正しき者
「……観察」
プーティは冷たい真っ白な瞳でレイドーを見た。
その口調も、視線と同じく冷え冷えとしていた。
「何を観察していたというのだ。仲間を助けもせずに」
「仲間を助けたところで」
レイドーはさらりと答える。
「あなたは、結局僕を減点しただろう。そういう人なんだ」
「分かったようなことを言う」
プーティは薄く笑った。
「何を根拠に」
「あなたが、サーキス兄と同じだからさ」
レイドーは言った。
「だから、誰だ。それは」
プーティが不快そうに顔をしかめる。
「自分だけが分かる話をするな」
「あなたにも分かるように話してあげるとすると、そうだね」
レイドーは微笑むと、穏やかに言った。
「僕には兄弟がたくさんいる。兄の一人、サーキスは、ちょっと理屈っぽいけど普段は気のいい人間なんだ。でも、揉め事が起きたときは、ちょっと面倒なやつになる。意固地になって、自分が正しいと決めたこと以外は絶対に認めなくなるんだ」
そう言うと、レイドーは両手の指で四角い枠を作ってみせる。
「これが正しいんだってことに固執する。そうして、自分の考える正しさを現実に当てはめるんじゃなくて、現実の方を正しさに当てはめようとする。当てはまらなくても、無理やりに押し込むんだ。そうすると、歪む」
指で作った枠をぐにゃりと歪めて、レイドーはプーティを見た。
「歪むんだ、現実の認識が。だから後付けでいくつもの理屈をつけて、自分の正しさを守ろうとすることになる。それが、今のあなただ。プーティ」
「私は、後付けなどしておらぬ」
プーティは言った。
「正しきものは、歪まぬ。先であれ、後であれ、それは変わらぬ」
「いいや」
レイドーは首を振る。
「さっきから僕は、あなたが仕掛けてきたこの悪趣味なゲームもどきをずっと観察していた。ネルソンもノリシュも、とても一生懸命にやっていたけれど、あなたが二人を減点する理由として挙げたことは、どれも後からくっつけた理屈に過ぎない。正しさを示せ、だって? そこに一貫した正義なんてないじゃないか」
「正義とは、臨機応変なもの」
プーティはレイドーの言葉を遮るように言った。
「単純な一貫性などを求めることこそ愚の骨頂よ」
「ほら、そういうところ」
レイドーは笑う。
「面倒な時のサーキスにそっくりだ」
「その物言いをやめろ」
プーティが初めて感情を覗かせた。
「私は汝の兄などではない」
「言ってないさ、僕の兄だなんて」
レイドーは軽やかに反駁する。
「似てるって言ってるんだ、兄に」
それから、楽しそうに付け加える。
「言葉は正しく使いなよ」
それは、先ほどプーティがノリシュに言い放ったのと同じ言葉だった。
「挑発しようというのか、私を」
そう言ったプーティの声が、一瞬だけ歪む。
だが、次の言葉はもう元の平坦な口調に戻っていた。
「そんなことをしたところで、私はそれには乗らぬし、汝にも何の益もない」
「そうかい」
レイドーは怯まない。
「じゃあ、教えてくれないか。さっきの状況、どうすれば正解だったんだい」
「教える義理もないが、そうだな」
プーティは顎に手を当てた。
「少年が怪物を引っ張り上げようとしているのが分かった段階で、怪物に光の網をかぶせ、浮遊させて空中で確保しておく。それから、少年に怪物の危険性を説き、友達であるなどという誤解を解く。それでもだめならば、十分に少年の安全を確保したところで怪物を解放し、その本性を暴き、少年の目を覚まさせる。それから、怪物を始末する」
すらすらとそう言うと、呆れたようなため息を吐く。
「最初の段階でこれくらいのことは考えて、それぞれが自分の役割を果たせば、何ということもない状況だった」
「無理だろ」
ネルソンが吐き捨てた。
「お前は自分が出題者だから、そんなことが言えるんだ。何も分からねえ状態で、いきなり緊急事態だったんだ。一瞬でそんなところまで考えられるかよ」
「正しさとは、そういうものだ」
プーティは言った。
「汝が言っているのは、言い訳に過ぎぬ。結局、汝らは少年の心を救えなかった。それでも仕方なかったと言えるのか」
「ぐっ」
悔しそうに言葉に詰まるネルソンの肩をレイドーが叩く。
「気にしなくていいよ、ネルソン」
そう言って、レイドーはプーティを睨んだ。
「まるで僕らが悪かったみたいなことを言っているけど、そもそもあんな悪趣味な状況を演出してみせたのはこの人自身だ。自分で残酷な状況を作っておいて、それを僕らのせいみたいな物言いをしているだけさ」
「勇ましく喋るな」
プーティは微かに笑った。
「だが、汝は私に反駁しているだけで、何一つ汝自身の正義を示してはいない」
そう言うと、ゆっくりと両腕を広げる。
「汝の言葉は、何一つ私に響かぬ。減点3」
「何で、突然減点なんだよ」
ネルソンが叫ぶ。森がまたざわざわと揺れた。
「あっ」
ノリシュが小さな声を上げてうずくまる。
「大丈夫か、ノリシュ」
慌ててネルソンがその肩を叩く。
「どうした」
「ごめん、大したことじゃない」
ノリシュはそう言って、すぐに立ち上がった。
「いきなり耳鳴りがしたの」
「そうか」
ネルソンは心配そうにノリシュの顔を見る。
「ほかは、何ともねえな」
「うん」
ノリシュが頷く。その目が真っ赤に充血しているのを見てネルソンは辛そうな顔をする。
「汝は他の二人よりも、風の素養が強いのだな」
プーティがノリシュに話しかけた。
「だから汝だけが感じとったのだ」
「何をだよ」
ぶっきらぼうにネルソンが尋ねる。プーティは相変わらず平板な声で言った。
「汝らがこの世界からもうすぐ消えるということをだ」
「脅しかよ」
「違うな。脅す必要などない」
プーティは薄く笑う。
「終わりが迫っているのだ」
そう言うと、プーティはレイドーを見た。
「汝がリーダーであろう。私の揚げ足ばかり取るようなことをしていても、意味はないぞ。汝が私の納得する正義を示すことができねば、汝らには消滅あるのみ」
「三つも間違っている」
レイドーは言った。
「最も正しき石が、聞いて呆れるね」
「なに」
プーティがわずかに目を見張る。
「間違っているだと」
「何が間違っているのか、まあ教える義理はないけど教えようか」
レイドーは顎に手を当てて言った。
「まず、このチームのリーダーは僕じゃない」
そう言ってから、プーティを指差す。
「次に、揚げ足ばかり取っているのは、僕じゃなくてあなただ」
「ふん」
プーティは無表情で頷く。
「それで」
「最後に、これからあなたに正義を示すのは僕じゃない」
レイドーはそう言うと、隣に立つネルソンの肩を抱いた。
「ノルク魔法学院初等部3年2組で最も正しき生徒、ネルソンだ」




