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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十四章

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ライヌル

 時間が止まったかのように静まりかえる庭園の中を、二人の男が歩く。

 同じ灰色のローブをまとってはいるが、その立場は正反対といってよかった。

 一方は、ノルク魔法学院の教師であり、己の生徒たちを護るために現れたイルミス。

 かたや、ウェンディの命を人質にとり卒業試験と称して危険極まりないゲームに生徒たちを巻き込んだ、闇の魔術師ライヌル。

 歩くにつれ、古代の魔術師ロデ・ウルスタンドの作り上げた樹上庭園は、奇怪な姿の彫刻が徐々にその数を減らし、花の枯れ果てた花壇が目立ち始めていた。

 唯一、養生された芝生の緑だけは入口と変わらないものの、奥に進むにつれて庭園は荒廃した空気をまといつつあった。

 庭園の中央に位置する巨大な泉をとっくに通り過ぎたというのに、イルミスの後ろを歩くライヌルは無言のままだった。

「ああ、そこだよ。イルミス」

 伸び放題で荒れた植え込みを二つも越えたところで、ライヌルがようやく声を上げた。

「随分と歩かせてすまなかった。やっと着いたよ」

 イルミスは目の前の光景に眉をひそめて足を止める。

「……これは」

「いい出来だろう」

 そう言ってイルミスの脇を、ライヌルがすり抜ける。

 ぐるりと大きな円状に配された石畳。

 その内側が、剥き出しの地面になっていた。

 荒れかけてはいるものの、かつては丹念に整備されていたであろう庭園の緑の中で、その飾り気のない黒ずんだ一角だけが異様に見えた。

 ライヌルは躊躇なく石畳を踏み越えて、地面に歩を進める。

「分かるかな、君には」

 ライヌルは円の中心まで来ると、くるりとイルミスを振り返った。

「この意味が」

 イルミスは石畳の外で、自分を見つめる闇の魔術師を静かに見返した。

「見立てているのか」

 イルミスは言った。

「学院の武術場に」

「さすがは我が友」

 ライヌルは芝居がかった笑顔を浮かべて手を叩いた。

 イルミスの言う通り、その剥き出しの地面は、ノルク魔法学院の武術場の地面を思わせる質感だった。

「高等部の最後の年、私は武術大会に参加できなかった。もう学院を去ってしまっていたからね」

「君のいない武術大会は、静かだった」

 イルミスは言った。

「私が優勝したが、前年までと水準が違うことは誰の目にも明らかだった。もし君がいたならば」

「君ならそう言ってくれると思っていた」

 ライヌルはイルミスの言葉を途中で遮った。

「だから用意したんだ。この武術場を」

 そう言って、ゆっくりと両腕を広げる。

「学院の武術大会みたいなお遊びじゃない。ここで私たちは、全力の魔法でお互いの命を奪い合う、本当の勝負をするんだ。そうして、本当の決着をつける」

 ライヌルの笑顔の奥に潜む凶暴な目の光に、イルミスは静かに息を吐く。

「決着、と君は言うが」

 イルミスはまだ石畳に足を踏み入れない。

「学院での八年間、君はあらゆる面において私を上回っていた。魔法でも、武術でも、級友や教師の人望という面においてもだ。君の圧勝と言ってもいい。これ以上何の決着をつけたいと言うのか」

「私は君にずっと嫉妬していた」

 ライヌルは笑顔を崩さない。

「学院での成績なんてくだらない話はやめたまえ、イルミス。君の持つ才能に遠く及ばない教師どもの付ける点数になど、何の価値もないのだから。端的に言えば、私の魔法は凡愚どもの目にも分かりやすかった。そして、君の才能は分かる者にしか分からなかった」

「ライヌル。君の目的がよく理解できない」

 イルミスは言った。

「生徒を取り戻すため、私は君を倒す。だがそれは私たちの学院生活などとは何の関係もないはずだ」

「関係あるよ。大ありさ」

 ライヌルは答える。

「私がアルマーク君に課した、蛇の試練のことを覚えているかい」

「蛇の試練」

 イルミスは眉を寄せた。常に冷静なその顔に、怒りの表情が覗く。

 ライヌルがアルマークの右手に仕込んだ四匹の蛇。そのために、アルマークがどれだけの危険を冒し、どれだけの傷を負ったことか。

「よくも試練などと言えたな。あれは呪いだ。断じて、試練などとは呼ばせん」

「呪いにも祝福にもなり得るのが、試練というものだろう」

 平然と、ライヌルは言った。

「そしてアルマーク君は全ての蛇を祝福に昇華してみせた。強い子だ。強く、賢く」

 そう言いながら、口元を歪ませる。

「そして、哀れだ」

「哀れだと」

 聞き咎めたイルミスに、ライヌルは首を振る。

「あれだけの素質を持つ少年が、老人の妄執のような運命に縛りつけられている。それを哀れと言わずして何と言う。あの薄汚い棒っ切れを手放しさえすれば、楽になれるというのにね」

「どの口で言う、ライヌル」

 イルミスは吐き捨てるように言った。

「アルマークにあんな卑劣な罠を仕掛けた張本人が」

「順番を間違えるなよ、イルミス」

 ライヌルは邪悪な笑顔のままで首を振る。

「運命が先にあった。私の試練はその後だ」

 そう言うと、ライヌルは空を見上げた。

 魔法具の作り出した異空間の空にも、太陽は輝いていた。

 雲一つない晴天。

「星」

 ライヌルは言った。

「今は目に見えなくとも、星はこの空に確かに輝いている。そうだろう、イルミス」

 イルミスは答えない。ライヌルは気にする様子もなく、続ける。

「せこい連中さ。昼間、太陽が輝いているうちは姿を隠しているくせに、夜になると途端に輝き出すんだ。この空で最も輝いているのは自分だ、みたいな顔をしてね」

 そう言うと、はっ、と声を出して笑う。

「あんなみじめな星どもが、人の運命を縛っているのだと学院長は言う。ふざけた話じゃないか。日の光の下にも出て来られないような連中が、我々の運命を握っているだって?」

 その口調が次第に激しさを増していく。

「何が運命だ。星読みの言う、運命などというその言葉こそが、人を縛る呪いの鎖だとは思わないか、イルミス」

 ライヌルは荒々しく、開いた両手を天に掲げた。

「私は何も持たずに生まれた。服も、食べるものも、親さえもだ。学院長は、そんな私にも運命だけはあると言う。冗談じゃない。何も与えてもらえなかったのであれば、私も何も掴まない。たとえ掴めと言われようともだ。運命だと。そんな鎖は、自らの手で断ち切ってしまえばいい」

 その言葉に、イルミスは目を見開いた。

「断ち切っただと」

 そう呟いて、目の前のかつての友の姿を見る。

「ライヌル。まさか君は」

 ライヌルは両手を下ろすと、少し照れたように表情を緩めた。

「この話題になると、どうも精神の均衡を欠く」

 そう言って、不意に右手を振った。

 その手の中に、節くれだった杖が現れる。

 自然界ではあり得ないほどの、邪悪なねじくれ方をした杖。

「アルマーク君に与えた試練に、私はメッセージを織り込んでおいた。伝わっただろうか」

 ライヌルの言葉に、イルミスは静かに答える。

「貨幣は財力、書物は知力、指輪は権力、杖は魔力、そして剣は武力。全て力の象徴だ」

「さすがイルミス」

 ライヌルは笑い、それからイルミスの顔を伺うように見た。

「それで?」

 その問いに、イルミスは怪訝な顔をする。

「それで、とは何だ」

「なんだ。分からなかったのか、君ほどの男でも」

 ライヌルはあからさまに落胆した表情を見せた。

「君にも分からなければ、誰にも分からないじゃないか」

「何の話だ」

 イルミスの問いに、ライヌルは気を取り直したように微笑む。

「仕方ない、友人のよしみで教えてあげよう。最初の貨幣は、まあ偶然でもあるのだがね。そこで思い付いたのさ。ああ、これなら君には分かるかもしれないな、と」

「私に?」

「ああ」

 ライヌルは頷く。

「貨幣、すなわち商人。書物は知識階級、指輪は王族や貴族だ。杖は魔術師、剣はまあ、鎌や鍬でも良かったのだがね。肉体労働を生業とする多くの者たち。農民や兵士を表したかった」

 その言葉に、イルミスはますます怪訝な表情をする。

「それが、何だと」

「それらの人々を象徴した蛇を、アルマーク君が消していく。一匹、また一匹と。商人も、学者も、貴族も魔術師も、多くの一般庶民たちも」

 ライヌルは楽しそうに言った。

「蛇が全て消えたとき、残るのは誰だい」

 その顔に暗い笑みが浮かぶ。

「何者でもない出自を持つ、私じゃないか。世界を構成する全ての人々が消えた時、残るのは、世界のどこにも属さないこのライヌルだけじゃないか」

「……君は」

「画家は自分の作品に署名をするだろう」

 ライヌルの身体の中で闇が蠢くのを、イルミスは感じ取っていた。

「ライヌル」

「だから、これは私の署名だ」

 ライヌルは言った。その身体から、ついにはっきりと腐臭が漂い始める。

「私はライヌル。何者でもない、ただ一人のライヌルだ」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] ライヌルのこれまでの人生が悲しすぎる… 何人でもないただのライヌル…ずっと学生の頃からそう叫びたかったんでしょうね。嫉妬や蔑みの中で…心の叫びのようで切ない。 ライヌルは、今、魂と体が…
[良い点] ライヌルさんの想いが明らかになって来ましたね……。 この世界で言う「運命」がどういったものかはわかりませんが、自分の道が全て決まっているというような考えに対する反発心は理解できます。 それ…
2022/05/29 16:43 退会済み
管理
[良い点] イルミスもライヌルも好きなので、読むのが辛い戦いになりそうです。ライヌルもきっと良い先生になれた筈なのに。運命に抗おうとする苦しみすら星読みが見通していた未来の一部なのだとしたら、、あまり…
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