白のプーティ
「白のプーティ。最も正しき石だ?」
ネルソンが顔を歪めて唾を吐いた。
「気に入らねえ」
その声に嫌悪感が滲んでいた。
「自分のことを最も正しいなんて言う奴は、大体うさんくせえ。そういう奴に限って」
「ちょっと待って、ネルソン」
ノリシュがネルソンの言葉を止めた。
「いきなりけんか腰にならないで。私たちはまだ何もされてない」
「そりゃそうだけどよ」
ネルソンはプーティを睨む。
「話すことが、いちいち気に入らねえんだ、あいつ」
「あの人がもしも本当に自分の言う通り、正しいのなら」
ノリシュは言った。
「きちんと話せば通じるかもしれない」
「よせよ」
ネルソンは鼻をひくつかせる。
「ああいう奴は、話なんか通じねえに決まってらあ」
「そんなの、話してみなきゃ分からないじゃない」
そう言うと、ノリシュはプーティに向き直った。
「白のプーティ。私はノルク魔法学院の初等部三年生のノリシュといいます。私たちの大事な友達が危ないんです。彼女を救うためには、あなたに石に戻ってもらわなければならないの」
「腕輪を嵌められた少女のことだろう」
プーティは表情も変えずに言った。
「知っているの」
ノリシュが目を見開く。
「それなら」
「此度の術者は、変わった方法で我らを使う」
プーティは言った。
「通常、腕輪の贄に選ばれるのは魔力に優れた奴隷なのだがな」
「なに」
ネルソンが眉を吊り上げる。
「何の話だよ」
「契約をした後で、贄の魂と引き換えに我らを召喚する。そして、我らは術者の敵と戦う。この腕輪の使い方とは、本来そういうものだ」
そう言って、プーティは真っ白な瞳で三人を見る。
「だが、此度の術者は贄をまるで人質のように扱い、救いたくば我らを倒せと汝らをけしかける。奇妙な話よ」
「奇妙な話じゃねえ。ふざけた話だろうが」
ネルソンが叫ぶ。
「何の罪もねえ女の子の魂を人質にとってんだぞ。おかしいじゃねえか。お前が正しい石だって言うなら、そんな命令に従っていいのかよ」
「術者の行動は、我が正義と矛盾せぬ」
プーティは言った。
「だからこそ、契約は成されたのだ」
「なんだ、そりゃ」
ネルソンは鼻を鳴らす。
「お前の正義と矛盾しねえって? そんならたかが知れてるな、お前の正義とやらも」
「ネルソン」
ノリシュがネルソンの肩を掴む。
「ちょっと黙ってて」
「でもよ」
ネルソンは不満そうに口を尖らせるが、真剣なノリシュの表情を見て渋々頷く。
「分かったよ」
「ありがとう」
ノリシュは息を吸い、もう一度プーティに向き直る。
「白のプーティ。私たちは、友達の命を救う。それは絶対に譲れない。だから、あなたには石に戻ってもらわないとならない」
「ふむ」
プーティは顎に手をやる。
「それは汝らの都合だな」
「さっき、あなたは私たちがこの世から消滅すると言った」
ノリシュはそう言って、プーティを見た。
「友達を助けに来た子どもを殺す。それがあなたの正義なの」
「殺しはせぬ」
プーティは薄く笑った。
「言葉は正しく使え。私は殺しなどせぬ。私が手を下すまでもないのだ。正しさを失った者は、この世界から淘汰される。それが、この白のプーティの能力であり、正しさの所以」
その言葉に呼応するかのように、また周囲の森がざわめいた。
「だめだ、こいつ。やっぱり話にならねえ」
ネルソンが唸るように呟く。
「教えてください」
それでもノリシュは言葉を連ねた。
「それならどうすれば、あなたは石に戻ってくれるの」
「正しさを示すことだ」
プーティは言った。
「汝らの正義を、この私に認めさせること。それも、汝らの持ち点が尽きないうちにな。そうすれば、私は石に戻るであろう」
「さっきから、持ち点持ち点って言っているけど」
ノリシュの後ろから、レイドーが穏やかに口を挟んだ。
「僕らはさっき3点減点されたよね。あと何点残ってるんだい」
「愚問」
プーティは鼻で笑った。
「自分があと何年生きられるのか、最初から分かって生きている人間がこの世にいるか。それと同じことよ」
そう言って、両腕をゆっくりと広げる。
「ある時突然尽きるのだ。人の命も、汝らの持ち点も。そろそろ危ないか、という予感くらいは覚えるかもしれぬがな」
「要は、教えてくれないってことだね」
レイドーは肩をすくめる。
「了解だ。ノリシュ、話の腰を折ってごめん」
「ううん」
ノリシュは首を振る。
「それじゃあ、白のプーティ。私たちはどうやって自分の正しさを示せばいいの」
「汝らの正しさは、自ずと示される」
そう答えるプーティの姿が、ぼんやりと揺らいでいく。
「汝らが正しければな」
「待って。ちゃんと答えて」
ノリシュが声を掛けるが、薄笑いを残してその姿は消えた。
「ああ、もう」
ノリシュが悔しそうに唇を噛む。
「曖昧なことばっかり言って」
「ほらな、分かっただろ。ノリシュ」
ネルソンが言った。
「あの手のやつってのは、話が通じねえんだ」
「うん。私だってそんな気はしてた」
ノリシュはうつむく。
「でも、もしも話が通じて、誰も傷つかずに白の石がすぐに手に入るのなら、それが一番いいに決まってる。だから、それに賭けたかったの」
「ああ」
ネルソンは頷く。
「お前の気持ちは分かる。先走って悪かった」
「いいの」
ノリシュは首を振る。
「自分が甘いのは、分かってる」
「それにしても」
レイドーが周囲を見まわす。
「プーティのやつ、どこに行ったんだろうね」
その時だった。
「助けて……」
どこからか、声が聞こえてきた。
「誰か、助けて……」
三人は、はっと顔を見合わせる。
小さな子供の声だった。
「助けて……」
苦しそうに、声が歪んでいた。
「向こうからだ」
ネルソンがそう声を上げて、真っ先に走り出した。
「待て、ネルソン。プーティの罠かもしれない」
レイドーがとっさに声を掛けるが、ネルソンは止まらなかった。ノリシュがネルソンの後を追いながら叫ぶ。
「レイドー、だめよ。ネルソンにはそんなこと考えられない」
そう言って、レイドーに腕を振る。
「あなたも一緒に来て」
「ああ、そうだったね」
レイドーは頷く。
小さな子が、助けて、と言ってるんだ。それ以上に余計なことを考えるわけがないか。
それでこそ、ネルソンだった。
そしてそれがすぐに分かるノリシュも、さすがだ。
レイドーは二人の後を追って駆け出した。




