
「だから僕には分かる。その心配は要らない」
怪訝そうな顔をするロズフィリアに、エストンは小さなため息をつく。
「君もフォレッタの、そう小さくはない家の出なんだ、分かるだろう」
「何が?」
「貴族気取りのああいう連中というのは、えてして格好にこだわるんだ。そのせいで、思考に柔軟性を欠く」
自分を棚に上げた意外な言葉に、ロズフィリアは目を瞬かせた。
しかしロズフィリアのそんな様子に気付くことなく、エストンは話し続ける。
「格好にこだわるということは、すなわち自分の余裕を見せつけるということだ。さっき、あいつが何と言っていたか覚えているか」
その言葉を思い出し、エストンは小ばかにしたように笑う。
「偉そうに自分のことを、九兄弟の筆頭だの最も高貴だのと言っていたじゃないか。このガライの大貴族ルーディッシュ家の子息である僕の前で恥ずかしげもなく、な」
「そうね」
笑いを噛み殺すように、ロズフィリアが頷く。
「言っていたわね」
「だろう。実におかしかった」
ロズフィリアが笑いをこらえている理由は、エストンが意図している点とはかなり違ったのだが、ロズフィリアが自分に同意しているものと見て、エストンは少し得意そうに笑った。
「自称とはいえ、それだけのことを名乗った者が、あの円から出ないと約束したんだ。自分が不利になったからといって、慌てて覆しはしないだろう」
「それもそうね」
ロズフィリアは笑顔で小さく頷く。
「あなたが言うと、本当に説得力があるわ」
「そうだろう。僕は似非貴族の扱いには慣れてるんだ」
エストンは胸を張った。
「さあ、そろそろ次の作戦と行こうじゃないか」
二人はまた手短に打ち合わせる。
「エストン。あなた、なかなか冴えてるわね」
ロズフィリアが微笑んだ。
「あんな敵を前にしても、全然臆していないじゃない。色々と気が付いているし、見直したわ」
「僕は身体を動かすと頭も回ってくるタイプだ」
エストンは言った。
「だから勉強するときは、いつも図書館まで歩くのさ」
「自分のやり方を持っているのは立派だわ」
ロズフィリアはそう言って、少し思案顔をする。
「あなたの動きは決まったとして、私は……」
「君こそどうした、ロズフィリア」
エストンは少し挑発するような顔をした。
「魔術祭の劇の前日に僕らを嵌めてくれたような、悪魔的なところがまだ出ていないんじゃないか」
「あなたが私のことをどう思っているのかは知らないし、どうでもいいことだけど」
ロズフィリアは答える。
「私は、動く前に相手をしっかりと見るのよ。そのための準備もしっかりとする。動くのは、最後の最後よ」
「ああ、そうだったな」
その時のことを思い出したように、エストンは笑った。
「衣装も脚本も全部準備した上で、君は前に出てきたんだっけな」
「そうよ。動くのは、思考実験の結果を確認するため」
「どうした」
二人の会話を遮るように、グウィントが低い声で呼びかけた。
「相談するのは構わぬが、我をあまり退屈させるな。かかってこぬのならば、勝つ意思なしとみなして終わりにしてもよいのだぞ」
「もう少しだけ待って、グウィント」
ロズフィリアはそちらに顔を向けて、そう答えた。
「きっとあなたをびっくりさせるから」
「ふむ」
グウィントは腕を組んだ。
「良かろう。だが、あまり長くは待たぬぞ」
「……おい」
エストンが険しい顔でロズフィリアに囁く。
「どうしてあんなことを言うんだ。僕らがあいつの不意を衝こうとしているのがばればれじゃないか」
「どうせ、最初からばればれよ」
ロズフィリアは涼しい顔で答えた。
「最初の二回は布石にしましょう。本番は、三回目。かかってくれるといいんだけど」
その言葉に、エストンは目を瞬かせる。
「なんだ。君の方がよほど冷静じゃないか」
「私の言う通りにできるかしら、エストン」
「ばかにするな」
エストンは鼻を鳴らした。
「これでも試験の成績はいつもルクスよりも上なんだぞ」
「あら」
ロズフィリアは目を見張る。
「それなら今年はクラス委員に立候補すればよかったのに」
「誰があんな面倒な役目を」
エストンは眉を寄せる。
「ルクスに任せておけばいいんだ」
「ちょっと、それどういう意味?」
「行くぞ」
エストンが杖を構えて前に出た。
大きな風を起こして草を巻き上げる。
「またさっきと同じではないか」
腕を上げて風をやり過ごしながら、グウィントが言った。
「これで我を驚かせようというのか?」
先ほどまでは、そこからロズフィリアが魔法を打ち込んで攪乱し、エストンが突っ込んでいった。
だが、今回は違った。
エストンがなおも風を巻き上げ続ける。
その風の中を、ロズフィリアが走った。
小柄な彼女が体勢を低くして、まるで臆することなくグウィントに突っ込んでいく。
「男女を入れ替えたか」
グウィントは冷静な声で言う。
「だが、それが何だという」
エストンがさらに風を強めた。
金色のローブがばさばさとはためく。
追い風に乗って走ったロズフィリアが、グウィントの手前で大きく跳ねた。
長身のグウィントのさらに遥か頭上まで。
「むっ」
グウィントがそれを見上げる。
彼女を追うように金色の小石が飛ぶが、ロズフィリアはさらに空中で跳躍の軌道を変えてそれをかわすと、グウィントの背後に着地する。
運動神経抜群のフィッケにすらできないその動きは、空中で彼女が杖から小刻みに撃ち出した気弾の術による効果だった。
ロズフィリアはグウィントのがら空きの背中目がけて、杖を突き出した。
これが当たれば、ロズフィリアたちの勝ち。だが、肩への衝撃とともに、杖は空を切った。
ロズフィリアが失敗したのではない。杖よりも速く瞬時に振るわれたグウィントの脚がロズフィリアの肩を打ち、身体の向きを一瞬で変えてしまっていたのだ。
魔法ではない。圧倒的な体術。
「くっ」
ロズフィリアは向き直ろうとしたが、もう遅かった。
エストンの風をいっぺんに散らしてしまうほどの強烈な風がグウィントの手から巻き起こり、ロズフィリアを吹き飛ばした。
その身体を、すんでのところでエストンの浮遊の術が捕まえる。
「すごいな、君は」
着地したロズフィリアに、エストンが呆れたように言った。
「気弾の術で空中を飛ぶなんて、本当にあんな芸当ができるんだな」
「種は蒔いたわ」
ロズフィリアは言った。
「魔力の関係もある。あと二回で決めましょう」




