ミレトスへ
三人の男たちは、しばらくして出て行き、アルマークとモーゲンも宿の部屋に戻った。
「ウェンディを殺すって……言ってたね」
モーゲンがぼそりと呟く。
「うん。話を聞いた限りでは、あいつらがバーハーブ家の屋敷に嫌がらせをしている犯人で、ウェンディが移ったミレトスの方にも別動隊がいるようだったね。そいつらにウェンディを殺させる、みたいな話……」
「人を殺すことを、あんな風にただの仕事を片付けるみたいに言うんだね」
モーゲンは空を睨みながら言った。
「ひどいやつらだね、傭兵って」
「……そうだね」
アルマークは頷くしかない。
「許せないよ。ああいうやつらに僕らのガライ王国に来てほしくない」
「……うん」
アルマークはまた頷く。
とはいえ、傭兵の存在は雇い主がいてこそだ。つまり、このガライ王国に、自分は手を汚さず、傭兵を雇って暗殺に使おうという輩がいるのだ。
アルマークはそう考えたが、口には出さなかった。
モーゲンはひとしきり先程の傭兵たちへの怒りをぶちまけていたが、急に不安な表情になった。
「でも、どうしよう。ウェンディのお父さんにこの事を伝えればいいのかな」
「僕もそれは考えたけど……」
アルマークが言う。
「バーハーブ家の屋敷は城壁の中だ。明日一日かけて城門に並んで検査を受けなきゃ入れない。バーハーブ家に着いても、僕たちのことを知ってるウェンディもウォードさんもいない。僕たちがウェンディの同級生だと証明する方法もない」
「あー……」
「屋敷は厳重に警戒しているだろうし、取り次いでもらえる可能性は低いよ。運良く取り次いでもらえたとしても、僕たちみたいな子供が、本当かどうかもわからない偶然聞いた話をしたとして、どれだけまともに取り合ってもらえるだろう」
「そうだね……」
「それだけで、下手すれば二日くらいかかってしまう。もし話を信じてもらえてミレトスに使いを出したとしても、すごい時間の無駄遣いだ。その間にウェンディに何か起きるかもしれない」
「それはダメだよ」
「うん」
アルマークは頷く。
「だから、僕たちが予定通り明日の白馬車に乗ってミレトスに行くのが一番現実的だと思う」
「ミレトスに行ってどうするの」
「ウェンディを訪ねて、ウォードさんたちにやつらの計画を伝えるんだ。警備を強化して、やつらに手出しできなくさせる。やつらも自分たちの計画が漏れていると分かれば無理はしてこない筈だ」
「なるほど」
モーゲンは頷く。
「それなら僕たちが急いで行かないとだね」
「うん。白馬車なら明後日にはミレトスに着く。あいつらの話の中で、あと三日もすれば、という言葉が聞こえた。それが何を指すのかは分からないけど、ミレトスの屋敷の襲撃のことだとすれば、明後日なら間に合う筈だ」
「……わかった」
モーゲンは真剣な顔で頷いた。
「アルマークがそう言うなら、そうしよう。僕はアルマークを信じるよ」
「ありがとう、モーゲン」
「何でこんなことになっちゃったんだろう、とも思うけどね」
モーゲンは大袈裟にため息をついてみせる。
「モーゲンがこういうの、あんまり好きじゃないのは僕も知ってる」
アルマークは頷いた。
「せっかくの休暇旅行でこんな話になって申し訳ないと思うけど……」
「別に君のせいじゃないだろ」
モーゲンは手を振った。
「僕も男だからね。女子のピンチに背中は見せられないよ」
そう言って笑顔を見せる。
「まぁおかげで生まれて初めて白馬車にも乗れるわけだし、明日乗り遅れないように、今日はもう寝ようよ」
「……そうだね」
モーゲンの切り替えの早さに感心し、アルマークも笑顔で頷いた。




