(閑話)ルタの聞き込み(2番手ルート)・前編
600話記念企画「ルタの聞き込み」で投票いただいたクラスメイト達のうち、活動報告上では一位の生徒のところにルタが聞き込みに行ってくれていますが、こちらは二位の生徒のところに聞き込みに行ってくれている別バージョンとなります。活動報告の一位バージョンと合わせ、IFルート?のような感じでお楽しみいただけたら。
あなたは、ノルク魔法学院3年1組の生徒だ。
名は、ルタ・ファロゲン。
平民ではない。れっきとしたマイクス公国の貴族の息子だ。といっても、実家はさほど裕福ではなく、平民とさほど変わらない育ち方をしてきた。
中肉中背の、取り立てて特徴のないところが特徴のようなあなただが、武術大会では3組との試合に出場し、見事、対戦相手のキリーブ・ベアノルドを瞬殺して一勝を挙げた。
だが、あなたたち1組の健闘にも関わらず、大会で優勝したのは3年2組だった。
武術大会が終わって数日後の放課後、あなたはクラス委員のアインから頼み事をされた。
「2組の武術大会優勝は、まったくの予想外だった」
校舎の外の植え込みの陰。あなたを呼び出したアインは、腕を組んでそう言った。
「君も見ただろう。クラス委員のウォリスを欠いていながらの、あの団結」
「団結してたのかな」
あなたは大会の時の2組の様子を思い出す。
「確かに応援は凄かったような気もするね」
「応援も、まあそうだな。だが、試合に出てきた生徒たちの気迫が違った」
アインはその時のことを思い出したように顔をしかめる。
「トルクやウェンディの戦いぶりも意外だったが、何よりもモーゲンがあのコルエンに勝つとは思わなかった」
「モーゲンか」
あなたは頷いた。
「そうだね。僕もあれにはびっくりしたな。モーゲンとは去年同じクラスだったけど、武術は苦手だったし、そもそも選手に選ばれるとは思ってなかった」
「そうだろう」
アインはあなたの答えに満足したように微笑む。
「2組は急に強くなった。どうしてだと思う」
「どうしてって」
そんなこと分かるはずがない。
あなたが首を振ると、アインはにやりと笑った。
「ルタ。僕はその秘密を解く鍵はあの編入生にあると見ている」
「編入生って、ああ」
あなたはその少年の顔を思い出して頷く。
「あのアルマークとかいうやつか。試合でポロイスを派手に吹っ飛ばしていたね」
「そう。彼だ」
アインは頷く。
「彼が編入してきてから、2組は急速に変わったと僕は見ている」
「そうかな」
「そうだ」
アインは断言した。
「僕はあのアルマークという生徒に興味がある」
そう言うと、アインは身を乗り出して声を潜めた。
「そこで君に頼みたいんだ。2組の生徒から彼のことを聞きこんできてもらいたい」
「え、聞き込み? 僕がかい」
あなたは目を瞬かせる。
「どうして僕が。そういうことはブレンズの専門じゃないか」
1組の誇る初等部随一の情報通にして噂魔の少年の名を挙げると、アインは首を振った。
「ブレンズの情報は尾ひれ背ひれが付きすぎる。こういう時にはふさわしくない」
「じゃあフィッケでいいじゃないか」
あなたが、アインがいつも手足のように使っている少年の名を出すと、アインは嫌そうな顔をした。
「フィッケを使うのは肉体労働の必要がある時だ。何を聞いたのかもすぐに忘れるような奴を、聞き込みになど使えるわけがないだろう」
それもそうだ、とあなたもフィッケの締まりのない顔を思い出して納得する。
「じゃあ、カラーとか、ムルカとか」
1組でも顔が広そうな生徒の名前を挙げてみるが、アインは首を振った。
「君が適任なんだ」
アインは言った。
「2組には、君と去年同じクラスだった人間が多い。そうだろう?」
「ええと」
あなたは2組の生徒の顔を思い出して、頷く。
「そうだね、まあ」
本当にアインはそういうことをよく覚えている。
あなたの表情などお構いなしにアインは、それに君には、と続ける。
「相手に余計な警戒心を持たせないという能力がある。君は男女問わず、誰とでも自然に喋れるだろう」
「そうかな」
「あのレイラとだって普通に喋るじゃないか」
「そりゃ喋るだけならね」
「トルクとも」
「だから、喋るだけならね。そんなの誰だってできるじゃないか」
「いや。誰でもできることじゃない」
アインは首を振る。
「少なくとも、僕には真似できない。トルクなど、僕が近付いただけで噛み付きそうな顔をする。君のその人畜無害な雰囲気は、それだけで一つの才能だ」
「それって褒めているのかい」
「好きに解釈したまえ」
アインの回答に、あなたは首を傾げる。
「人畜無害な雰囲気ねえ。あんまり自覚はないけどね」
「それも重要なことだ」
アインは訳知り顔で頷く。
「その無自覚なところがまた、相手に警戒心を抱かせないのだろう」
「そんなもんかな」
あなたが肩をすくめると、アインは、とりあえず、と言った。
「夕食前に、何人か声をかけて話を聞いてきてくれないか。アルマークがどんな人間で、クラスではどんな存在なのか」
「まあいいけど。アインにはお世話になってるからね」
「君ならそう言ってくれると思った。ありがとう、ルタ」
アインは微笑んだ。
「この時間なら、森の小川に行けばネルソンがいるだろう。2階の教室に行けば、まだリルティが残っているはずだ。講堂の裏に行けばバイヤーがごそごそしているだろう。ああ、珍しくガレインが一人で武術場の方へ行くのも見たぞ」
「どうして君はよそのクラスの連中のことまで、そんなに把握してるんだい」
「わざわざ把握しているわけじゃない。毎日きちんと目を開けて生活していれば、その程度のことは頭に入るだろう」
そういうのこそ、才能というんじゃないだろうか。
半ば呆れ、半ば感心しながら、あなたは考える。
さて、それじゃあどうしようか。
変わり種の編入生アルマークのことを、まずは誰に聞いてみようか。
★ ★ ★
「講堂の裏の、バイヤーのところにでも行ってみようかな」
あなたが言うと、アインはにやりと笑って頷く。
「さすがだな、ルタ。僕の見込んだ通りの男だ」
「え?」
あなたはきょとんとする。
「何がだい」
「そこでバイヤーを選ぶ君の勘の良さがだよ」
アインは答えた。
「バイヤーは、欠席していたウォリスを除いては2組の男子で唯一、大会に選手として出場しなかった生徒だ。大会に向けての諸々から距離を置いていた分、冷静に物事を見られているのではないかと思う。アルマークの加入によってクラスが結束を強める過程を、傍観者的立場で外から見ていた可能性も十分にある」
「はあ」
あなたは曖昧に頷く。
「そうかな」
バイヤーに聞いてみようと思ったのは、本当に何となくというだけで、別にそんな深い考えはなかった。
「もし君が迷うようなら、バイヤーにしろと言おうと思っていた。だが、君は迷わず彼を選んだ。さすがだな」
何だか、勝手に自分の評価が上がっている。
まあ、いいか。
別に損なことではない。
「そんなに褒めなくていいよ。行ってくる」
あなたはアインに手を振ってその場を離れた。
講堂の裏手は、日当たりの悪いじめじめとした場所で、2組の薬草博士ことバイヤーはそこに這いつくばるようにして何やらごそごそとしていた。
「バイヤー」
あなたが声をかけると、バイヤーはそのままの姿勢であなたの方を見もせずに答える。
「そこからこっちには、来ちゃだめだよ」
あなたは足を止める。
「どうしてだい」
「ちょっと静かにしててくれ」
バイヤーはそう言うと、ちょうどあなたからは見えない角度でしばらく黙々とごそついていたが、やがて上半身を起こした。
「採れた」
その手に持った細いピンセットの先につままれていたのは、目を凝らさないと見えないほどの小さな白い花だった。
「それ、何だい」
あなたがそう言いながら近付くと、バイヤーはその花から目を離さず、嬉しそうにあなたの目の前に持ち上げてみせる。
「カタルウネリゴケの花だよ」
バイヤーは囁いた。
「森の奥じゃなきゃ、めったに咲かないんだ。こんなところで見つかるなんて、ついてるよ」
「苔の花か」
あなたはその小さな花に目を凝らす。
「よく見付けたね」
「ニ、三日前から目を付けててね」
バイヤーは嬉しそうに答える。
「昨日は雨が降ったけど今日は晴れたじゃないか。これはもしかしたら、と思ったら案の定さ。大当たりだ」
そこまで口にしてから、バイヤーはあなたの顔を見て目を丸くした。
「なんだ、君はルタじゃないか」
「今気付いたのかい。誰と会話してるつもりだったんだ」
あなたが笑うと、バイヤーはばつが悪そうに頬を掻く。
「いや、てっきり僕はアルマークか誰かだと」
「アルマーク」
ちょうどいい名前が出てきたことに、あなたはほくそ笑んだ。
「バイヤー。僕はちょうど君にそのアルマークのことを聞きたくて来たんだ」
「アルマークのことを?」
バイヤーは眉をひそめる。
「どうして?」
「武術大会でずいぶん活躍していたじゃないか。どんな生徒なのかと思って興味が出たのさ」
「ふうん」
あなたの答えに小さく頷くと、バイヤーは傍らに投げ出されたカバンに目を落とした。
「ごめん、ルタ。そのかばんの中から本を出してもらいたいんだ」
「本?」
「うん。分厚いのが入ってるだろ」
そう言われてあなたがバイヤーのカバンを覗くと、確かに一冊、ずいぶん重そうな分厚い本が入っている。
「これかい」
そう言いながら取り出すと、バイヤーは頷く。
「そう、それそれ。適当なページを開いてくれるかな」
「ああ」
あなたが本の真ん中辺りの適当なページを開くと、バイヤーはピンセットで摘まんだ小さな花をそのページに丁寧に挟んだ。
「よし」
ほっと息をつくと、バイヤーは改めてあなたを見た。
「ああ、ごめんよ。アルマークのことだっけ」
「ああ」
「実はアルマークとは、そんなに深い話はしたことがないんだ」
バイヤーは言った。
「彼の方からも、あまり自分の話はしてこないよ。魔法にはすごく興味があるみたいだけど」
「それはまあ、魔法学院の生徒だからね。魔法に興味はあるだろうけど」
あなたは苦笑する。
「武術が凄かったのは僕も大会で見たけど、魔法の実力のほうはどうなんだい」
「実力も何も」
バイヤーはまた地面に広がる苔に目を落としながら、言った。
「まだほとんど何の魔法も使えないんじゃないかな。確か、やっと霧の魔法が使えるようになったんだったかな」
「そうなのかい」
あなたは驚く。
そんな状態で編入してきて、中等部に進級できるのだろうか。
「でもまあ、僕は心配してないね」
そう言いながら、バイヤーはまた地面に這いつくばった。
「彼はきっとやる男だと思うよ」
「どうしてだい」
「授業に取り組む姿勢が」
地面とほぼ同じ高さまで目線を落として、バイヤーは答えた。
「僕の薬草に対する姿勢にそっくりだからさ」
それだけ言うと、バイヤーはまたすっかり苔の世界に戻っていってしまった。
あなたがアルマークのことを他にも聞き出そうとしても、適当な生返事しか返さなくなってしまった。
仕方ない。
あなたは、バイヤーとの会話を打ち切ることにした。
「他の2組の生徒は今頃どうしてるだろうね」
駄目もとでそう尋ねてみると、意外にしっかりとした返事が這いつくばった姿勢のバイヤーから返ってきた。
「デグはデミトル先生の補習を受けてたな。武術場の裏の樹のところでノリシュも見たよ。キュリメはいつも図書館だし、2組の教室にはまだピルマンが残ってるんじゃないかな」
「ピルマン?」
あなたは聞き咎めた。
「そう言えば、そんな名前の男子も2組にいたね。顔はあんまり思い出せないけど」
「ピルマンは人に紛れるのが得意だからね」
バイヤーはそう言うと、あっ、と声を上げた。
「まさか。これってウミキリゴケの株じゃないのか」
地面を舐めるのかというくらいに顔を近付けて、バイヤーが苔を見つめている。
こうなってしまうと、彼は当分こちらの世界には戻ってこない。
あなたは彼に小さな声でお礼を言って、その場を離れた。
★ ★ ★
ピルマンか。
校舎の階段を上りながら、あなたはその顔を思い浮かべようとする。
名前は確かに知っている。けれど、その顔はぼんやりとしてなかなか思い出せない。
思い出そうとすると、必ず別の誰かの顔が邪魔をするのだ。
あなたが首を振ってコールの顔を自分の頭の中から追い出そうとしていた時、ちょうど3年2組の教室の前に着いた。
そっとドアを開けて覗き込んでみると、教室には誰もいなかった。
「あれ」
あなたは思わず呟きを漏らす。
バイヤーのやつ、苔に夢中で適当なことを教えたのかな。
舌打ちして、ドアを閉めようとした時だった。
「誰を探してるんだい」
不意に、無人の教室からそう声がした。
あなたはぎょっとしてもう一度室内に目を走らせるが、やはり誰もいない。
「いや、だから誰を探してるんだい」
笑いを含んだ声がもう一度した。
「まあ、と言っても僕しかいないんだけどね」
声のした方向の空気がぐにゃりと歪む。そこにぼんやりと姿を現した生徒がいた。
「姿消しの術か」
あなたはそう呟くと、突然出現した男子生徒に顔を向ける。
彼がピルマンだっただろうか。
どうも自信がない。
見覚えのあるようなないような、はっきりとしない顔だ。
「1組のルタじゃないか」
どうやら向こうはあなたのことを知っているようだ。
「君は、ピルマンだったね」
「そうだよ」
「僕は君に会いに来たんだ」
「僕に?」
ピルマンは目を丸くした。
「珍しいことを言う人だな、君は」
そう言って、手近の椅子に腰を下ろす。
「まあ、座ってよ」
「どうも」
あなたはピルマンの向かいに座ると、その顔をもう一度見た。
整っているというほどでもないが、不細工なわけでもない。特徴というほどの特徴のない顔。
「アルマークのことを聞きたくてね」
あなたが言うと、ピルマンは教室の後ろの方の席を指差した。
「アルマークの席はあそこだよ。隣の席はウェンディ」
「ウェンディの隣か」
あなたは頷いて、ウェンディ・バーハーブの可愛い顔を思い出す。こちらはすぐにはっきりと思い出せた。
「それは羨ましいね」
「そうかい」
ピルマンは首をひねった。
「僕なんかは、ウェンディの隣になんか座ったら緊張してあんまり喋れないけどね」
そう言って、頭の後ろで手を組む。
「でもアルマークはそんなことないみたいだ。ウェンディとはもちろん、レイラともトルクとも普通に話してるよ」
「みんなと仲がいいのか」
「そうだね。ああ、ウォリスとだけはあんまり話してるのを見たことないけど」
クラス委員のウォリスと?
あなたはそれが少し気になったが、ピルマンは構わず話し続ける。
「アルマークはすごいんだよ。来たばかりの武術の授業で、いきなりトルクを吹っ飛ばしてさ」
「ああ、その噂は聞いたことがあるな」
あなたは頷く。
今度来た編入生は、武術が強いらしいぞ。あのトルクが一撃で武術場の端から端まで吹き飛ばされて、気を失って医務室に運ばれたらしい。
そんなとても信じられない話を持ってきたのは、噂好きのブレンズだったはずだ。
「武術大会の前にもみんなの自主練習を提案してくれてさ。それでみんなで練習したんだ。トルクたちまで含めてだぜ」
「それは確かにすごいな」
あの癖の強いトルクたちを自主練習に誘うのは、あなたでも少しためらう。それを、来たばかりの編入生がやってしまうのか。
いや。
あなたは自分の考えに心の中で首を振る。
むしろ、来たばかりだからこそできるのかもしれない。
「おかげでたくさん練習ができたよ」
ピルマンは笑顔で言った。
「大会の優勝はそのおかげじゃないかな」
そう言った後でピルマンは、まあ僕は負けちゃったんだけどね、と付け加える。
「君は負けちゃったのかい」
あなたは言った。
「誰に?」
「君のクラスのフレインじゃないか」
ピルマンは少し不満そうに答える。
「自分のクラスの試合を見てなかったの?」
「え、フレイン?」
そうだっただろうか。
確かにフレインが勝ったのは覚えている。2組との四試合目だった。あなたも見ていたのだから、間違いない。
だが、フレインの対戦相手はこの少年だっただろうか。
思い出せない。
「これくらいでいいかな? 僕はそろそろ行くよ」
ピルマンが立ち上がる。
あなたは彼に、他の2組の生徒の所在を知らないか尋ねてみる。
「トルクならそろそろ森での訓練を終えてこの下を通りかかる頃さ。レイドーのお気に入りの茂みはあっち」
ピルマンは窓から眼下の景色の一点を指差す。
「多分、今日もいるよ。セラハはもう寮の談話室にいるね、これは絶対。あと、レイラは庭園で一人で魔法の訓練をやってると思うよ」
あなたはピルマンにお礼を言って2組の教室を出た。
外はだいぶ暗くなり始めているが、まだ夕食まで時間に余裕はある。
さて、それじゃあ誰のところに行こうか。
そう考えて、あなたはふと、さっきまで話をしていたピルマンの顔を思い浮かべようとした。
だがその顔が記憶の中で早くも曖昧模糊とし始めているのに気付いて、愕然とした。




