金のグウィント
輝く矢が三つ、空を切り裂く。
それぞれが別々の方向から、金髪の男を襲う。
だが金髪の男が右手を一閃すると、矢は全て砕け散った。
その時には、巨躯の少年が男の目の前に迫っていた。
「むんっ」
少年が力任せに振った杖から撃ち込まれた気弾の術を、金髪の男が身をよじってかわすと、そこに少年が獣のように飛びついた。
だが、少年の両手は空を切った。
少年の身体は高く宙に浮き上がり、身体の制御を失ったままで乱暴に投げ出された。
しかし地面に叩きつけられる直前に、その身体がぴたりと止まる。
「ふう」
小柄な少女が息をついた。
「惜しかったわよ。エストン」
「ふん、くそ」
エストンは身体をよじって地面に足を着く。
「まだ遊ばれてるな」
そう言って、杖を構える。
「もう一度だ、ロズフィリア」
ロズフィリアとエストンの二人が、金髪の男と遭遇したのは、ずいぶんと森の中を歩いた後のことだった。
森が突然開け、円環状に並べられた石柱群が現れた。
まるで古代の遺跡のようなその場所の、石柱の環の中央に置かれた祭壇のような巨石に、金髪の男が座っていた。
「あれね」
足を止めたロズフィリアは、エストンを振り返った。
「見て。金髪に金色のローブ。まるで派手好きの王様みたいね」
「王ほどの威厳は感じない」
エストンは応じた。
長い脚を組んで座る男の金髪が、風になびく。
男はまだ青年といってよい年齢に見えた。
「年は、高等部を出た後くらいかな」
エストンの言葉に、ロズフィリアは首を振る。
「エストン。相手は魔法具の化身よ。見た目の年に、意味なんてないわよ」
「そんなことは分かってるさ」
エストンは肩をすくめた。
「ただ、ガキみたいなやつに偉そうにされるのは気に食わないから、安心したってだけのことだ」
「あなたには色々と気に食わないことがあるものね」
ロズフィリアの含むものがあるような言葉に、エストンは顔をしかめる。
「ああ、気に食わないね。今のこの状況も、あの図に乗った北の民も、君とのペアも、何もかもだ」
ふふ、とロズフィリアは笑う。
「あなたって、この学年で一番正直な人だと思うわ」
「気に食わないものを気に食わないと言うだけの実力が、僕にはある。僕のことが気に食わないやつがいるのなら、直接言ってくればいいのさ」
エストンは金髪の男から目を離さずにそう言った後で、隣のロズフィリアをちらりと見た。
「で、どうする気だ、ロズフィリア。このまま正面から行くか、それとも何か策を講じるのか」
「策を講じるって言ってもね」
ロズフィリアはどこか愉しそうに答える。
「どうせ、向こうだってもう私たちに気付いてるわよ。いまさら奇襲ってわけにもいかないでしょ」
「策は奇襲だけとは限らないだろう」
エストンは鼻を鳴らした。
「強いと分かっている相手に、真正面から正々堂々、などというのは、ばかのやることだ」
「あら」
ロズフィリアは目を見張る。
「誇り高い貴族のあなたなら、真っ直ぐに突っ込んでいくのかと思っていたわ」
「ポロイスなら、そうするだろうな」
エストンは言った。
「だが僕は違う。ルーディッシュ家の長い歴史の中には、道理の通らない危機などいくらでもあったと聞いている。そういう時、我が先祖は家名を守るためには手段を選ばなかったそうだ」
「あなたもそのルーディッシュ家の男だということね」
「その通り」
エストンは頷く。
「無策で突っ込むのは、好かない」
「珍しく、あなたと意見が一致したわ」
ロズフィリアは微笑んだ。
「じゃあ、ちょっと策を考えましょう」
金髪の男は、近付いてくる二人を見て、組んでいた長い脚を下ろした。
「遅かったな」
青年らしい見た目にそぐわぬ、低い威厳のある声で男は言った。
「私の姿を見付けてから、ずいぶんとまごついていたようだが」
「あら」
ロズフィリアが舌を出す。
「やっぱり気付かれていたのね」
「そちらから見えるのであれば、こちらからも見える」
金髪の男は言った。
「当然のことだ」
「でも、あなたはこっちを全然見ていなかったわよ」
確かめるようにロズフィリアが言うと、男はつまらなそうに答えた。
「わざわざ目を向けるか向けないかは、我にとってさしたる意味もない」
そう言って、その髪と同じ金色の瞳を二人に向ける。
「とはいえ、まずは歓迎しておこうか。敢えてこの色を選び、やって来たその無謀な勇気に敬意を表して、我が名を名乗っておこう」
男はゆっくりと立ち上がる。
そうすると、この男が相当な長身であることが二人にも分かった。
エストンも少年にしてはずいぶんと大柄だったが、男の背は大人であるイルミスやボーエンよりもさらに高かった。
「九つの兄弟石の筆頭、兄弟のうちで最も強く、最も高貴な宝玉の魔術師」
男は金色の瞳をきらめかせた。
「名誉と栄光、見果てぬ理想を示す金の色を司る。我が名は、金のグウィント」
「金のグウィント、ね」
ロズフィリアが頷く。
「私はロズフィリア。こっちは」
「僕の名は言わなくていい」
エストンは首を振った。
「人ならざる者に、名乗る名などない」
「ふむ」
グウィントは頷く。
「いいだろう。名乗らぬ者にまで名乗らせる趣味は、我にもない」
その冷たい金色の目が、エストンを見据える。
「どのみち、名のある者でもあるまい」
「で?」
エストンは、挑発的な目をグウィントに向けた。
「あの闇の魔術師から聞いているかは知らんが、僕らはお前を元の石ころに戻さなければならない。それにはどうすればいい。戦えばいいのか?」
「戦えるのか?」
逆に、グウィントが静かに聞いた。
「我と戦えると、本当に思っているのか?」
「お前がその気なら」
エストンがそう言いかけたとき、ロズフィリアが叫んだ。
「エストン、離れなさい!」
だが、もう遅かった。
一瞬の閃光とともに、エストンの胸に大きな穴が開いた。
「ほら、もう死んだではないか」
グウィントは冷たい目でエストンを見下ろし、つまらなそうに言った。
一声も発さず、エストンは倒れた。
「エストン!」
ロズフィリアが叫びながら、杖を構えてグウィントから距離を取る。
次の瞬間、また閃光が走った。
「うぐっ」
エストンが声を漏らした。
「くそ、いきなり不意打ちとは」
そう言いながら、上体を起こす。
それを見てロズフィリアが目を見張った。
先ほどエストンの胸に開けられたはずの大きな穴が、跡形もなかった。
「エストン、大丈夫なの」
「ああ、突然で驚いたが」
そう言って、胸を叩く。
「大丈夫だ、何ともない」
それから異変に気付き、顔をしかめた。
「くそ。ローブにこんなに穴が開いてしまった」
「ローブだけじゃないわ」
ロズフィリアが厳しい声で言った。
「エストン。あなたの胸にも、同じくらいの穴が開いたのよ」
「何だと?」
エストンは立ち上がって、もう一度自分の胸を見る。
「身体には、傷一つないぞ」
エストンは言った。
「穴なんて」
「あなた。金のグウィント」
ロズフィリアは、エストンの言葉を最後まで聞かなかった。
青ざめた顔で、グウィントの冷たい顔を見つめる。
「エストンを一瞬で生き返らせたの」
「死んだというのは、言葉の綾だ」
グウィントは平坦な口調で言った。
「我が魔法であっても、さすがに本当に死んだ者までは蘇らせることはできぬ。胸に穴を開け、死ぬ前にまた塞いだ。それだけのことだ」
「何を言ってるんだ、ロズフィリア」
エストンがロズフィリアを振り返る。
「おい、もしかして、こいつは本当に僕の胸に」
「ええ。あなたさっき一瞬で殺されかけたのよ」
ロズフィリアは言った。
「私にも見えなかった。これはやばいわね」
ロズフィリアはなぜか愉しそうに微笑む。
「はっきり言って、私たちの力じゃ全然勝負にならないわ」
「そこまでか」
エストンが顔を引きつらせる。
「心配するな」
グウィントは、あくまで冷たい声で言った。
「汝らごときが我と渡り合えるなどとは、最初から思っておらぬ。ルールを決めよう」
「ルール?」
ロズフィリアが眉を上げる。
「どんな?」
「あせるな」
そう言うとグウィントは、祭壇のような巨石から少し離れ、足元の地面に靴の爪先でちょうど自分の肩幅ほどの直径の円を書いた。
「我はこの中から出ぬ」
そう言って、円の中に立つ。
「先ほどのような、一瞬で命を奪う魔法も使わぬ」
それから、両腕をゆっくりと広げた。
「汝らは、死力を尽くして我が身体に触れてみよ」
「触れる?」
ロズフィリアが聞き返す。
「手で?」
「手でも、足でも、そうだな、その手に持つ杖でも構わぬ」
グウィントは言った。
「どんな魔法を使っても構わぬ。我が身体に触れることができれば、汝らの勝ちだ」
「それだけでいいのか」
エストンが拍子抜けしたように言う。
「ロズフィリア、これなら何とかなるんじゃないか」
「なるわけないでしょ」
ロズフィリアは笑顔で言った。
「まあ、だから面白いんだけど」




