ゲーム
「ゲーム自体はすごく簡単なの」
無邪気な少女の姿をした黄の魔女リラは、弾むような声で言った。
「難しいゲームって嫌でしょ? ルールを覚えるのに時間がかかるし、何度かやってみないと面白さが分からないし。そういうのって、こういう時には向かないじゃない?」
「ええ、分かるわ」
セラハが頷く。
「“王の渡河”とか“狐と狩人”とか、そういうゲームのことね」
「そうそう。すごく頭を使うやつ」
リラは嬉しそうに頷く。
「しかも二人でしかできないじゃない。そういうのは嫌なのよ」
そう言って、リラは満面の笑みを浮かべた。
「だからあんまり頭を使わなくていい、身体をたくさん使ってもらうゲームを作ったわ」
「身体を使う?」
バイヤーが顔をしかめる。
「僕の苦手分野じゃないか。嫌だな」
その言葉が聞こえているのかいないのか、リラは明るい声で続けた。
「これからあなたたち三人には、私の作った障害物でいっぱいの道を、歩いて最後までたどり着いてもらうわ」
「あなたの作った道を?」
セラハが目を瞬かせる。
「ええ。魔法で作ったのよ」
リラは得意げに胸を張った。
「楽しい作業だったわ。そのくらいのことは、私くらいの魔術師ともなれば何でもないのよ」
「そうなの。すごいのね」
セラハは頷いて、さらに尋ねる。
「障害物って、たとえばどんな?」
「まあはっきりとは言えないけど」
リラは黄色い瞳をくるくると動かした。
「でも、スリルいっぱいのとっても面白いコースにしたわ」
「スリルだって?」
バイヤーが鼻を鳴らす。
「まさか、命を落とすようなコースじゃないだろうな」
「正解」
リラが嬉しそうに手を叩いた。
「すごいね、バイヤー。よく分かったね」
「ななな」
バイヤーは顔を真っ赤にして、呻いた。
「本気で言ってるのか」
「当たり前じゃない」
リラは微笑む。
「この黄の魔女リラが本気で作ったコースだよ。ちょっと間違えば簡単に死んじゃうんだから」
「お前、死んじゃうってことは」
バイヤーが口から泡を吹きそうな顔をした。
「死んじゃうんだぞ、分かってるのか」
「あはは」
リラは笑う。
「面白いね、バイヤーは」
「そのゲームと、さっきのカードがどう関係するのかしら」
キュリメが口を挟んだ。さすがに彼女は冷静だった。
「ゲームに使うわけじゃなさそうだけど」
「よくぞ聞いてくれました」
リラはまた、にいっと笑った。
「コースの途中途中に、チェックポイントがあります」
リラは指を三本立てた。
「全部で三か所。そこで、このカードを引くことができるの」
「そのカードを?」
バイヤーが眉をひそめる。
「要らないよ、そんなもの。だってそれを引いたら、そこに書かれてる魔法以外の魔法が使えなくなっちゃうんだろ?」
「いいえ、バイヤー」
顎に手を当てた真剣な表情で、キュリメが言った。
「多分、逆よ」
「逆?」
バイヤーが目を瞬かせる。
「何が?」
「キュリメは察しがいいのね」
リラが微笑む。
「バイヤーは、ばか」
「なんだと!?」
簡単に興奮しそうになるバイヤーを、セラハが押しとどめた。
「落ち着いて、バイヤー。年下の子が言ってることじゃない」
「見た目は年下だけど、本当は違うだろ」
不満そうにバイヤーは言ったが、それ以上は突っ込まなかった。
「説明を続けて、リラ」
セラハに促され、リラは「はあい」と頷く。
「キュリメが言ったみたいに、逆なのよ、バイヤー。スタートするとき、あなたたち三人は、何の魔法も使えないの」
「何だって」
バイヤーは目を剥いた。
「僕らから魔法を奪い去る気か」
「奪い去る気かって言うか……」
リラは唇に指を当てて、小首をかしげる。
「もう奪っちゃったけど」
「まさか」
バイヤーは杖をかざした。さすがのセラハも顔色を変えて、バイヤーの杖の先を見た。
バイヤーは顔を真っ赤にして杖を握りしめていたが、その先端に変化はなかった。
「出ない」
バイヤーが呻いた。
「魔法が使えない」
「分かったでしょ。ここはもう、九つの兄弟石最強の黄の魔女、リラの領域なの」
リラは得意げに言った。
「あ、私が最強だって言ってるって、ほかの石に言っちゃだめだよ。みんな自分こそが一番だと思ってる勘違いばかりなんだから」
そんなことを付け加えた後で、リラは困惑した顔の三人を見た。
「大丈夫よ。ゲームが終われば、魔法はまた使えるようになるわ」
そう言ってから、ぺろりと舌を出す。
「まあ、その時まで生きてればの話だけどね」
「そのゲームでゴールまでたどり着けば」
セラハが言った。
「あなたは、元の石に戻ってくれるってことなのね?」
「ええ、そうよ」
リラは澄ました顔で答える。
「全然、戻りたくなんてないけど」
「そこは約束してもらえるのね」
セラハは念を押した。
「私たち、本当に時間がないの」
「ああ、時間のことは気にしなくてもいいわ」
リラは小さな手をひらひらと振った。
「そこはグウィントからうるさく言われてるの。あなたたちが生き残るにせよ、死んじゃうにせよ、時間のかからないものにしろって。いつまでも結果の出ない試練ほど、興醒めなものはないって今回の主が言ってるんですって」
「偉そうに」
バイヤーが憤懣やるかたない顔で腕を組んだ。
「勝手に試練に巻き込んでおいて、興醒めもくそもあるもんか」
「だから、制限時間を作ったわ。あんまりのんびりしてると、後ろからこの」
リラの手に先ほどの光球が現れる。
「リラの爆発玉が追いかけてきて、どかん! だから気を付けてね」
「えげつないゲームだ」
バイヤーが顔を青ざめさせる。
「僕らを殺しに来てる」
「魔法も禁じられたうえで、制限時間まであるなんて」
キュリメが言った。
「ずいぶんと私たちに厳しいゲームね」
「それは、そうね」
セラハも認めた。
「リラ。私たちの今までの魔法の修練までも活かせないのは、ちょっと納得がいかないわ」
「心配しないで、セラハ」
リラはあくまでも笑顔を崩さない。
「未熟な魔術師のあなたたちの修練なんて、誤差ほどのものだと思うけれど。ちゃんとあなたたちに有利な点もあるのよ」
その言い方にバイヤーがまたむっとして何か言い返そうとするのを、セラハが制した。
「このカード」
リラはカードの束を三人に示す。
「このカードの中に書かれた魔法には、さっきの湧水の術みたいな簡単な魔法ばかりじゃない、今のあなたたちじゃとても使えない様なものすごい魔法も入っているのよ」
「た、たとえばどんな」
バイヤーが言いかけたが、リラにあっさりと遮られる。
「それを教えちゃったらつまらないでしょ? でも、ものすごい魔法、とだけは言っておくわ。そうそう、今の魔法って昔と呼び方が違うのよね。そこを統一するのに苦労したわ」
リラはそう言うと、こらえきれないように、うふふ、と笑った。
「ねえ、考えてみて? 素敵でしょ? あなたたちが、一握りの大魔術師しか使えないような高度な魔法を自在に操れるのよ」
「その一種類だけだろ」
バイヤーが吐き捨てる。
「それも、そのカードが引ければの話だ」
そう言って、バイヤーはため息をついた。
「ああ、地元の祭りを思い出すよ。僕は今よりずっと小さくて、そこにくじ引きの屋台が出ていたんだ。たくさんの魅力的な景品が並んでいた。でも、僕はそのどれも手にできなかった。少ないお小遣いはみんななくなった。祭りが終わるころにこっそり見に行ったら、景品はどれも手つかずで残っていたよ」
「それは、商売の話」
セラハが言った。
「これは公平なゲームの話。そうよね、リラ」
「うん、もちろん」
リラは頷く。
「リラだって、せっかく入れたすごい魔法をあなたたちに使ってほしいもの。そんなせこいことするわけないよ」
「そうよね。リラは九つの石の中で一番強い魔女だもの」
セラハが付け加える。
「言葉を違えるなんて、そんなことをするわけないわ」
「いいこと言うね、セラハ。その通りよ。あなたたち相手にずるなんかする理由がないわ」
リラは満足そうに言った。
「まあ、まずは私の作ったコースを見てよ」
そう言うと、リラはぐるりと大きく腕を振った。
その瞬間、景色が一変した。
「あっ」
「えっ」
思わずセラハたちも声を上げる。
三人はいつの間にか、細い道の上に立っていた。
左右両側は、底も見えない断崖だった。
まっすぐ前に伸びる道は、途中から黄色の靄に隠されて、先が見えない。
「これって」
セラハが後ろを振り返ると、大きな木の看板に、子供の拙い字で『リラのゲーム スタート地点』と書かれていた。
その看板より後ろには何もない。
どこまでも続く、青い虚無の空間。
ここにはこの細い道しかなく、そして三人が今いるのはそのどん詰まりなのだ。
「ここから前に進んで、ゴールにたどり着くだけ」
リラの声に、三人は顔を上げた。
黄の魔女は三人のすぐ横の空中に、ふわふわと浮いていた。
嬉しそうな無邪気な笑顔で小首をかしげる。
「ね、簡単なゲームでしょ?」
「僕には分かるよ、きっとこれは最悪のゲームだ」
ぼそりと、バイヤーが言った。
「これならあの、当たりのないくじ引き屋の方がよっぽどましだ」




