(閑話)ルタの聞き込み(2番手ルート)・後編
さて、モーゲンはどこにいるのだろうか。
談話室の外の廊下を歩きながら、あなたは考える。
もうすぐ夕食になるこの時間なら、きっともう寮に戻っているはずだ。
談話室にいなかったということは、直接モーゲンの部屋を訪ねるのが手っ取り早いかもしれない。
そんなことを考えながら、二階へと上る階段に差し掛かった時だった。
「ありがとう、モーゲン」
「また作ってね」
「今度は僕、龍がいい」
そんなことを口々に言いながら、1年生の男子生徒たちが階段を駆け下りてきた。
皆、手に手に小さな木製の人形を持っていた。
シンプルなデザインで犬や猫、ウサギなどを象った、ちょうど彼らの手のひらに収まるサイズのものだ。
あなたは少年たちをやり過ごしてから、階段の上を見上げた。
ちょうど丸っこい背中がふかふかと遠ざかっていくところだった。
いた。
「モーゲン」
そう呼びかけながら、あなたは階段を二段飛ばしに駆け上る。
「ちょっと待ってくれ」
階段を上り切ると、人のよさそうな丸い顔のモーゲンがあなたを待っていた。
「やあ、ルタ」
モーゲンはにこりと微笑んだ。笑うと目がまるで一本の線のようになってしまう。
「久しぶりだね。どうしたんだい」
「ちょっと君に聞きたいことがあってね」
あなたは息を整えて、それからちらりと階下を振り返る。
「さっきの一年生たち、みんな木のおもちゃを持っていたけど。あれ、まさか君が作ったのかい」
「ああ、うん」
モーゲンは頷いた。
「用務員のカッシスさんから余った木材の端をもらってね。それを簡単に動物の形に削っただけなんだけど」
そう言って微笑む。
「1年生にあげたら、意外と好評だったみたいで。僕にも僕にもって行列ができちゃって参ったよ」
「君は器用なんだね」
あなたは素直に感心する。
「さっきの1年生たちみんなに作ってあげたってことだろう?」
「大したことじゃないよ」
モーゲンはのんびりと手を振る。
「どんな形がいいかって聞いたら、みんな犬とか猫とかウサギとか、まあ似たような形だから作るのにそんなに困らないんだ。中には船なんて言う子もいたけど。ちょっとそれっぽく見えるように削ってあげるだけだからね。もう少し時間があれば、多少は立派にできたはずなんだけど」
「いや、すごいよ。意外な才能だな」
あなたは改めてモーゲンを見た。
「君はそういえば木こりの息子だったか」
「うん」
モーゲンは頷く。
「昔から木で遊んできたからね。そういうのは得意なんだ。そのせいで、夏の休暇にはマイアさんにずいぶんとこき使われたんだけど」
「マイアさんにかい」
その話にも興味があったが、廊下の真ん中で長々と立ち話をするのもどうかと思われた。あなたは廊下の向こうに見えるソファに目を向ける。
「ちょっとあそこのソファにでも座らないか」
あなたがそう提案すると、モーゲンは口をもぐもぐと動かしながら「いいよ」と頷いた。
「ん? 何か食べてるのかい」
「ああ」
モーゲンはローブの袖から焼き菓子を取り出した。
「これだよ」
「いつの間に口に入れたんだ」
あなたは目を瞬かせる。モーゲンから目を離したのはごく一瞬だった。その間に、気付いたらもうモーゲンは口をもぐもぐさせていた。
「自分でも割と無意識だから、いつ口に入れたと言われても困るんだけど」
モーゲンはばつが悪そうにそう言うと、歩き出す。
「ソファ、いいね。夕食まであそこのソファにのんびり座って過ごそう」
のんびりしているのか抜け目がないのか分からない。あなたはモーゲンの後について廊下を歩く。
「ああ、気持ちがいいな」
そう言って幸せそうにソファに身を沈めたモーゲンを見下ろす形で、あなたは壁に寄りかかった。
「ルタ。君は座らないのかい」
「僕は大丈夫」
あなたは手を振る。
「僕まで座ったら、ちょっと窮屈そうだからね」
ソファはモーゲンの丸っこい身体が埋まると、もうあと三分の一くらいしか残っていない。そこに無理に身体を押し込む気にはなれなかった。
「ああ、ごめん。ちょっとソファが小さかったね」
モーゲンがすまなそうな顔で立ち上がろうとするのを、あなたは手で制す。
「いいんだ、モーゲン。座ったままでいいから、ちょっと話を聞いてくれるかい」
「うん。いいけど」
モーゲンは不思議そうな顔をした。
「そういえば、僕に聞きたいことがあるとか言ってたね」
「そうなんだ」
あなたは頷く。
「武術大会優勝おめでとう。しかも君はクラスの優秀選手にまで選ばれていたね」
「いや、あれはなんというか」
モーゲンは照れたような困った顔をする。
「大会で一番最後の試合に勝ったっていうのと、それで優勝が決まったからっていう理由だと思うんだ。本当は僕なんかが選ばれるものじゃないよ」
「でも、君はあのコルエンに勝ったじゃないか」
あなたは本題に切り込んだ。
「それも、試合開始直後の一撃だった。コルエンの突きは僕の目にも相当速く見えたよ。あれをかわしざまに一撃で勝負を決めるなんて。いや、あの時の君は僕の知っているモーゲンじゃなかったよ」
「いやあ」
モーゲンはますます困った顔をする。
「本当にあれは出来すぎっていうか。全部がうまくいったっていうか、その」
その曖昧な物言いにあなたが首を傾げると、モーゲンは恥ずかしそうに言葉を添えた。
「僕がコルエンに勝つには、あれしかなかったんだよ。最初の一撃をかわして打ち込むっていうあの戦法しか」
確かに、それはそうかもしれない。コルエンとモーゲンの身体能力の差は圧倒的だ。
モーゲンが勝つとすれば、確かに試合開始直後のあの瞬間しかなかっただろう。
「だから僕がコルエンよりも強いとか、そんな風に見られると非常に困るというか」
「でも、その勝ち方は君が自分で考えたんだろ?」
「まさか」
モーゲンはぶるぶると首を振る。
「とんでもない。僕にそんな考えが浮かぶはずないじゃないか」
「じゃあ」
「アルマークだよ」
モーゲンはあなたの聞きたかった名前を口にした。
「アルマークが教えてくれたんだ。コルエンに勝てるたった一つの方法も、そのための勇気の出し方も」
「アルマークか」
あなたは重々しく頷いてみせる。
「確かに、彼の強さは大会でも際立っていたね」
「そうでしょう」
モーゲンは嬉しそうに身を乗り出した。
「すごいんだよ、アルマークは。剣を持ったら無敵なんだ」
「無敵かどうかは分からないけど」
あなたが苦笑すると、モーゲンは顔をしかめて首を振る。
「いや、無敵なんだよ」
「無敵ねえ」
「うん。無敵なんだ」
この少年にしては珍しく、モーゲンは頑なにそう言った。
無敵はさすがに言いすぎだと思うが、そんなことで言い争っても仕方ない。あなたは頷いてみせる。
「分かったよ。君がそう思うなら、それでもいいけど」
「その言い方は納得してないね、ルタ」
モーゲンは目を細めてあなたを見た。
「でも、君も剣を持ったアルマークを見ればきっと分かってくれると思うよ」
その言葉に、あなたはまた首を傾げる。
「剣を持った彼なら、僕も武術大会で見たよ」
「いや、あんな練習用の剣じゃなくて」
モーゲンは首を振る。
「アルマークの自分の剣だよ」
「自分の剣」
君が要領を得ない顔で繰り返すと、モーゲンは、うん、と頷いてまた焼き菓子を食べ始めた。
ローブの袖から取り出して口に入れるまでが恐ろしく滑らかで、全く無駄な動きがない。
「アルマークってどんな子なんだい」
あなたが尋ねると、モーゲンは口をもぐもぐさせながら、うーん、と唸る。
「どんな子って言われてもね。難しいな。勇気があって賢くて、でも抜けてるところもあって。すごく優しいんだけど、厳しいところもあって。一言じゃ言えないなあ」
「君とウェンディが、彼と一番仲がいいって聞いたよ」
「一番かどうかは分からないけど」
モーゲンはそう言って微笑む。
「でも、そうだね。これだけは言えるかな。僕はアルマークの言うことなら信じるよ、たとえそれがどんなに突拍子もないことでも」
「え?」
静かな口調だったが、モーゲンの言葉には強い意志が込められていた。
あなたの知るモーゲンは、こんなに断固とした口ぶりで喋る少年ではなかった。そのギャップにあなたは少し戸惑う。
「アルマークの言うことなら、信じるのかい」
「うん」
モーゲンは頷く。
「どんなことでも?」
「うん」
「それはどうしてだい」
「だって、アルマークが僕を信じてくれるから」
モーゲンは答えた。
「だから僕もアルマークを信じるしかないじゃないか」
あなたは思わず言葉に詰まった。
「ええと、それはどういう」
謎かけめいたモーゲンの答えに、あなたはなおも尋ねようとしたが、モーゲンは急にそわそわし始めた。
1階で食堂の扉が開いて、夕食の匂いがここまで漂ってきたからだ。
「夕食の時間だ」
モーゲンが言う。
「ああ」
あなたは頷いた。
「そうみたいだね」
「今日の夕食、鶏のソテーじゃないか」
「匂いで分かるのかい」
「当たり前じゃないか」
モーゲンはソファから勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、ルタ。僕はもう行くよ」
「ああ」
あなたは頷いた。
仕方ない。夕食には勝てない。
「ありがとう、モーゲン」
あなたがそう言うと、モーゲンは足を止めてあなたを見た。
「アルマークは、放課後は補習を受けてるんだけど、昼休みなら教室か図書館にいるよ」
そう言って、モーゲンは微笑む。
「君も話してみなよ。きっと仲良くなれると思うよ」
それだけ言うと、モーゲンは丸っこい身体を弾ませて階段を駆け下りていった。
それを見送ってから、あなたはモーゲンとの会話を頭の中で反芻した。
あなたの知っているモーゲンと、今のモーゲンはどこか違う。
うまく言えないけれど、モーゲンが変わったというのは、間違いないことのようだ。
そしてそれは、アルマークの影響らしい。
アインの推理は、やはり正しかったのかもしれない。
あなたは、自分の報告を聞いて得意げに笑うアインの顔を想像した。
もしかしたらアインは、昼休みに図書館に行くって言い出すかもしれないな。
あなたにはなんとなくその予感があった。
人をいろいろと使うけれど、結局最後は自分で確かめなければ気が済まないたちなのだ、アインという少年は。
まあそれはもう僕の仕事じゃない。アインの好きにすればいいさ。
あなたは大きく伸びをすると、ゆっくりと階段を降り始めた。




