音
「セラハ、こっちこっち、火が!」
「任せて! キュリメ、私の後ろから離れないで!」
「バイヤー! そこ、壊せる!」
「分かってるよ!」
最後の障害も、突破は困難を極めた。
三人の行く手を阻んだのは、炎を吐く石像の群れだった。
しかし、迫る炎をセラハの風切りの術で切り裂き、石像本体はバイヤーの石刻みの術で粉砕した。それらを可能にしたのは、キュリメが全員にかけた飛び足の術の力だった。
三人は、このゲームを通して磨いた連携で、見事に最後の障害を突破した。
「やったぞ!」
まだ続く飛び足の術の効果で軽やかにスキップしながら、バイヤーが両腕を掲げる。
「あとはゴールに行くだけだ!」
「見て、あそこ」
セラハも前方を指差す。
「ゴールの看板が見えるよ!」
彼らが歩く道の先で、ふわふわと宙に浮く巨大な石板か何かの上に、不釣り合いな稚拙な字で『リラのゲーム ゴールはここ』と書かれた看板が立っているのが見えた。
「本当だ!」
バイヤーの声が弾む。
「これで、このおかしなゲームも終わりだぞ!」
「でも、ちょっと待って」
キュリメが言った。
「何だかおかしくない?」
「おかしいって、何がだい」
バイヤーが振り返る。
「ゴールって書いてあるじゃないか」
「うん。あそこがゴールなんだろうけど……」
キュリメは顔を曇らせる。
「あんな風に石板で看板を浮かせている必要があるのかな」
「え?」
バイヤーは目を瞬かせる。
「ゴール地点を、遠くからでも見えやすくしてくれてるんじゃないのかい」
「リラがわざわざそんなことをするかしら」
キュリメは慎重だった。
「だって、スタート地点なんて、そのまま地面に看板が刺さってたじゃない。チェックポイントの旗だって」
そう言われてみると、不安になる。
嫌な予感にかられた三人は、細い道をゴール地点まで駆けた。
ゴール地点は、崖に挟まれた今までの細い道とは一変して、広い原っぱのような場所だった。
原っぱの中央には、円状に配置された石畳が敷かれている。そのちょうど真上に、ゴール地点と書かれた看板の刺さる大きな石板がふわふわと浮いていた。
「ここがゴール、じゃないの?」
セラハは石畳の中に足を踏み入れる。
「リラ? 着いたわよ?」
そう呼びかけながら、石畳の上を歩く。
突然、セラハの踏んだ石畳の一枚が、光を放って音を奏でた。
「きゃあ」
セラハは身をすくめて飛びのく。
バイヤーとキュリメもぎょっとした顔で石畳を見た。
けれど、石畳の光は一瞬で消え、その後、何事もなかったかのように静かになった。
「な、何だ。驚かせて」
バイヤーがおそるおそる石畳に近付く。
「何も起きないじゃないか」
それから、石畳の前にしゃがみこむ。
「何だろう、ここに着いただけじゃゴールと認めないってことなのかな」
「あそこにわざわざ看板を刺している以上、あそこがゴールなのよ」
キュリメが頭上に浮く石板を指差した。
「どうにかしてあそこまで行かないと」
「あの程度の高さなら、浮遊の術があれば一発なのに」
バイヤーは悔しそうに、小石を拾い上げて石板に向かって投げた。
その瞬間、閃光が走った。
石板近くまで上がった瞬間、小石は石板から放たれた稲光のような光に撃たれて、粉々に砕け散った。
「……浮遊の術でも近付けないってことね」
絶句するバイヤーの腕をセラハが叩く。
「考えましょう、バイヤー。きっとこの石畳に何か仕掛けがあるんだわ」
地上に敷かれた石畳には、ただの石材に紛れて、踏むと光って音を出す仕掛けの施されたものが何枚もあった。
三人は音の出る石畳を逐一確認し、そこに印をつけていった。
「どれも別の音がするね」
「どういう意味があるんだろう」
三人はしばらく色々な順番で石畳を踏んでみたが、光と音を発するだけで上空に浮かぶ石板には何の変化も見られなかった。
「……あれ?」
試す手がかりも尽きて、三人で呆然と石畳を囲んでいる時だった。
「何か音がしない?」
そう言って、セラハが頭上を指差した。
「上の方から」
「音だって? 別に」
そう言いかけたバイヤーを見て、キュリメが自分の口に指を当てる。
「しっ」
上から、微かにメロディが流れていた。
明るい軽やかな曲調だった。
「……石板からだ」
旋律が終わると、バイヤーが言った。
「下で、石畳の音を出していたから気付かなかった。あの石板、小さな音で音楽を流してるんだ」
「待って」
耳に手を当てて、セラハが言った。
「また聞こえてきたよ」
三人は再び耳を澄ました。
流れてきたのは、先ほどと同じメロディだった。
「……分かったかもしれない」
キュリメが顔を上げた。
「この石畳で、あのメロディを奏でるのよ」
「ええ?」
バイヤーが目を見張る。
「あれを?」
「そうか。この石畳自体が一つの楽器っていうことね」
セラハが納得したように頷いた。
「やってみましょう」
「やるって言っても」
バイヤーは戸惑った顔をする。
「音楽を再現するのは、リルティなら簡単だろうけど、僕は楽器の演奏なんてしたことないぜ。流れてるのが、どの音かなんて全く分からない」
「使われてる音自体は、そんなに多くないわ」
キュリメが言った。
「私も音楽のことは分からないけど、一音ずつ確かめていけば何とかなると思う」
「ああ、くそ」
バイヤーは杖を放り出した。
「魔法と関係ないじゃないか、こんな仕掛け」
それから、ため息をついてローブの袖を捲る。
「でもやるしかないんだ、やろう」
三人は、もう一度上から微かに聞こえてくる音楽に耳を澄ました。
「最初の音は」
セラハは自分の口の中で、たたたた、と音楽を口ずさむ。
「これかな」
セラハが石畳の一枚を踏むと、音が鳴った。その音を聞いたバイヤーが首を捻る。
「いや」
バイヤーは別の石畳を踏む。
「こっちじゃないかな」
「それも近い気がするね」
その音にセラハは頷く。
「キュリメはどう思う?」
「一音だけじゃ分からないわ」
キュリメは答えた。
「次の音との組み合わせで考えたらどうかしら。二音目を探しましょう」
三人はそれぞれが口の中でメロディを口ずさむ。
「二音目は、これじゃないか」
バイヤーが石畳の一枚を踏んで音を出した。
「どうかな」
「一音目と繋げてみて」
キュリメの言葉に、バイヤーは首を振る。
「いや、一音目は遠くて一人じゃ踏めないよ」
「じゃあ、そっちは私が踏むね」
セラハが手を挙げた。
「じゃあいくよ」
セラハが一音目を踏み、バイヤーが二音目を踏む。
「おっ」
バイヤーが嬉しそうな声を上げる。
「すごいぞ。音が二つになっただけで、音楽になった」
「そうね」
セラハが笑顔で頷く。
「一気に分かりやすくなったわ」
「もう一度、鳴らそう」
張り切った顔のバイヤーが言い、二人で二音の旋律を奏でる。
「……合ってる気もするね」
「うん。でもはっきりしないな」
「セラハの見付けた一音目と合わせてみましょう。私が踏むわ」
そう言って、キュリメが手を振る。
「そうね。せえの」
キュリメとバイヤーが順に石畳を踏んだ。
「あっ」
鳴り渡った音に三人の顔が輝く。
「これだ!」




