ダンス
「リラ。あなたの力を貸してほしいの」
突然の意外な言葉に、リラだけでなくバイヤーとキュリメも驚いたようにセラハを見た。
「は?」
リラが目を丸くして、セラハの汗まみれの顔を見つめる。
「何言ってるの、セラハ」
「だから」
セラハは笑顔で同じ言葉を繰り返した。
「私たちに、あなたの力を貸してほしいのよ」
「自分が何を言ってるのか、分かってる?」
リラは少し憐れむような目を、セラハに向けた。
「これは私が作ったゲームなんだよ? 私が力を貸しちゃったらゲームにならないじゃない」
そう言うと、リラはこれ見よがしに小さな光球を手の中に作って、またそれを握り潰してみせた。
くぐもった爆発音とともに、セラハの髪が揺れる。
「ほら、分かるでしょ?」
リラは肩をすくめた。
「私の魔法を使えば、こんなゲーム、簡単に」
「魔法なんかいらないわ」
セラハはきっぱりと言い切った。
「私たちがほしいのは、リラ。あなた自身の力よ」
「私自身の力?」
迷いのないセラハの表情に、リラが初めて困惑した顔を見せた。
「魔法がいらないって、それでどうやって力を貸すの」
「ダンスよ」
セラハは微笑む。
「一緒にダンスをしましょう」
「ダンス?」
リラは眉を寄せた。
「私があなたたちとダンスを? どうして?」
「あなたが、ダンスが好きだからよ」
セラハの答えは明快だった。
「だから、一緒に踊りましょう」
「私がダンスを好きですって?」
リラは小さく首を振って、後ずさる。
「どうしてそんなことが分かるのよ」
「自分で言っていたじゃない」
セラハは笑顔のままで、ぐい、と一歩前に出た。
「さっき、好きな遊びをダンスって言いかけて、それから言葉を付け足したわよね。私、分かったの。ああ、この子はダンスが好きなんだ、きっとみんなとダンスがしたいんだなって」
「ち、ちが」
リラは慌てて首を振りかけて、それから取り繕うように胸を張ってセラハを睨んだ。
「あなた、私を誰だと思ってるの。私は九つの兄弟石で最強の黄の魔女リラなのよ」
「ダンスをするのに、それが関係あるの?」
心底不思議そうな顔で、セラハは言った。
「私たち、友達でしょ。それ以外に、一緒に踊る理由が必要?」
「友達…」
「ああ、もう。ほら、時間がないから」
セラハが強引にリラの手を取った。
「ちょ、ちょっと」
リラが抗議の声を上げるが、セラハはそのまま手を引いて、石畳を駆けた。
リラも強い抵抗はしなかった。セラハに引っ張られるようにして走っていく。
二人の足元で、石畳が光り、不規則な音を奏でた。
「リラ。あなたの担当はここね」
セラハがリラを立たせたのは、自分の真向かいだった。
「あなたが作ったゲームだもの、どれを踏めばどの音がするかは分かるわよね」
セラハは笑顔でそう言うと、キュリメを振り返る。
「キュリメ、リラにも飛び足の術をかけてあげて」
「う、うん」
黄色い旗を持って駆け寄ってくるキュリメを見て、リラは我に返ったように首を振った。
「い、いい、いい。要らない」
「いいからいいから」
セラハが笑顔でその肩を抱いている間に、キュリメがリラに飛び足の術をかけてしまった。
「……あ、軽い」
まるで年相応の少女のように、驚いた顔でリラが自分の足を見る。
「さあ、リラ。魔法は無しよ。あなたのダンスを見せて」
セラハはリラの肩を叩いた。
「踊りましょう」
最初は戸惑った顔で三人の動きを見ていたリラだったが、徐々に足を動かして自分の音を奏で始めた。
そうすると今度はだんだんバイヤーとキュリメの動きに焦れったくなってきたようで、「バイヤー、そこどいて。私が踏む」とか、「キュリメ、届かないなら私に任せて。リズムが狂う」などと言い始めた。
文句を言いながらも、バイヤーがそれに従い、キュリメも自分から「リラ、お願い」などと声をかけることが増えてきた。
リラの動きはどんどん大胆に、奔放になっていった。
何度目かの挑戦の後。
「いいじゃない、リラ」
セラハは笑顔で手を叩く。
「踊ってるときのあなた、とっても素敵だわ」
「もう私とセラハだけで踊ろうよ」
リラは隠し切れなくなった笑顔で、軽やかなステップを踏んでみせた。
「バイヤーとキュリメは、外で手拍子してて。私がすごい踊りを見せてあげるから」
「だめよ、リラ」
セラハが首を振る。
「仲間なんだから、みんなで一緒にやらないと」
「そうなの?」
リラはきょとんとする。
「そうだよ。リラだって、あなたは邪魔だから外に出ててって言われたら悲しいでしょ」
「そっか。ごめんね、バイヤー、キュリメ」
リラから素直に謝られた二人は、驚いたように顔を見合わせた。
再び挑戦を始めた四人だが、やはりバイヤーとキュリメには荷が重かった。
二人がそれぞれ一度ずつ失敗した後。
バイヤーがキュリメに近寄って何事か囁き、キュリメもそれに頷いた。
キュリメがセラハに声をかける。
「ねえ、セラハ。リラの言う通り、一度、あなたとリラの二人でやってみたらどうかしら」
「え?」
セラハが驚いた顔でキュリメを見返した。
「でも」
「今、私たちが足を引っ張っていることに間違いはないし」
キュリメは少し悔しそうに微笑む。
「リラの言う通りにしてみようよ。その方が可能性があると思う」
「そうそう。任せるべき時はちゃんと任せられるのも、仲間だからね」
バイヤーが言った。
「僕にだって、リラの意見もちゃんと聞き入れるくらいの度量はあるんだ」
「私の意見」
リラが目を瞬かせる。
「聞いてくれるの」
「もう何度も一緒に踊ったからね」
バイヤーは照れくさそうに肩をすくめた。
「リラも僕らの仲間だ」
その言葉に、リラがぱっと顔を輝かせた。
「……分かったわ」
セラハが頷く。
「リラ。二人で踊ってみましょう」
セラハとリラを残し、バイヤーとキュリメが石畳から下りる。
「あの子が、本当はずっと私たちと一緒に遊びたくてうずうずしてるのは分かっていたの」
キュリメは小さな声でバイヤーに囁いた。
「でも私には、だからといってどうすればいいのか分からなかった。セラハはさすがだわ」
「そう言われてみれば」
バイヤーもそっと囁き返す。
「この石畳の仕掛けも、本当は自分を誘ってもらえるんじゃないかって期待を込めて作ったのかもしれないぞ。だって、僕ら三人じゃとても手が回らないもの」
「私たちが鈍くさすぎるっていう可能性の方が高いけどね」
キュリメは苦笑いする。
「でも、そうかもしれないね」
「そう考えると、確かに可愛いところがあるな。もっと早く声をかけてあげればよかったかな」
「でも、あんなことセラハにしかできないよ」
「確かに」
「ほら、二人で何をぶつぶつ言ってるの!」
リラが笑顔で両手を挙げた。
「手拍子!」
「はいはい」
バイヤーとキュリメが手拍子を始めると、セラハとリラは目で合図をかわし、同時に旋律を口ずさみながら動き始めた。
軽やかなステップ。
外から見守るバイヤーたちには、二人の動きが音を再現するための足踏みではなく、奏でられた音に乗って踊るステップのように見えた。
「すごくいい動き」
思わずキュリメが漏らす。
「動ける人がやれば、本当はこういう風になるものなのね」
「うん。かっこいい」
バイヤーも頷く。
「これは、いけるかも」
しかし、途中でリラが順序を間違えた。
「あっ」
調子はずれの音を鳴らしてしまったリラは、悔しそうな顔で立ち止まった。
「もう。いいところだったのに」
「リラ、今のすごくよかった」
セラハが汗を拭って手を叩く。
「もう一度行きましょう」
「うん」
リラが頷いた。
二人がまたステップを踏み始める。
一人の出す音をもう一人の出す音が補完する。二人の動きは全く違うのに、まるでひとつながりの動きのように見える。
「きれい」
キュリメが呟く。
「本当のダンスみたい」
けれど、今度はセラハがつまずいた。
「ああ」
悔しそうに天を仰ぐセラハに、リラが笑顔で声をかける。
「セラハ、大丈夫。次はできるよ」
「そうね」
セラハも笑顔で頷く。
それからさらに何度目かの挑戦。
背後に迫る光球がはっきりとその形を見せた頃。
セラハとリラのステップが、石畳の上で完全な旋律を奏でた。
「やったぁ!」
「できた!」
歓声を上げて跳び上がる二人。
「やったね、セラハ」
「やったわね、リラ」
駆け寄って抱き合う二人を見て、キュリメが「なんだか姉妹みたい」と呟く。
「ああ。僕もそう言おうと思ってた」
バイヤーも頷いた。
「ずいぶんと生意気な妹だけど」
そんな四人の頭上から、ゴールの看板を乗せた石板がゆっくりと降下してきた。




