表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

584/708

黒のイディム

「黒のイディム」

 黒衣の男を前に、トルクはその名を確認するように呟いた。

「それじゃ、お前が黒の石の魔術師だってことに間違いはねえな」

「いかにも」

 イディムは頷く。

「汝らが、“挑戦者”であることも間違いあるまいな」

「挑戦者?」

 トルクの顔が険しくなる。

「なんだ、そりゃ」

「救いたいのであろう、我らの腕輪を嵌めた贄を」

「贄……」

 デグが顔をしかめて首を振る。

「ウェンディは、生贄なんかじゃねえよ」

「贄の名前までは聞かされておらぬ」

 イディムは静かな声で言う。

「だが、贄を救おうと我に挑戦してくる者がいることは聞かされていた」

「挑戦、か」

 トルクは不愉快そうに口を歪めた。

「好きじゃねえ言葉だな。俺たちはお前に挑戦しに来たわけじゃねえ」

「そうか」

 イディムは気にする様子もなく頷いた。

「術者の命を受けておるよ。我の好む方法で力を試せ、と。力が足りぬ者は」

 その黒い瞳がトルクたち三人の姿を捉える。

「命を奪って終わりにせよ、と」

 その言葉に、デグがごくりと唾を飲む。

「そりゃ都合がいいな」

 トルクが答えた。

「俺たちも、お前がどうか石に戻さないでくれ、なんて頼んできたらどうしようかと思ってたところだ」

 その言葉に、イディムが苦笑する。

「ほう」

「言っただろ。俺たちは挑戦者じゃねえ」

 トルクは鋭い眼光でイディムを睨んだ。

「目的を果たしたらさっさと帰るぜ」

「ふむ、なるほどな。我も言葉遊びは望まぬ」

 イディムは口元を歪める。

「言葉の強さを測るのは我の領分にあらず。我はもっと分かりやすき力で汝らを測る」

「分かりやすき力だと?」

 トルクは片眉を上げてイディムを見た。

「何だ、そりゃ」

「目、耳、鼻、舌、皮膚」

 イディムは穏やかな声で言う。

「人には外の世界を認識するための器官がいくつも備わっておる。だが、やはりその中で最も分かりやすいのは」

 そう言うと、イディムは黒い宝石のごとき己の両眼を指差した。

「目だ」

 その言い方に、トルクは微かに顔をしかめる。

「目だと?」

 代わりにデグが言った。

「なんだよ、だからどうした」

「大半の人間は、目に頼って生きている。だから視界を奪う夜の闇に、本能的に怯える」

 イディムはそう言いながら、ゆっくりと両腕を広げて周囲の草原を示した。

「黒いアンチュウマソウの草原。ここは今、私の闇の力の影響下にある」

 闇、という言葉にトルクの肩がぴくりと反応する。

「この黒き草原の色を、汝らの力で変えてみせよ。はっきりとその目で見えるほどに」

 イディムは言った。

「刻限は」

 そう言って、トルクたちがここまで登ってきた坂道の終わりに生えていたひときわ高い木を指差す。

「太陽があの木にかかるまで」

 トルクたちは空の太陽を見上げる。

 とっくに中天は過ぎていたが、太陽があそこまで傾くにはまだ大分時間はある。

「そんな簡単なことでいいのか」

 トルクが言った。

「ずいぶんと気前がいいんだな」

「ほう」

 イディムが目を細める。

「簡単とな」

「ああ。拍子抜けしたぜ」

 そう言ったトルクの杖に、空気の塊が凝縮された。

 次の瞬間、どん、という音とともにトルクの近くの地面が抉れ、土とともにアンチュウマソウが吹き飛ぶ。

「ほら」

 トルクは剥き出しになった地面を顎でしゃくってみせる。

「変わったぜ、色」

「ほんとだ」

 デグが嬉しそうに言った。

「バイヤーが見たら口から泡吹きそうだけどよ。確かにこうやってアンチュウマソウを取っ払っちまえば、もう黒じゃねえ。地面の茶色だ」

 そう言って、ガレインを見る。

「さすがトルクだ」

「おう」

 にやりとガレインが笑う。

「さあ、そうと決まればさっさと」

 そう言いかけたデグの目の前で、地面の色が変わっていく。

 茶色から、黒へと。

「あ?」

 デグは目を見開いた。

「なんだ、こりゃあ」

 さすがのトルクも、思わず顔色を変えてそれを凝視した。

 地面の色が変わったわけではなかった。

 再び、アンチュウマソウが抉れた地面を覆っていた。

 抉れた地面から、ざわざわと新たなアンチュウマソウが生えてきたかと思うと、たちまち地表をその黒い色で包んでしまったのだ。

「乱暴だが合理的な解決案だったが」

 イディムが言った。

「それは残念ながら対策済みだ。少なくとも、汝らが刻限までずっと地面を掘り進めたところで、草原の色は黒一色のまま変わらぬ」

 ちっ、とトルクは舌打ちした。

「やっぱりここは何でもありの架空の世界か」

「架空の世界ではあるが、この場とて様々な制限は受ける」

 イディムは答えた。

「アンチュウマソウの生成に、ここを形作った魔法具の力を借りてはおらぬ。これは全て我の魔力によるもの」

「あんたの魔力って」

 デグが絶句する。

「これだけの数の草を一人で? 嘘だろ」

「なるほどな」

 トルクは頷いた。

「よく分かった」

「何が分かった」

 イディムがトルクを見る。

「小手先の小細工が通じぬことがか」

「それもまあ、分かったことの中に含めてもいいな」

 トルクは鼻を鳴らした。

「だが、もっとでけえことだ」

「ほう」

 イディムが微かに笑う。

「何であろうな」

「お前が踏み台だってことだ」

 トルクは答えた。

「踏み台?」

 イディムが怪訝そうな顔をする。

「どういうことだ」

「お前は、俺がまた一歩、上に上がるための踏み台だってことだよ」

 トルクは吐き捨てるように言った。

「ちょっと段差は高えが、まあ上れないわけじゃねえ」

 それを聞いたイディムが、ふふふ、と声を上げて笑う。

「面白いな。汝のその答え、嫌いではない」

 イディムは言った。

「がむしゃらに力を求める汝の姿勢は、闇の力と相性が良い」

「はっ」

 トルクは鼻で笑うと、地面に唾を吐いた。

「ぬかせ。そんな話はどうだっていいんだ」

 そう言うと、鋭い目でイディムを見る。

「要は、お前をぶっ倒しゃこの草原も元の薄い紫色に戻るってことだろ?」

「その通り」

 イディムは頷く。

「しかも我が魔力の多くは、この草原を維持することに費やされておる。これは汝らにとって非常に有利な点と言えよう」

「ふん」

 トルクは杖を構えた。

「後で、本気じゃなかったなんて泣き言は聞かねえからな」

「無論だ」

 頷くイディムにもう言葉は返さず、トルクは杖を持たない左手を振った。

「ガレイン!」

 無言でトルクたちの会話を聞いていたガレインが、その声に素早く反応した。

 稲光の術。

 ガレインの振った杖から、電光が閃いた。

 光る蛇を思わせる電撃がイディムの黒いローブに絡みつく。

「デグ!」

 トルクの声と同時にデグも杖を振るった。

 先ほどトルクが抉った土から石つぶてが飛び出し、イディムの身体を打つ。

 そして最後にトルクが杖を突き出した。

 火炎の術。

 ごうっという轟音とともに巨大な炎が噴き出した。

 毎日、たゆまぬ鍛錬を積み重ねた成果。

 初等部離れした強大な炎が、イディムの全身を包んだ。

「さすがトルク」

 思わずデグが感嘆の声を漏らす。

「すげえ」

 だが次の瞬間、炎の中でイディムが何事もなかったように黒いローブを翻した。

 ただそれだけの動作で、トルクの炎は霧散した。

 代わりに漂う、微かな腐臭。


 闇の力。


「足りぬぞ」

 イディムは笑った。

 無傷だった。

 黒いローブには焦げ目さえついてはいなかった。

「こんなものではとても足りぬ」

 その黒い瞳に、深淵のような暗さが備わったように見えた。

「力を示そうとするからには、命を懸けよ」

 イディムは厳かな声でそう言うと、少し拍子抜けしたように付け加える。

「まあ、それでも届かぬ気はするがの」

「離れろ」

 ガレインとデグを手振りで下がらせ、自らも距離を取りながら、トルクは舌打ちした。

「気に入らねえな。本当に」

 本当に、気に入らねえ。

 人の努力を、何だと思ってやがる。

 世の中、ゼロと百だけで回ってるわけじゃねえんだぞ。

 それをどいつもこいつも、足りねえ、足りねえ、と。

「今の言葉、忘れるなよ」

 トルクは言った。

「吐いた唾、飲みこむんじゃねえぞ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 別にトルクが才能がないとはカケラも思わないんだけど、それ以上に持ってる人間が何人もいるのも確かなんだよなぁ。 でもトルクはその差を埋めるための執念と、誇りがあるように見えるので、きっと乗り…
[良い点] 性格大体尖ってても闇ではなかった石に遂にそっち側が。 トルクも家族の縁で闇との戦いが近づいてきているのか
[良い点] トルクの静かな闘志! 最初の登場からは考えられないほどに、彼は魅力的なキャラクターになりましたね。何も言わなくても当然のようにトルクの指示に呼応するデグとガレインも格好良かったです。 それ…
2022/01/04 23:05 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ