かくれんぼ
「三人で、かくれんぼしましょう」
紫の魔女ウーベの、突然の子供じみた提案。
それを耳にしたリルティは、戸惑った表情を見せた。
「か、かくれんぼ……?」
「ええ、かくれんぼ」
ウーベはにこにこと頷く。
「楽しそうでしょ?」
それにどう答えていいものか、判断がつかないという顔でリルティは口をつぐんだ。不安そうにローブの袖をぎゅっと握りしめる。
「いいわ」
きっぱりと答えたのは、やはりレイラだった。
「かくれんぼね。付き合ってあげるわ」
にこりともせずに、レイラは魔女の提案を受け入れた。
「その代わり、ちゃんと約束してもらうわ」
魔女から目を逸らさずに、冷たい声でそう言い放つ。
「終わったら、石に戻ること。それを約束できるのなら、かくれんぼでも何でも付き合ってあげる」
「もちろんよ」
ウーベは妖艶な笑みを浮かべて即答した。
「かくれんぼが終われば、私は石に戻るわ。だって、あなたたちにはあまり時間がないんだものね」
あからさまに、自分たちの心を読んだかのような発言に、リルティがまた不安そうに自分の肩を抱く。
「ただし、真剣勝負よ」
ウーベの声に、微かに魔女の凄みのようなものが加わる。
「私に勝たなければ、かくれんぼは終わらない」
「どういうことかしら」
その威圧感に気付いていないはずはないのだが、それでもレイラは冷静な態度を崩さなかった。
「具体的には、どうすれば勝ちなのかしら」
「制限時間を設けるわ」
ウーベの答えもまた、明快だった。
「制限時間内に、相手を見付けることができれば鬼の勝ち。見付からなければ、鬼の負け。ね、分かりやすいでしょ」
その言葉に、レイラは小さく頷く。
「ご納得いただけたかしら」
ウーベは微笑む。
「こちらの提案に付き合ってもらう代わりに、あなたたちに好きな方を選ばせてあげる」
そう言うと、ウーベは右手を挙げて、指を二本立てた。
「あなたたちが隠れて、私がそれを見付けるか。それとも、私が隠れて、あなたたちがそれを見付けるか」
ウーベは小首をかしげて二人を見る。
「私はどっちでもいいわよ。さあ、選んで」
そう言われて、リルティはごくりと唾を飲んだ。
隠れるか、それとも見付けるか。
どちらがいいのだろう。
有利か、不利か。はっきりとは分からないが、これはとても重要な選択な気がする。
不安で胸の張り裂けそうなリルティにも、それだけは分かった。
「レ、レイラ」
リルティはレイラを振り返る。
「選べって。どうしよう」
レイラは冷たい表情のまま、顎に手を当てて思案していた。
「リルティ」
目だけをちらりと動かして、リルティを見る。
「あなた、かくれんぼって得意?」
意外な問いに、リルティは目を瞬かせた。
「え?」
「私ね」
レイラは真剣な顔のまま、声を潜める。
「かくれんぼってやったことがないのよ」
「……あ」
リルティは口に手を当てた。
レイラの言葉に、リルティにも思い当たる節があったのだ。
一年生、入学したての頃のレイラの様子が脳裏をよぎる。
そうだ。レイラは、みんなとは違った。
まだまだ遊びたい盛りの九歳の少年少女の中に混じって、レイラはその時すでに大人びた雰囲気をまとっていた。
目の覚めるような美貌と相まって、別のクラスだったリルティも彼女を見た時に受けた鮮烈な印象をまだはっきりと覚えていた。放課後、森や庭園で遊びに興じる同級生たちから離れ、いつも一人、どこかの茂みへと入っていく彼女の姿も。
「やったことないって、ええと」
リルティはそれでも、レイラ同様声を潜めて尋ねた。
「一度も?」
「ええ」
レイラは当然のように頷く。
「一度もないわ」
それから、少しばつが悪そうに付け加える。
「でも、やり方くらいは分かるわよ。要は、隠れる方は見付からないようにうまく隠れれば良くて、探し出す方は相手の隠れていそうなところを探せばいいんでしょ」
「う、うん」
何だか急に不安が大きくなって、リルティは青ざめた顔で頷いた。
「それでいいんだけど」
ああ、ノリシュがここにいてくれたらいいのに。
リルティは、いつも頼りにしている優しいルームメイトのことを思い出す。
けれど、今そんなことを考えたって仕方ない。
「実は私も、かくれんぼってそんなに得意じゃないの」
微かに震える声で、リルティは言った。
「じっと隠れていると、不安になるの。ずっと見つけてもらえないんじゃないかって。鬼になったときも、さっきまで一緒にいた友達がみんな急にいなくなっちゃうから、もしかして私を置いて帰っちゃったんじゃないかって思うと、泣きたくなる」
情けないことを言ってしまっている自覚はあったが、リルティは素直にそう吐露した。
そして、言った後でやはり後悔した。
強いレイラにこんなことを言ったら、どう思われるだろう。
やっぱりこの子と一緒に来るんじゃなかったって思われるだろうか。
「そう」
けれどレイラは笑いも蔑みもしなかった。
「あなたも苦手なら、話が早いわ」
代わりに、ひどく冷静にレイラは言った。
「それじゃあ、ちょっと戦略的に考えましょう」
「戦略的に……?」
「相手は一人、こちらは二人よ」
レイラはちらりとウーベを見た後で、そう言った。
「その場合は、隠れるのと見付けるの、どちらが有利かしら」
「ええと」
レイラの冷静さに半ば崇敬の念を抱きながら、それでもリルティは必死に頭を回転させる。
こちらが隠れるとすれば、相手は一人で二人分を探さなければならない。私たち二人ができるだけ離れて隠れれば、かなり時間を稼ぐことができるだろう。
逆に、こちらが鬼で見つける側だったなら、二人で手分けして一人を探せばいいことになる。効率よく動けば、これもこちらに有利な気がする。
「ど、どっちも」
覚束ない声でリルティは答えた。
「私たちが有利な気が、する……」
「そうね」
その答えを予想していたように、レイラは頷く。
「こちらが二人である以上、私たちの有利はどちらでも一緒」
「う、うん」
「人数だけで考えればね」
「え?」
「紫のウーベ」
不意にレイラは、ウーベに呼びかけた。
「あら、決まった?」
ウーベは微笑む。二人が話し合っている間、退屈そうに木にもたれかかっていた魔女は、ゆっくりと上体を起こした。
「どっちにするの?」
「その前に教えて」
あくまで冷静に、レイラは言った。
「かくれんぼの範囲は、どこからどこまでなの」
その言葉に、リルティも、ああ、なるほど、と納得する。
かくれんぼをやる時に、友達同士で必ず決めておかなければならない重要なルールは、それだ。
際限なく遠くまで行ってしまってもいいのなら、鬼が相手を見つけることは不可能に近くなってしまう。
「決める前に、ちゃんとそれを確認するのね」
ウーベは頷く。
「抜け目ない子たちね」
それから左腕を上げ、優雅な動作で空中にぐるりと円を描いた。
魔力で作られた大きな光の輪が、広がりながら空に昇り、再び森の奥へと降りていく。
「この光の線で描かれた円の範囲内にしましょう。隠れる都合もあるから決して狭くはないけれど、そこまで広い範囲でもないわ。あなたたちの足でも普通に回り切れるくらいの大きさよ」
「分かった。それでいいわ」
レイラは頷き、それからリルティに目を向けて声を潜めた。
「決まりね」
「え?」
「私たちは、鬼よ」
「鬼」
リルティは鸚鵡返しに繰り返す。
「探す方をするってこと?」
「ええ」
レイラは頷く。
「その方が私たちに有利だわ」
「……どうして?」
リルティは尋ねた。範囲が決まったのなら、どうして探す方が有利なのか。
「私たちは、この森について何も知らない」
レイラは言った。
「ここで待ち構えていたウーベは、この森についてある程度は知っていると見るべきよ。それなら、こちらがどんなにうまく隠れたつもりでも、相手はその場所を把握している可能性が高い」
確かに、レイラの言う通りだ。
リルティは頷く。
この森のことをよく知らない自分たちが隠れるところなど、ウーベにはもうお見通しなのかもしれない。
「ウーベが隠れる側ならどうかしら。確かに、巧妙な隠れ場所があるのかもしれない。でも、範囲が決まっている以上、二人でしらみつぶしに探せばきっと見付けられるわ」
「……うん」
リルティは頷きながら、レイラの頭の回転の速さに感動すら覚えていた。
言われてみれば、その通りだ。自分にも理解できる。
レイラは何も難しいことは言っていない。
けれど、この緊迫した状況で瞬時に正しい論理的な判断を下せる聡明さ。
やっぱりレイラは私達とは違う。
リルティは心からそう思った。
「それでいいかしら、リルティ」
「うん」
リルティは頷いた。
「レイラの言う通りだと思う。私、見付けられる気がする」
その言葉に、レイラはちらりと微笑む。
「ありがとう」
それから、レイラはウーベに向き直った。
「決まったわ」
レイラはきっぱりと言った。
「私たちは鬼。隠れたあなたを見付ける側になる」
「鬼、ね」
ウーベは頷く。
「分かったわ。そうね、二人で探されたら、すぐに見つかってしまうかもしれない」
そう言いながら、ウーベが口元を歪めた。
そこから覗く犬歯を見て、リルティは不意に不安に駆られた。
何だろう、この不安は。
レイラの言っていることは正しいのに。
「じゃあ、決まりね。あなたたちが鬼。私は隠れることにするわ」
ウーベが言う。
リルティの不安はますます募る。
ウーベの表情。
選んだんじゃない。
鬼を、選ばされた。
どうしてだろう、そんな気がする。
「楽しみだわ。うまく隠れられるかしら」
ウーベが言った。また、鋭い犬歯が覗いた。
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