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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十三章

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氷の迷宮

 冷え切った空気の中に、こつ、こつ、とウォリスの足音だけが響く。

 氷の宮殿に向かって歩くその音までもが、まるで周囲の全てを凍らせる冬の冷気をまとっているようであった。

 ウォリスは白い息を吐きながら、宮殿の入り口をくぐる。

 外から見ていた時は宮殿内部は暗いかと思われたが、入ってみると意外にも明るかった。

 上から差す太陽の光が乱反射して、時折思わぬ方向から目を射てくる。

「入ったぞ」

 ウォリスは声を上げた。

「さあ、どこへ行く」

 高い吹き抜けのある大きな広間。

 ウォリスの声は反響して高いところまで上っていく。

 全て氷でできているとはいえ、宮殿は内部まできちんと作られていた。

 いくつもの扉と階段が見える。

「左手の扉が見えるか」

 どこからかフィラックの声がした。

「そこに入るがいい」

 ウォリスは無言でそちら側の壁に近付くと、無造作に扉を開けた。

 中もやはり、氷でできた小部屋だった。

 ウォリスが室内に入ると、今入ってきたばかりの扉が音もなく消え、ただの壁に変わる。

 小部屋に閉じ込められた形になったが、ウォリスは取り乱す素振りも見せなかった。

「冷静だな」

 フィラックの声がまた響いた。

「この宮殿には様々な仕掛けがあるが、お前にはどうもこれが一番お似合いのようだ」

 そう告げる声が、楽しそうに揺れる。

「鏡の迷宮」

 その声と同時に、四方の壁がまるで磨かれた鏡のように煌めいた。

 そこに映る無数の金髪の少年の姿を見て、ウォリスは肩をすくめる。

「悪趣味な部屋だ」

 ウォリスは言った。

「氷を鏡代わりにして、僕の姿を映しているだけだな。何の捻りもない」

 そう言うと、鏡に手をつく。

「僕を映して、それがどうした」

 その手に魔力の熱がこもる。

 ぱりん、と乾いた音を立てて氷の壁の一角が崩れた。

 しかし、崩れた先を覗き込んだウォリスの目の前に現れたのは、やはり鏡のような氷の壁に包まれた別の小部屋だった。

「ルールを説明する手間が省けて、助かるぞ」

 フィラックの笑い声。

「ウォリスよ。お前はどうもただの子供ではないな。何かを色々と隠している」

 その声にウォリスは答えない。

 無言で新たな部屋に足を踏み入れる。

 無表情の無数のウォリスが、また彼を出迎える。

「四方の壁に映るお前の中で、これだと思うお前の映った壁を砕くがいい」

 フィラックは言った。

「お前が正しい選択を続ければ、いずれはこの迷宮を出ることができるだろう。そうすれば、お前の勝ちだ」

「ただ、氷の壁を砕くだけでいいのか」

 ウォリスは淡々と事務的な口調で言う。

「実に簡単だな」

「さあて」

 フィラックはもったいぶるように笑う。

「試してみるがいい。そうだな、一つヒントを与えてやるとすれば」

 フィラックの声が徐々に遠ざかっていく。

「砕くのは、お前の隠しているお前の姿だ」

 フィラックの声が消えると、ウォリスは無言で小部屋を見まわした。

 ウォリスが砕いて入ってきた側の壁も、いつの間にか音もなく修復されていた。

 そちらに目をやると、冷たい目をした金髪の少年と目が合う。

 ウォリスは小さくため息をつくと、目の前の壁に手をついた。

 魔力を込めて押すと、壁は簡単に崩れた。

 次の小部屋に足を踏み入れると、ウォリスはまた目の前の壁を崩す。

 次の部屋に入ると、また目の前の壁を。

 そうやって、真っ直ぐに五部屋ほども進んだだろうか。

 ようやくウォリスは足を止めた。

「……ループしているな」

 そう呟く。

「ここは、最初の部屋だ」

 その部屋の隅に、小さく光るものがあった。

 それはウォリスが砕いた後の氷の欠片だった。

 壁を砕くときに、ウォリスはそっとその欠片に光る魔力を宿していたのだ。

「秀才は、頭で試してみなければ納得しないかね?」

 どこからかフィラックの声が響いてくる。

「目印をつけたり地図を書いたり、そんな普通の迷路を攻略するような要領でこの迷宮を突破しようと考えているのなら、それは不可能だと最初に言っておこう」

 その言葉に呼応するように、光っていた氷の欠片は床の氷に取り込まれるようにして消えた。

「この迷宮は、私の魔力で作り上げた世界。お前はすでに私の手の中にいるのだということを自覚するがいい」

 ウォリスはその言葉に答えず、顔を上げて周囲の壁を見る。

 同じ表情の自分が、それぞれの壁から見返してくる。

「どうした」

 不意に、ウォリスの目の前の壁に銀髪の青年の姿が浮かび上がった。

「ヒントは与えたはずだぞ」

 ウォリスは無言で杖を振るった。

 フィラックの姿を映した壁が粉々に砕け、その先にまた新たな小部屋が現れる。

「自分の姿を見るのは嫌いか」

 砕けた無数の氷の欠片の中で、無数のフィラックがそう言って笑い声をあげた。

「だが、向き合ってもらう。そんな行き当たりばったりで、このフィラックの迷宮から逃れられると思うな」

「逃れる?」

 その言葉にウォリスが反応した。

「逃れる、だと? この僕がか」

 ウォリスは足元で笑い声をあげるフィラックの欠片を乱暴に踏みにじった。

「言葉には気を付けろ」

 喋ったときに吐いた息の白さが増していた。

「威勢が良いのは大いに結構だが、ウォリスよ」

 フィラックの声が言う。

「聡明なお前ならば気付いているだろう。徐々に迷宮の中の冷気が強まっているということに」

 その言葉に偽りはなかった。

 確かに、ウォリスがこの迷宮に足を踏み入れた時よりも、室内の寒さは増していた。

「迷宮を出ることができなければ、ここで氷の仲間入りだぞ」

 肩をすくめたウォリスが、不意に右腕を伸ばす。

 右の壁が砕け、ウォリスはそこに身を躍らせる。

 次の小部屋を一瞥すると、今度は左の壁を砕く。

 次の部屋ではまっすぐ前に。

 そうやって、ウォリスは迷いなく壁を砕いていく。

 いくつの部屋を抜けただろうか。

 砕いた壁の先は、細い通路になっていた。

 通路は乱反射する光の先へと続いている。

「ここまでは正解だ」

 フィラックの声。

「氷の迷宮第一階層突破、といったところか」

 その言葉にも、ウォリスは嬉しそうな顔も見せない。手でローブに付いた氷の破片を払うと、通路を歩き出す。

「どうやって見抜いた」

 フィラックの声が追いかけてきた。

「正解の壁を」

「壁に映る無数の僕の中に、一人だけ不自然な奴がいた」

 ウォリスはそっけなく答える。

「本当の僕と全く同じ表情をしているように見えて、よく見ると少し邪悪な表情をしていたり、口元を歪めていたり、まあそんな奴だ」

「それをどの部屋でも一瞬で全て見抜いたというのか」

「隠された僕、だったか?」

 ウォリスは今度こそはっきりと嘲りの口調を滲ませた。

「そんなことを言うやつが仕掛けてきそうな、浅い仕掛けだった。優等生に見えてその実、内心では醜悪な感情や劣等感を抱えている、とでも言いたかったのだろうが」

 ウォリスは、にやりと笑う。

 それは掛け値なしに邪悪な表情に見えた。

「そんなところに僕の本質はない」

「お前」

 フィラックの声の調子が変わった。

「やはり、ただの子供ではないな。もっと何か」

「さあ、次の迷宮とやらを出せ」

 ウォリスは言った。

「僕を退屈させるな」





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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりウォリスが強い……! こうなってくると、むしろ彼が苦戦させられるような仕掛けをフィラックが用意できるのか、という気持ちになってきますね。どんな展開となっていくのか、次回も楽しみです。…
2022/02/03 02:27 退会済み
管理
[一言] やっぱウォリスさん頼りになるぅー‼︎
[良い点] ウォリスも少しは追い詰められるだろうか、と思いましたが、流石はいつも冷静なウォリス。 この後の展開が楽しみですね。 [一言] メッセージの件は大変申し訳ありませんでした。 お忙しいのに即興…
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