旅の準備
部屋に戻ったアルマークは、すぐに図書館で借りていたガライ王国地誌を開いた。
モーゲンに見せながら地図の上を指を走らせていく。
「このノルク島から王都ガルエントルまで2日。そこからウェンディのいるミレトスまで王の道の白馬車を使えば、2日で行ける。合計4日の旅だ」
「ちょちょちょっと待ってよ、アルマーク」
モーゲンが慌ててアルマークの腕を抑える。
「簡単に言うけど、王の道の白馬車だって? お金がいくらかかると思ってるの」
「白馬車を使わないなら、普通の乗り合い馬車で4日から5日。運賃は安いけど、宿代は別でかかる」
ま、僕は野宿で構わないけどね、とアルマークは平然と言う。
「嫌だよ。一日や二日ならともかく、五日も野宿するなんて。頭からキノコが生えちゃうよ」
モーゲンは激しく首を振る。
「もっと現実的な案はないの? 僕のお小遣いじゃガルエントルまでの往復でギリギリだよ。それだって一泊は野宿のつもりだったんだから」
「うーん……」
アルマークは考え込んだ。
「……仕方ない、やっぱりあの手を使うしかないか」
「あの手?」
「モーゲン、行こう。校舎だ」
アルマークがさっさと立ち上がる。
「校舎? 何をしに?」
「いいからいいから」
言いながら部屋を出ていくアルマークを、モーゲンが慌てて追いかける。
「急に凄い行動力だな、一体どうしたのさ?」
しばらくして。
アルマークとモーゲンは、学院長室の大きな机の前にいた。
「ふむ……」
ヨーログが思案顔で頷くのを、モーゲンは真っ青な顔で見つめている。
アルマークに付いてくるよう言われて、校舎までついて来たはいいが、まさかそのまま学院長室に入っていくとは。
そして、節目ごとの行事でしか見たことのない学院長に対して、ミレトスまで行きたいのでお金をください、と要求するとは。
アルマークがこんな無茶苦茶なことをする奴だったとは知らなかった。
モーゲンはアルマークに付いてきてしまったことを猛烈に後悔していた。
「確かに以前……」
ヨーログは口を開いた。
「お金が必要なら遠慮なく言いなさい、とは言ったがね。しかし、どうもずいぶんと額が大きいようだ」
「ダメでしょうか」
アルマークが言う。モーゲンはうつむいたままだ。
「二人でミレトスまで行く理由は何かね」
「友達に会うためです」
「友達に」
「はい。きっと寂しい思いをしているその友達に、ノルク島のナツミズタチアオイを見せてあげたい。その子はとてもその花を見たがっていたので」
「ふむ」
「道中、一番安全なのは、王の道の白馬車を使う方法だと思いました。でも、とてもそんなお金は持っていないので、もしいただけるなら、と思って来ました。ダメならいいんです」
他の方法を考えます、とアルマークは言う。
「君が必要だと言うなら……」
ヨーログは言った。
「私には出さない理由はないな。君たちが嘘をついていないこともわかる。必要な運賃は出そう」
モーゲンが驚いて顔をあげる。
「その大事な友達に会ってきたまえ。ただし、寄り道は認めないよ。用事を済ませたら速やかに帰校の途につくこと。いいね?」
「ありがとうございます!」
アルマークが頭を下げ、呆然としていたモーゲンも慌ててそれにならった。
ヨーログの書き付けを持って出納窓口で事務を済ませ、金貨を受け取った後、二人は寮に戻った。
「すごいよ、アルマーク! 学院長からお金をこんなにもらえちゃったよ」
モーゲンは大喜びだ。
「よくわかんないけど、これで王の道の白馬車に乗れるんだよね! やったぁ!」
アルマークは金貨の枚数を念入りに数え、
「うん、そうだね。これだけあれば往復できそうだ」
と答える。
「白馬車かぁ。初めて乗るよ」
とモーゲン。
「そうだね。僕も初めてだ」
とアルマークも答える。
「えっ、アルマークあんなに詳しそうだったのに初めてなの!?」
「当たり前じゃないか。あんな高い乗り物、子供の僕が乗れるはずないだろ」
アルマークは平然と答える。
「さ、そんなことより出発の準備をしよう。善は急げ、だ」
二人はその足で街に繰り出し、買い出しを済ませ、翌日の出発を決めたのだった。




