仲間
「じゃじゃーん」
最後の第三チェックポイント。
またも元気に飛び出してきたリラは、三人の姿を見てにっこりと笑った。
「ちゃんと全員いるね。えらいえらい」
「何がえらいだ、さっきはいい加減なことを言って」
さっそくバイヤーが抗議の声を上げる。
「あの龍道の術がもし僕にかけられてたら、ばらばらに吹っ飛んでたところだったんだぞ」
「それが見たかったのに」
リラは残念そうに眉を寄せた。
「バイヤーだって、そのつもりで両腕広げてたじゃない」
「あんな魔法だと分かっていたら、やるわけないだろ。僕をばかだと思ってるのか」
真っ赤な顔でバイヤーが腕を振り回すと、リラはお腹を抱えて笑う。
「ああ、バイヤーは本当に面白い」
「あっ、リラ。その髪留め」
二人のやり取りを見守っていたセラハが、リラの髪を指差した。
「可愛いわね。リボンもいいけど、それも素敵よ」
「そう?」
リボンの代わりに今度は黄色い花の髪留めを付けているリラは、まんざらでもなさそうに笑う。
「ありがとう。セラハってそういうところによく気が付くよね」
「どういたしまして」
セラハは微笑む。
「出てくるごとに、髪形も少しずつ変わってるから、可愛いなって思ってたのよ」
「えっ、気が付いてたの」
リラの顔がぱっと輝く。
「ええ、もちろん」
「嬉しい」
リラは素直にそう言った後、両手を頭の後ろで組んだ。
「あーあ。でもこれで最後かあ。もっと遊びたいのになあ」
リラの言葉に、バイヤーがさっそく噛み付いた。
「何が遊びだ。こっちは命懸けで、実際に死にかけて」
「バイヤー」
セラハが肘でそっとバイヤーを制止する。
「リラは、遊び足りないのね」
セラハは穏やかな笑顔をリラに向けた。
「どんな遊びが好きなの?」
「どんなって」
リラは黄色い瞳をくるりと回す。
「ダンス」
「ダンス?」
「……みたいに、向かってくる相手をくるくるばったばったとなぎ倒して、ぎったぎったにすること」
そう言って、リラがにいっと笑う。
「最高に気持ちいいもの」
「そう。気持ちいいのね」
セラハが頷くと、我慢しきれなくなったようにバイヤーが声を上げる。
「むちゃくちゃだな。そんなに戦いが好きなのか」
「戦いが好きなのは、赤とか青よ。私は、戦いは強いけど、別に好きじゃないわ」
リラは澄ました顔で言った。
「言ったでしょ。私が好きなのは、相手をぎったぎったにしてやること」
「ぎったぎったにできれば、戦いじゃなくてもいいってことか」
バイヤーが鼻白んだ顔をする。
「僕には理解できないな」
「バイヤーは弱いもんね」
「ひ、人が気にしていることを」
「まあまあ」
さっそくむきになるバイヤーをセラハが押しとどめた。
「じゃあリラは、このゲームをやってる私たちを見ているのは楽しいの?」
セラハの問いに、リラは、うん、と素直に頷いた。
「弱い人たちが弱いなりに一生懸命、大したことでもない障害に必死になってる姿、見ていてすごく面白いよ」
「歪んでるな、歪んでる」
バイヤーが首を振る。
「君の仲間には、もっとこう、ちゃんと面白いことを教えてくれる人はいないのか」
「ちゃんと面白いことって何?」
「たとえば、薬草だよ」
バイヤーの目がきらりと輝く。
「その植物の葉、花、根っこや種の形から始まって、生息地や花の季節、薬効、匂い、味。一つの薬草だけでも、知るべきことがいくらでもある。その辺に生えている、ただの雑草と思われている草にだって、そこで芽吹いて花を咲かせるまでには無限の物語が隠されているんだ」
「薬草は緑が詳しいけど」
リラは首を振った。
「私は興味ないわ。身体を動かす方が好きだし」
「い、いや、薬草だって外で」
まだ何か言おうとするバイヤーに構わず、リラは、それに、と言った。
「私に仲間なんていないもの」
「いるじゃないか、ほかに八人もいるんだろ」
「いないよ」
リラは肩をすくめる。
「他の石は一緒に生まれた兄弟だけど、別に仲間じゃないわ。私は私、彼らは彼ら。一緒に戦うことだってほとんどないし」
「ふうん」
バイヤーは目を瞬かせた。
「そういうものか。僕らのクラスみたいなものかと思っていたけど、全然違うんだな」
「クラス」
リラがその言葉に反応する。
「クラスの人はみんな仲間なの?」
「うーん、そう言われるとなあ」
バイヤーは腕を組む。
「前は違ったけど、今はみんな仲間かな」
「仲間って、なったりならなかったりするものなの?」
「何て言うんだろうなあ」
バイヤーが助けを求めるように、セラハに顔を向けた。
セラハは頷く。
「そうね。アルマークが来るまでは私たちのクラスも、ばらばらだったけど……」
「アルマークって誰?」
「アルマークは三年生の途中から学院に来た子でね。ちょっと不思議な子なの。その子が来るまでは、クラスの中に友達はいたけどみんなが仲間っていうわけじゃなかった。でも、今は」
「みんな、仲間?」
「ええ」
「ふうん」
リラは黄色い瞳を瞬かせた。
「新しい誰かが来ればいいのかな」
「そうかもね」
「新しい人が来るのは、大事よ」
後ろでじっと黙って三人の会話を聞いていたキュリメが、そう言った。
「内側にいたんじゃ見えないことが、その人には見えるから」
「むう」
リラは少し難しい顔をする。
「ちょっとよく分からないけど、じゃあ、私達にもたとえば灰色の石とかが入ったら、みんな仲間になるのかな」
「なるかもしれないわよ」
セラハが微笑む。
「でも、アルマークは他の子と違って特別なんだ」
バイヤーが言った。
「だから、どうせ入れるなら特別なやつを入れた方がいいぞ。うんと特別なやつを」
そこまで言った後で、バイヤーは、「これって何の話だい」と首を傾げる。
リラは少し考えていたが、思い出したように両手を突き出した。
そこから、三度カードの束が現れる。
「さあ、魔法カードの時間だよ」
「ようし、僕が一番に引く」
バイヤーがローブの袖を捲ってリラの目の前に立った。
「最初に引くセラハは、二回とも割といいカードだったからね」
「えー? 順番なんて関係ないよー?」
張り切るバイヤーを見て、リラが楽しそうに言った。
バイヤーの引いたカードは、石刻みの術。
「ぐっ……」
悔しそうに絶句するバイヤーを見て、リラはけらけらと笑う。
「よかったじゃない、身の丈に合った魔法で」
続いて引いたセラハのカードは風切りの術、そしてキュリメは飛び足の術だった。
「リラ。この旗を使わせてもらうわね」
キュリメが、『リラの第三チェックポイント』と書かれた旗を棒から解く。
「別にいいけど、何に使うのー?」
「この布に、飛び足の術を込めるの」
「直接、足になんて危なくてかけられないからな」
バイヤーの言葉に、リラは目を丸くする。
「えー、私はかけられるけど」
「そりゃ、お前はとんでもない魔術師なんだろ。僕らと一緒にするなよ」
「ふうん」
リラは唇を尖らせる。
セラハはそんな彼女の顔を見て、声をかけた。
「ねえ、リラ」
「ま、いいや」
しかしリラは、ふわりと舞い上がった。
「じゃあ、最後のゴール地点で待ってるね。あと少しだから、まあせいぜい頑張ってねー」
そう言い残して姿を消してしまう。
「くそ、何がせいぜい頑張って、だ。いちいち言い方が頭に来るなあ」
「そう? 可愛いじゃない」
セラハは笑顔で言った。
「さあ、あと少し。頑張りましょう」




