黄のリラ
「さあ、カードを引いて」
黄色い髪の少女が無邪気に微笑む。
「どれでも、好きなのを」
カードの束を差し出されたバイヤーは、伸ばしかけた手を途中で止め、難しい顔で考え込んだ。
「ええと」
「そんなに悩まなくたっていいのよ」
少女は笑う。
「考えても分かるものじゃないんだから」
「そうね」
頷いたのは、セラハだ。
「バイヤー。とりあえず、引くしかないわ。それから考えましょう」
「私もそう思う」
キュリメも小さな声で言った。
「時間もそんなにないし。引きましょう」
「よ、よし」
バイヤーは意を決したように一枚のカードを引いた。
「ああ、何だこれ」
カードを裏返して、バイヤーは天を仰いだ。
「鬼火の術だって。こんなところで」
うふふ、と少女が笑う。
「それだって、使いようよ」
2組の残る三人、バイヤー、セラハ、キュリメの三人は、アルマークとモーゲンと別れてからずいぶん歩いたところで、高い木の枝に腰かけている黄色いワンピースの少女を見付けた。
「あれが石の魔術師……かしら」
セラハの言葉に、先頭のバイヤーが首を傾げる。
「僕らよりも年下の女の子じゃないか。一年生くらいに見えるぜ」
「見た目に惑わされちゃだめ」
最後尾のキュリメが言った。
「あの子、ものすごく強い力を持ってるわ」
「じゃあやっぱり、あれが黄色の石の魔術師なのか」
バイヤーは二人の女子を振り返る。
「どうする」
「どうするって、行くしかないでしょう」
セラハの答えは明快だった。
「こんなところでもじもじしていたって仕方ないもの。とりあえず、声をかけてみましょう。あとは相手の出方次第よ」
「君のそういうところはすごいな」
バイヤーは鼻白んだ顔で、一歩下がる。
「僕は、知らない人と友好的に話すのはそんなに得意じゃない。セラハ、頼むよ」
「いいわよ」
気楽に頷いて、セラハが先頭に立つ。
臆することもなく、さくさくと足元の雑草を踏みしだきながら歩いていき、セラハは大きな声で少女に呼びかけた。
「こんにちは」
その声が聞こえたのだろう。少女は三人のほうに顔を向けて、嬉しそうに微笑んだ。
「こんにちは」
少女は可愛らしい声で言うと、枝から飛び降りた。
「あっ」
思わずバイヤーが声を上げるほどの高さだった。しかし少女はまるで羽根のようにふわりと地上に降り立った。
「こっちにいらっしゃいよ」
少女が手招きする。
「一緒に遊びましょう」
「遊ぶだって?」
バイヤーが、セラハの後ろで険しい声で呟く。
「おかしなことを言うじゃないか。まるで本当の子どもみたいだ」
「でも、子供のわけはないわ」
キュリメが言う。
「子どもにあんな魔法は使えないもの」
「そんなこと分かってるよ。なんていうか、石の魔術師って言うからイルミス先生みたいなのが出てくると思ってたんだ。だから、調子が狂うな」
「気持ちは分かるわ、バイヤー」
セラハは振り向いて、難しい顔をしたバイヤーに頷く。
「でも、行かなきゃ始まらないわ。行きましょう」
「ああ。君に任せるよ」
バイヤーは言った。
セラハは少女に向き直ると、そのまま近付いていく。
少女は歩み寄ってくる三人を笑顔で待っていた。
「こんにちは」
自分の前に立った三人に、少女はもう一度言った。
「こんにちは」
セラハが言い、後ろの二人も軽く会釈する。
「私は、九つの兄弟石の一つ、黄のリラ。あなたたちの名前も教えてほしいな」
そう自己紹介した少女が、髪や服だけでなく、瞳の色まで黄色いことに三人は気付いた。
「私はセラハ」
セラハが微塵の躊躇もなく、自分の名前を名乗る。
「よろしくね、リラ」
「素敵な名前ね、セラハ」
リラは微笑んだ。
「いいお友達になれそう」
「私もそう思うわ」
セラハも微笑み返す。
「後ろの二人の名前も知りたいわ」
リラが、セラハの後ろに目を向けた。
「僕はバイヤーだよ」
バイヤーはぶっきらぼうに答えた。
「私は、キュリメ」
キュリメは小さな声で答える。
「バイヤーとキュリメ、ね。覚えたわ」
リラはにこりと笑った。
「じゃあ、遊びましょう」
「遊ぶだって?」
バイヤーが尖った声を上げた。
「どうして、こんなところで遊ばなきゃいけないんだ」
「バイヤー」
セラハがそっと彼を押しとどめて、リラに向き直った。
「リラ、ごめんなさい。私たちは急いでいるの。大事な友達が闇の魔術師の魔法に捕らわれてしまって、その子を助けるにはあなたの黄色の宝玉が要るの」
「知ってるわ」
リラは笑顔のままで頷く。
「でも、宝玉は私自身なの」
リラは明るい声で言った。
「だから、ただじゃあげられない。だって、せっかくこの姿になれたんだもの」
リラは両手を広げてくるりと回る。
「ほら。手もあるし、足もある。本当は、ずっとこのままの姿でいたい」
「リラ。気持ちは分かるけれど」
「でも、私にもあいつとの契約があるから」
リラは微笑む。セラハの背後で見ていたキュリメには、その目にちらりと邪悪なものが混じったように感じた。
「だから、あなたたちの相手をしてあげなきゃいけないの。もちろん私はすっごく強いから」
リラはそう言いながら、手に小さな光球を作り出した。
野鳥の卵ほどの大きさのそれの中に、この一帯全てを吹き飛ばすほどの魔力が凝縮しているのがセラハたちにも分かった。
「本気を出せば、あなたたちを殺すのなんて簡単なの。だいたい、私たちを呼び出す魔術師って普通はそういうことを頼んでくるのよね。あいつを殺してくれ、とか、あの魔物を退治してくれとか」
笑顔で物騒なことを言いながら、リラは光球を手でぎゅっと握り潰した。手の中でくぐもった爆発音が響くが、リラの小さな身体は微動だにしなかった。
「キュリメ、前言撤回だ」
バイヤーが小さな声で囁いた。
「やっぱりあいつは、間違いなく石の魔術師だ」
「ええ」
キュリメも厳しい目でリラを見つめる。
「強敵だわ」
爆発に一瞬目を瞬かせたセラハが、それでも笑顔のままで首を傾げると、リラは嬉しそうに話を続けた。
「あのね、普通に戦ったら、多分私って九色の中でも一番強いんじゃないかな。もちろん実際に戦ったことはないんだけど、勢いだけの赤とか気取った青とか、わけわかんない白とか薄汚い黒なんかよりも、私の方がよっぽど強いと思うんだよね」
「それは、他の色の魔術師のことを言っているの?」
セラハの問いに、リラは、うん、と頷く。
「付き合いが長いから、大体のことは分かるのよ。緑や紫なんてきっとまともに戦えないし、銀と金も偉そうにふんぞり返ってるだけ。戦いになると、いつも先頭に立つのは私か赤だもの」
「それじゃあ、あなたはすごい強敵ってことね。私たちにとっては」
「まあ、そうなるのかな」
リラは頬に指を当てる。
「でも今回は、すぐに殺しちゃうわけにはいかないのよ。面倒だけど、あなたたちの力に合わせた戦いをしなさいって」
「私たちの力に合わせた戦い」
セラハは目を見張る。
「誰が、そんなことを」
「私たちに直接そう言ったのはリーダーのグウィントだけど」
リラはそう言って、大きな目をくるりと回す。
「でも金にそう言ったのは、あの闇の魔術師なんじゃないの? 黒と同じ臭いのする、薄汚い魔術師」
セラハたちは、顔を見合わせた。
「まあ、あいつらのことはいいのよ」
リラは両手を振った。
「だから、私考えたの。ゲームをやろうって」
「ゲーム?」
「そう。ゲーム」
リラは楽しそうに言うと、振っていた両手を顔の前で、ぱん、と合わせた。
その手から、ばらばらとカードがこぼれ落ちた。
「私特製の魔法カードよ」
そう言ってカードの束を拾い上げると、自分を不審そうに見つめるバイヤーに微笑む。
「ほら。一枚引いてみて」
「断る」
バイヤーは両手を自分の背中にさっと隠した。
「得体の分からないものは引かない」
「怖がることないのに。これはただの練習」
リラは笑ってそう言うと、カードの束を今度は目の前のセラハに差し出した。
「大丈夫よ、セラハ。これは練習だから」
「じゃあ、一枚」
セラハは一番上のカードをめくった。
そこには子供の字で「湧水の術」と書かれていた。
「湧水の術って書いてあるわ。これがどうかしたの?」
セラハの問いに、リラは嬉しそうに笑う。
「セラハ。灯の術を使ってみて」
「え?」
セラハはきょとんとした顔で、それでも灯の術を使おうとした。
「……あれ、出ない」
「え?」
バイヤーが険しい声を出す。
「やっぱり何かの罠か」
「じゃあ今度は湧水の術を使ってみて」
「ええ」
セラハが魔力を集中すると、杖の先から水が噴き出した。
「使えるわ」
「そう。今セラハは、カードに書かれた魔法しか使えなくなったのよ」
「なんだ、それは」
バイヤーが怒りの声を上げる。
「早く元に戻せ」
「練習だって言ったでしょ」
リラは肩をすくめる。
「あんまりうるさいと、先に殺しちゃうわよ」
「な」
「これから、説明するわ」
リラは心から愉しそうに言った。
「私の考えた、素敵なゲームを、ね」




