再会
正門でウェンディを見送ったあと、帰ろうとすると、見覚えのある衛士がいるのに気付く。
「ジードさん」
「やあ、アルマーク君」
初めてこの門をくぐった時、色々と世話を焼いてくれた衛士のジードだった。
アルマークが北の傭兵の息子であることを知る、数少ない関係者だ。
もっとも、教師たちが学院長のヨーログからどこまで聞かされているのか、それはアルマークにも分からない。
「今出ていったのはウェンディかい? 初等部はこれで最後かな」
「あ、そうなんですか」
「ああ、今日は僕ら衛士にとって一年で一番大変な日だからね。やれやれ」
たくさんの来客の入校で正門の衛士たちはてんやわんやだったようだ。
「みんな嬉しそうに帰っていったよ」
と言ったあとで、ジードはアルマークの出自を思い出す。
「そうか。君は帰ることはできないものな」
「ええ。それは別に」
この学院に来た時から覚悟はできていた。一年半にも及ぶ一人旅の末にたどり着いたのだ。たった数ヵ月で、親に会いに帰りたいなどという気持ちはない。
しかし……
アルマークはふと、早朝の庭園をたった一人、厳しい顔で歩いていたレイラを思い出した。
レイラからはこれから故郷に帰るのだという喜びは全く感じなかった。
トルクですら、口では嫌がってはいたが、多少なりとも解放感のようなものは漂わせていた。
しかし、今朝のレイラの背中からアルマークが感じたのは、義務感、だけだった。
いつもの涼やかな感じは微塵もなかった。
レイラにも、本当の意味で帰る場所はないのだろうか。
そんなことを考えながら、アルマークはジードに言った。
「一番最初に出ていったのはレイラでしたよね」
「レイラ?」
ジードは少し考えて、ああ、と頷く。
「そうだね、今日の最初はレイラだったね」
そのジードの言い方にアルマークは少し引っ掛かる。
「今日の最初? じゃあ昨日帰った子もいるんですか」
昨日はまだ授業もあったのに。
「ああ」
ジードはすぐに頷く。
「昨日の夜、ウォリスが帰っていったよ」
「ウォリス?」
ジードの言葉に、アルマークは昨日の夜の庭園の灯を思い出す。
あれはウォリスだったのだ。
「一人で、ですか」
「ああ。ウォリスは毎年一人だね。どういう理由かは僕も知らないけれど。レイラみたいに港に人を待たせているのかもね」
「そうですか」
ウォリスにもやはり何か複雑な事情がありそうだ。少なくとも、単なる優等生ではないことは間違いないな、とアルマークは思った。
そういえば、とジードがふと思い出したように言った。
「今思えばウォリスも君に似てるんだね」
「僕に?」
「入学の時、ウォリスも一人で旅をしてきたんだ。ガライの西の端から」
「えっ」
入学の時といえば九歳になるかならないか。
ちょうどアルマークが初めて戦場に出た頃だ。
ガライ王国は確かに北の地に比べたら遥かに安全ではあるものの、そんな年の子供が一人で旅をする姿はアルマークも自分以外には見かけなかった。
「ウォリスって貴族の子ですよね。僕は一人で来るしかなかったけど、彼はどうして」
ジードは、うーん、と首を捻った。
「詳しくは知らないけど、そういえば僕もウォリスの家の人が迎えに来たりしたのを見たことは一度もないなぁ。きっと何か事情があるんだろうけどね」
「そうですか……」
皆それぞれ事情がある。アルマークにもそれ以上詮索する気はなかった。
ただ、彼が何故自分を敵視するのか、その理由が分かるかも、と思っただけだ。
結果的には、謎は深まっただけだった。
「ところで、どうだい。もう学校の生活にはすっかり慣れたかい」
ジードの質問に、アルマークは気持ちを切り替え、笑顔を見せる。
「はい、おかげさまで生活にはすっかり」
魔法は全く使えないが。
ジードはアルマークの顔をじっくりと眺める。
「そうみたいだね。初めて会ったときに比べて、別人みたいに表情が穏やかだ」
ジードの言葉に、アルマークは、その言葉通り穏やかな表情で頷いた。




