ベリー
「まあ、君も座ってよ」
モーゲンはアルマークを自分の隣に座らせる。
「手がかりはあるのさ」
そう言って、モーゲンは先ほど偽者のアルマークにしたのと同じ説明を繰り返した。
「パイに入っていたフォーンベリーは、フルベリーよりも酸味が強くて、粒は一回り大きかった。色までは分からないけど」
「フルベリーよりも大きかったのか」
アルマークは手を伸ばして、自分の積み上げた果実やベリーの山を崩す。
「そこまで分かってるなら、話は早い。ベリーからいこう。それらしいものを候補に出してみるよ」
そう言いながら、色とりどりのベリーを並べていく。
「これはフルベリーよりも小さいな」
毒々しい赤紫のベリーを脇によける。
「うん。それは小さすぎるね」
モーゲンは頷いて、その左隣のベリーを指差す。
「そっちは逆に大きすぎるね」
「ああ、これか」
アルマークは鮮やかな緑色のベリーを同じようによける。
そんな風にしてめぼしいベリーをより分ける頃には、モーゲンの脇腹の痛みもほとんどなくなっていた。
「よし。傷も治ったよ」
モーゲンはそう言って治癒術の光を消す。
「よかった」
アルマークはほっとした表情を見せた。
「でも、結構魔力を使ってしまっただろう」
「うん、そうだね」
モーゲンは頷く。
この森で目覚めてから、次々に現れた三匹の魔物と戦い、その後で傷を癒すための治癒術まで使っている。事実、モーゲンの魔力は相当消耗していた。
だが、そんな弱音をここで吐くわけにはいかない。
「大丈夫。食べたら元気になるよ」
モーゲンは言った。
「ちゃんと食べれば大丈夫。僕のことは知ってるだろ、アルマーク」
「ああ」
アルマークは頷いて、一瞬何か言いたそうな顔をしたが、すぐにそれを隠すように微笑んだ。
「ベリーや果物じゃ、あまり君のお腹には溜まらないかもしれないけど」
「さっきのパイをもう一切れもらっておくんだったね」
そう答えながらモーゲンにも、アルマークが自分の疲労に気付いていることは分かった。
けれど、彼がそれ以上何も言ってこないことがありがたかった。
モーゲンも、今ここで余計な気遣いをしてほしくはなかった。
この森で、僕はアルマークに守ってもらう足手まといじゃなくて、アルマークの相棒なんだ。
モーゲンは自分に言い聞かせる。
だから、自分のできることを全力でやる。
「じゃあ、これからいこうかな」
そんな決意はおくびにも出さず、モーゲンはそう言って青いベリーを手に取った。
口に入れる前に、丹念に匂いを嗅ぐ。
「ふうん。ミクベリーに似てる」
色も形も全然違うのにな。
ベリーの表面をつぶさに見つめた後で、モーゲンはベリーを顔から離すと、摘まんだ指にちょっと力を入れる。ベリーがわずかに潰れて、指に付いた青い果汁を、モーゲンは慎重に舐めた。
「大丈夫かい」
アルマークが心配そうにのぞき込む。
「食べられそうなものを選んだつもりなんだけど」
「うん」
モーゲンは頷いて、ベリーを割り、果肉を口に入れる。
「ちょっと青臭いのを我慢すれば意外といける」
もぐもぐと口を動かしながら、モーゲンは言った。
「だけど、これじゃないなあ」
そう言いながら次のベリーに手を伸ばす。
同じ手順で慎重に味見をしてみてから、やはり首を振る。
「うん、これは食用には向かないやつだ。毒はなさそうだけど」
「そうか、これもだめか」
アルマークは残りのベリーをモーゲンの前に丁寧に並べる。
「僕も手伝えたらいいんだけど」
「気にしないで」
モーゲンは言いながら、次のベリーの匂いを嗅ぐ。
「あっ、これは悪くないな」
そう言いながら、果汁を舐めた瞬間、モーゲンは顔をしかめてそれを吐き出した。
「これはだめだ」
モーゲンは渋い顔で舌を出す。
「舌が痺れちゃった」
「えっ」
「刺激性の魔力が流れてる。もしかしたら、ちゃんと熟すまではそういう性質があるベリーなのかも」
モーゲンは口の中で舌を動かしてみる。
動きに影響はないが、味覚はしばらく戻らなそうだ。
怪我ではない以上、治癒術で治すこともできない。
「ベリーの味はしばらく分からないや。ごめん、アルマーク」
「いや、謝るのは僕の方だ。僕がそんなものを持ってきたのがいけなかった」
「匂いはすごくいいんだ。これは僕も気付かないよ」
そう言ってから、モーゲンは悔しそうにそのピンク色のベリーを見た。
「でも時間がもったいないな」
「それじゃあ、ユキメイズミの蜜っていうのはどうなんだい」
アルマークが気を取り直したように提案する。
「今のうちにそっちの候補も選別しよう」
「ああ、ユキメイズミはね」
モーゲンは申し訳なさそうに、アルマークの持ってきた果実の山を見た。
「きっとこの中にはないと思う」
「えっ」
アルマークは目を見張る。
「見たことがあるのかい」
「いや、ないよ」
「それならどうして分かるんだい」
「うん。あくまで僕の予想なんだけど」
モーゲンは前置きした。
「ユキメイズミっていうのは、木の名前だと思う」
「木」
アルマークはその言葉を繰り返した。
「草や花じゃなくて、木の名前なのかい」
「ノルク島には生えていないんだけど、僕の地元にはユウセノイズミっていう木があってね」
モーゲンは言った。
「根がすごく地中深くまで張っていて、吸い上げた水分を、幹に蓄えた魔力で甘くするんだ。夏の暑い時期には、この木の幹から染み出した樹液に虫がたくさん集まるんだよ」
「樹液か」
アルマークは合点のいった顔をする。
「確かに、木の名前も似ているね。ユキメイズミと、ユウセノイズミ」
「父ちゃんが言ってたよ。まるで泉みたいに水分を幹に溜めこむから、そういう名前が付いたんだって」
モーゲンの言葉に、アルマークは深く頷いた。
「君の父さんが言っているのなら、間違いないね」
「いや、アルマークは僕の父ちゃんに会ったことないでしょ」
モーゲンが苦笑いすると、アルマークは真剣な顔で、関係ないよ、と首を振る。
「木工の匠たる君の、さらに師匠に当たる人じゃないか。そんな人がそう言っているなら、それはもう間違いないよ」
「僕が木工の匠っていうのも、君が勝手に言っているだけだけど」
モーゲンはそう言うと、それでもまんざらでもない様子で立ち上がった。
「そういうわけで、僕の舌が治るまで、ユキメイズミの木を探しに行こうよ」
「賛成だ」
アルマークはまだモーゲンが試食していない残りのベリーをローブの袖に入れると、自分も立ち上がる。
「ユキメイズミの生えていそうなところに、心当たりは?」
「ユウセノイズミなら、葉っぱを見れば分かるんだ」
モーゲンは答えた。
「どこか、高い場所に行きたいな。そこから探せれば」
「木に登ってみるかい」
「僕には木登りは無理だよ」
モーゲンは慌てて首を振る。
「それに、君に登ってもらうにしても、もうちょっと見晴らしのよさそうなところの木がいいな」
「そうだね」
アルマークは頷いた。
「ここに来るまでに、それっぽい地形は見たよ。行こう」
「うん」
「傷は大丈夫かい」
「もちろん」
モーゲンが両腕を上げてみせると、アルマークは表情を和らげた。
「この森では、君が頼りだ。木登りとか魔物の相手とか、そんな簡単なことは全部僕に任せてくれ」
普通は、そっちの方がよっぽど難しいんだけどな。
モーゲンは思わず噴き出した後で、不思議そうな顔のアルマークの肩を叩いた。
「分かったよ、そういう君にしかできないことは君に任せる。ゆっくりしていられないからね、行こう」




