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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十三章

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(閑話)ルタの聞き込み(2番手ルート)・後編

 さて、モーゲンはどこにいるのだろうか。

 談話室の外の廊下を歩きながら、あなたは考える。

 もうすぐ夕食になるこの時間なら、きっともう寮に戻っているはずだ。

 談話室にいなかったということは、直接モーゲンの部屋を訪ねるのが手っ取り早いかもしれない。

 そんなことを考えながら、二階へと上る階段に差し掛かった時だった。

「ありがとう、モーゲン」

「また作ってね」

「今度は僕、龍がいい」

 そんなことを口々に言いながら、1年生の男子生徒たちが階段を駆け下りてきた。

 皆、手に手に小さな木製の人形を持っていた。

 シンプルなデザインで犬や猫、ウサギなどを象った、ちょうど彼らの手のひらに収まるサイズのものだ。

 あなたは少年たちをやり過ごしてから、階段の上を見上げた。

 ちょうど丸っこい背中がふかふかと遠ざかっていくところだった。

 いた。

「モーゲン」

 そう呼びかけながら、あなたは階段を二段飛ばしに駆け上る。

「ちょっと待ってくれ」

 階段を上り切ると、人のよさそうな丸い顔のモーゲンがあなたを待っていた。

「やあ、ルタ」

 モーゲンはにこりと微笑んだ。笑うと目がまるで一本の線のようになってしまう。

「久しぶりだね。どうしたんだい」

「ちょっと君に聞きたいことがあってね」

 あなたは息を整えて、それからちらりと階下を振り返る。

「さっきの一年生たち、みんな木のおもちゃを持っていたけど。あれ、まさか君が作ったのかい」

「ああ、うん」

 モーゲンは頷いた。

「用務員のカッシスさんから余った木材の端をもらってね。それを簡単に動物の形に削っただけなんだけど」

 そう言って微笑む。

「1年生にあげたら、意外と好評だったみたいで。僕にも僕にもって行列ができちゃって参ったよ」

「君は器用なんだね」

 あなたは素直に感心する。

「さっきの1年生たちみんなに作ってあげたってことだろう?」

「大したことじゃないよ」

 モーゲンはのんびりと手を振る。

「どんな形がいいかって聞いたら、みんな犬とか猫とかウサギとか、まあ似たような形だから作るのにそんなに困らないんだ。中には船なんて言う子もいたけど。ちょっとそれっぽく見えるように削ってあげるだけだからね。もう少し時間があれば、多少は立派にできたはずなんだけど」

「いや、すごいよ。意外な才能だな」

 あなたは改めてモーゲンを見た。

「君はそういえば木こりの息子だったか」

「うん」

 モーゲンは頷く。

「昔から木で遊んできたからね。そういうのは得意なんだ。そのせいで、夏の休暇にはマイアさんにずいぶんとこき使われたんだけど」

「マイアさんにかい」

 その話にも興味があったが、廊下の真ん中で長々と立ち話をするのもどうかと思われた。あなたは廊下の向こうに見えるソファに目を向ける。

「ちょっとあそこのソファにでも座らないか」

 あなたがそう提案すると、モーゲンは口をもぐもぐと動かしながら「いいよ」と頷いた。

「ん? 何か食べてるのかい」

「ああ」

 モーゲンはローブの袖から焼き菓子を取り出した。

「これだよ」

「いつの間に口に入れたんだ」

 あなたは目を瞬かせる。モーゲンから目を離したのはごく一瞬だった。その間に、気付いたらもうモーゲンは口をもぐもぐさせていた。

「自分でも割と無意識だから、いつ口に入れたと言われても困るんだけど」

 モーゲンはばつが悪そうにそう言うと、歩き出す。

「ソファ、いいね。夕食まであそこのソファにのんびり座って過ごそう」

 のんびりしているのか抜け目がないのか分からない。あなたはモーゲンの後について廊下を歩く。

「ああ、気持ちがいいな」

 そう言って幸せそうにソファに身を沈めたモーゲンを見下ろす形で、あなたは壁に寄りかかった。

「ルタ。君は座らないのかい」

「僕は大丈夫」

 あなたは手を振る。

「僕まで座ったら、ちょっと窮屈そうだからね」

 ソファはモーゲンの丸っこい身体が埋まると、もうあと三分の一くらいしか残っていない。そこに無理に身体を押し込む気にはなれなかった。

「ああ、ごめん。ちょっとソファが小さかったね」

 モーゲンがすまなそうな顔で立ち上がろうとするのを、あなたは手で制す。

「いいんだ、モーゲン。座ったままでいいから、ちょっと話を聞いてくれるかい」

「うん。いいけど」

 モーゲンは不思議そうな顔をした。

「そういえば、僕に聞きたいことがあるとか言ってたね」

「そうなんだ」

 あなたは頷く。

「武術大会優勝おめでとう。しかも君はクラスの優秀選手にまで選ばれていたね」

「いや、あれはなんというか」

 モーゲンは照れたような困った顔をする。

「大会で一番最後の試合に勝ったっていうのと、それで優勝が決まったからっていう理由だと思うんだ。本当は僕なんかが選ばれるものじゃないよ」

「でも、君はあのコルエンに勝ったじゃないか」

 あなたは本題に切り込んだ。

「それも、試合開始直後の一撃だった。コルエンの突きは僕の目にも相当速く見えたよ。あれをかわしざまに一撃で勝負を決めるなんて。いや、あの時の君は僕の知っているモーゲンじゃなかったよ」

「いやあ」

 モーゲンはますます困った顔をする。

「本当にあれは出来すぎっていうか。全部がうまくいったっていうか、その」

 その曖昧な物言いにあなたが首を傾げると、モーゲンは恥ずかしそうに言葉を添えた。

「僕がコルエンに勝つには、あれしかなかったんだよ。最初の一撃をかわして打ち込むっていうあの戦法しか」

 確かに、それはそうかもしれない。コルエンとモーゲンの身体能力の差は圧倒的だ。

 モーゲンが勝つとすれば、確かに試合開始直後のあの瞬間しかなかっただろう。

「だから僕がコルエンよりも強いとか、そんな風に見られると非常に困るというか」

「でも、その勝ち方は君が自分で考えたんだろ?」

「まさか」

 モーゲンはぶるぶると首を振る。

「とんでもない。僕にそんな考えが浮かぶはずないじゃないか」

「じゃあ」

「アルマークだよ」

 モーゲンはあなたの聞きたかった名前を口にした。

「アルマークが教えてくれたんだ。コルエンに勝てるたった一つの方法も、そのための勇気の出し方も」

「アルマークか」

 あなたは重々しく頷いてみせる。

「確かに、彼の強さは大会でも際立っていたね」

「そうでしょう」

 モーゲンは嬉しそうに身を乗り出した。

「すごいんだよ、アルマークは。剣を持ったら無敵なんだ」

「無敵かどうかは分からないけど」

 あなたが苦笑すると、モーゲンは顔をしかめて首を振る。

「いや、無敵なんだよ」

「無敵ねえ」

「うん。無敵なんだ」

 この少年にしては珍しく、モーゲンは頑なにそう言った。

 無敵はさすがに言いすぎだと思うが、そんなことで言い争っても仕方ない。あなたは頷いてみせる。

「分かったよ。君がそう思うなら、それでもいいけど」

「その言い方は納得してないね、ルタ」

 モーゲンは目を細めてあなたを見た。

「でも、君も剣を持ったアルマークを見ればきっと分かってくれると思うよ」

 その言葉に、あなたはまた首を傾げる。

「剣を持った彼なら、僕も武術大会で見たよ」

「いや、あんな練習用の剣じゃなくて」

 モーゲンは首を振る。

「アルマークの自分の剣だよ」

「自分の剣」

 君が要領を得ない顔で繰り返すと、モーゲンは、うん、と頷いてまた焼き菓子を食べ始めた。

 ローブの袖から取り出して口に入れるまでが恐ろしく滑らかで、全く無駄な動きがない。

「アルマークってどんな子なんだい」

 あなたが尋ねると、モーゲンは口をもぐもぐさせながら、うーん、と唸る。

「どんな子って言われてもね。難しいな。勇気があって賢くて、でも抜けてるところもあって。すごく優しいんだけど、厳しいところもあって。一言じゃ言えないなあ」

「君とウェンディが、彼と一番仲がいいって聞いたよ」

「一番かどうかは分からないけど」

 モーゲンはそう言って微笑む。

「でも、そうだね。これだけは言えるかな。僕はアルマークの言うことなら信じるよ、たとえそれがどんなに突拍子もないことでも」

「え?」

 静かな口調だったが、モーゲンの言葉には強い意志が込められていた。

 あなたの知るモーゲンは、こんなに断固とした口ぶりで喋る少年ではなかった。そのギャップにあなたは少し戸惑う。

「アルマークの言うことなら、信じるのかい」

「うん」

 モーゲンは頷く。

「どんなことでも?」

「うん」

「それはどうしてだい」

「だって、アルマークが僕を信じてくれるから」

 モーゲンは答えた。

「だから僕もアルマークを信じるしかないじゃないか」

 あなたは思わず言葉に詰まった。

「ええと、それはどういう」

 謎かけめいたモーゲンの答えに、あなたはなおも尋ねようとしたが、モーゲンは急にそわそわし始めた。

 1階で食堂の扉が開いて、夕食の匂いがここまで漂ってきたからだ。

「夕食の時間だ」

 モーゲンが言う。

「ああ」

 あなたは頷いた。

「そうみたいだね」

「今日の夕食、鶏のソテーじゃないか」

「匂いで分かるのかい」

「当たり前じゃないか」

 モーゲンはソファから勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、ルタ。僕はもう行くよ」

「ああ」

 あなたは頷いた。

 仕方ない。夕食には勝てない。

「ありがとう、モーゲン」

 あなたがそう言うと、モーゲンは足を止めてあなたを見た。

「アルマークは、放課後は補習を受けてるんだけど、昼休みなら教室か図書館にいるよ」

 そう言って、モーゲンは微笑む。

「君も話してみなよ。きっと仲良くなれると思うよ」

 それだけ言うと、モーゲンは丸っこい身体を弾ませて階段を駆け下りていった。

 それを見送ってから、あなたはモーゲンとの会話を頭の中で反芻した。

 あなたの知っているモーゲンと、今のモーゲンはどこか違う。

 うまく言えないけれど、モーゲンが変わったというのは、間違いないことのようだ。

 そしてそれは、アルマークの影響らしい。

 アインの推理は、やはり正しかったのかもしれない。

 あなたは、自分の報告を聞いて得意げに笑うアインの顔を想像した。

 もしかしたらアインは、昼休みに図書館に行くって言い出すかもしれないな。

 あなたにはなんとなくその予感があった。

 人をいろいろと使うけれど、結局最後は自分で確かめなければ気が済まないたちなのだ、アインという少年は。

 まあそれはもう僕の仕事じゃない。アインの好きにすればいいさ。

 あなたは大きく伸びをすると、ゆっくりと階段を降り始めた。





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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりモーゲン。 安定のモーゲン。
[良い点] モーゲンの安心感というか、人の良さの表れた言動にほっこりしました。そして不意に強い信頼を見せるところにドキリ。してやられた感のあったウォリスルートだけでなく、こちらにはこちらの魅力があって…
2022/03/09 16:50 退会済み
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[一言] 無駄に洗練された無駄のない無駄な動き……って、こういうことか……(戦慄) 良いですね、とても面白かったです、とても。
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