馬車で
ガライ王国の王都ガルエントル。
大陸南部最大の都市でもあるこのきらびやかな都の中心部には、王国の心臓部たる巨大な王城、ガルエントル城がそびえたっており、それを囲むようにして、王国各地に領土を持つ貴族たちの豪奢な屋敷がひしめき合っている。
その一角にある、とある貴族の館。
館の主らしき男は、椅子の背もたれに気だるげに身を委ねたままで、先程から部下の報告を受けていた。
様々な案件を部下が報告する間、男の目はぼんやりと虚空を見つめ、その口からは一言の言葉も発せられなかった。
報告を聞いているのかいないのか、まるで分からない態度だが、部下はもう慣れているらしく、淡々と報告を続ける。
「次にエルモンド卿の件ですが」
その言葉に、男が初めて反応した。
「話せ」
表情に変化はないが、目にわずかな光が宿った。
「以前からの工作が効を奏したようです。エルモンド卿の娘はミレトスに移動しました」
「そうか。予定通りだな」
男はその虚ろな表情に笑顔を薄く貼り付けた。
「例の傭兵どもは?」
「既にミレトスに向かっています」
「……あちらも着いたばかりは多少警戒しているだろう。数日待って警戒も緩んだ頃に動かせ」
「かしこまりました」
部下が部屋を出ていくと、男の顔に貼り付いていた笑顔はたちまち消え失せた。
男は再び虚ろな表情で、どこともない虚空を見つめ続けた。
朝早く、ノルク港から船に乗ったアルマークとモーゲンは、半日の船旅を経て対岸のレルブダの街に降り立った。
アルマークの背には愛用の長剣。
モーゲンの手には魔術実践場からこっそり持ち出してきた練習用の杖。
比較的安全なガライ王国内の旅とはいえ、子供二人では何があるか分からない。
野盗や追い剥ぎだって全くいないわけではないのだ。
二人は念のための用心に、それぞれの能力を発揮できる得物を持っていくことにしたのだ。
「懐かしいな」
アルマークは、レルブダの港を見回した。
彼がノルク島を出るのは入校以来のことだ。
「学院に来る前、船賃を稼ぐためにこの港で一ヶ月働いたんだ」
「一ヶ月!?」
モーゲンが目を丸くする。
「船賃を稼ぐだけでどうして一ヶ月もかかるのさ」
「当時の僕は無一文の乞食同然の子供だったからね」
とアルマーク。
「大人の三分の一も賃金はもらえないし、住むところ、食べるもの、全部差し引かれた。丸一日働いても手元にほとんど残らなかった」
まあ雇ってもらえただけでも運が良かったのさ、と事も無げに言う。
「僕のうちも大概貧乏だったけど」
モーゲンは感心して首を振る。
「アルマーク、君も苦労してるんだねぇ」
「そうでもないよ。別に死にかけた訳でもないし」
「いや、その基準はおかしいって」
二人はそのまま、乗り合い馬車の待合所に行き、王都ガルエントル行きの馬車に乗り込む。
御者は奇妙な子供ふたり連れの客を、もの問いたげにじろじろと見たが、運賃を受けとるとそれ以上は何も言わなかった。
馬車は街道をガルエントルに向けてごとごとと進んだ。
昼どきになると馬車は一旦休止し、御者は馬を休ませる。
するとどこからともなく食べ物のバスケットを持った商売人たちが現れ、乗客相手に昼食を売り始める。
モーゲンの腹が、ぐう、と鳴り、二人はまだ湯気のたつ焼いたばかりの肉を挟んだパンをそれぞれ買い求め、食べた。
それから再び馬車は街道を走り出す。
いくつかの村を抜け、比較的大きな街に着いたとき、馬車は止まった。
ぞろぞろと客が降りていく。
「今日はこの街までだ。また明日の朝に来な」
御者にそう声をかけられ、二人も馬車を降りる。
「今日の寝場所を探そう」
二人は乗り合い馬車の待合所近くの広場に行き、その隅の大きな木の下に腰を落ち着けた。
「天気もいいし、野宿日和だね」
モーゲンの言葉に頷く。
ノルクの街で買い込んでおいた乾パンや干し果物を夕食に食べ、モーゲンがかけた効き目の怪しい虫除けの魔法を気休めに、二人は眠った。
翌朝、寝ぼけ眼のモーゲンの手を引いて待合所に行くと、もう馬は馬車に繋がれ、出発を待っていた。
「ねぼすけども、置いてくところだったぜ」
御者はニヤリと笑った。
「早く乗りな。今日の昼にはガルエントルだ」
御者の言葉に二人は頷き、馬車に乗り込んだ。




