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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十二章

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キリーブ

「これで勝負は一勝一敗だナ」

 猿が言った。

「次の勝負の邪魔ダ。剣を抜ケ、アスル」

「あまり簡単に言うな」

 アスルはそう言うと、剣を持つ手にゆっくりと力を込める。

「勝負が終わった後に相手を傷つけるのは我の流儀ではない。慎重に抜く」

 その言葉通り、アスルが剣をゆっくりとコルエンの両腕から引き抜くと、コルエンは低く呻いた。

 それと同時に両腕から血が溢れ、ぼたぼたと地面に滴り落ちる。

 アスルは剣を一振りして血を払った。

「この鎧を突き抜くほどの一撃を受けるとは思わなんだ」

 アスルは、鎧の傷に手を当て、それから地面に転がるコルエンの剣を見た。

「いつ以来であろう、この肉体に直接傷を負うのは。懐かしい痛みぞ」

「そりゃよかった」

 コルエンは不満そうに、それでも口元で笑う。

「結構全力で突き込んだのによ。硬え鎧だぜ」

 そう言って、悔しさを滲ませた。

「本当は背中まで貫くつもりだった」

「それだけの気迫はあった」

 アスルは頷く。

「汝の闘志に敬意を表して、その傷を我が癒そうか」

「いらねえよ」

 コルエンは首を振る。

「自分の傷は自分で治す。そんなことよりも、あんたこそ傷はそのまんまでいいのか」

 そう言って、自分が剣で貫いた濃紺の鎧のヒビから流れる血を見た。

「もう一戦やるんだろ」

「我の心配は不要」

 アスルは短く答えた。

「この程度の出血が次の勝負に影響を及ぼすことは、決してない」

 そう言うと、なおも溢れんばかりに血を流すコルエンを見て薄く笑う。

「汝こそ、治すのなら早くした方が良かろう。血を失いすぎると、魔力が定まらなくなるぞ」

「そりゃどうも」

 コルエンはようやく、両手を交差するようにして自分の腕の傷にかざした。

「魔力は残ってるんだ、ほとんど使ってねえからな」

 その両手がぼうっと光を放つ。

 治癒術。

 コルエンの顔に、じっとりと汗が滲んでいた。

 荒くなりかける息を意識して抑え、傷に光を当てる。

 やがて、流れ落ちる血の量が目に見えて少なくなると、コルエンは顔を上げた。

「よし」

「まだ全然治っていないゾ」

 猿が言った。

「だがまア、もうお前の番は終わりだからナ」

 そう言って、長い手でコルエンを追い払う仕草をする。

「下がっていロ。向こうで治セ」

「ひでえ言い様だな」

 コルエンは思わず苦笑したが、素直に身を翻すと歩き出した。

「俺の番は終わりだ。待たせたな、キリーブ」

「ふんっ」

 茂みの脇に、いつの間にかキリーブが戻ってきていた。

「ひどいざまじゃないか、コルエン。お前ともあろう者が」

 そう言うと、血まみれで歩み寄ってくるコルエンを見て、顔をしかめる。

「一応それでも勝ったのか。とても勝者の姿とは言えないが。だが僕がまだ生きているってことは、二敗はしていないってことだ。勝負が始まる前に自分で転んで怪我をして無効試合になったのでなければ、お前が勝ったということになるだろうな」

「ああ」

 コルエンは頷く。

「情けねえ姿だが、一応は勝った」

「それなら、いい。あの猿の言う通り、お前の役目は終わりだ」

 キリーブはいまだに自分のローブの上に横たわっているポロイスの方を指差した。

「お前も向こうでおとなしく座っていろ。僕のローブを血で汚すんじゃないぞ、冬は洗ってもなかなか乾かないんだからな。離れたところに座れよ」

「いいぞ、キリーブ」

 コルエンは楽しそうに笑う。

「口が良く動く。絶好調じゃねえか」

「絶好調もくそもあるか」

 キリーブはコルエンを睨むと、そちらに歩み寄っていく。

「散々偉そうなことを言った割には、口ほどでもない。血まみれで大苦戦するとは、言語道断だ。こういうばかの親の顔が、ぜひとも見てみたい。だが、親の顔はともかくお前はよく見ておけ。体力ばかには到底到達できないところで、僕があいつを倒すところをな」

「おう」

 コルエンは頷く。

「それでこそキリーブ。頼むぜ」

「頼むな、図々しい」

 キリーブは地面に赤い筋を作りながら歩いてくるコルエンとすれ違った。クラスメイトを心配する素振りも見せなかった。

「鉄臭い」

 キリーブは吐き捨てた。

「本当に、僕のローブに近寄るんじゃないぞ。大人しく座って治癒術でも使っていろ」

「おう」

 コルエンはキリーブの背中にいたずらっぽい笑顔を向ける。

「この血でお前のローブに似顔絵描いてやるよ」

「本当にそんなことをやってみろ」

 キリーブは振り向きもせずに言った。

「お前のローブで寮の三階から下りる縄梯子を作ってやるからな」

「そんなもん作ってどうすんだよ」

「レイラを僕の部屋に招待する。梯子からなら他の生徒に見られずこっそり僕の部屋に上がれるだろう」

「ははっ」

 コルエンは声を上げて笑った。

「お前は、女が目の前にいないと本当に」

 そう言いかけて、コルエンはキリーブの背中を優しい目で見た。

「まあそうだな。レイラに話す武勇伝もちゃんと作っておかねえとな」

「武勇伝なんてものは、自分に自信がない奴が語るんだ」

 キリーブは肩をそびやかした。

「本当の勇者には、そんなものは不要だ。なんなら、お前が語り継いでおけ。勇者キリーブの(いさお)しを」

「武勇伝を語りてえのか語りたくねえのか、どっちだよ」

 そう言って笑うと、コルエンはポロイスの隣に座り込んだ。

 さすがに、血を失いすぎていた。

 もう一度、治癒術の光を両腕の傷に当て始める。

「ああ、いてえ」

 思わずそうこぼすと、コルエンはもう一度声を張り上げた。

「見せてやれ、キリーブ。お前の凄さを」

「だから、うるさい」

 振り向きもせずにそう言い返して、キリーブはアスルの目の前に立った。

 体格のいいポロイスや子供離れした長身のコルエンはそう見劣りはしなかったが、キリーブがそこに立つと、残酷なまでに体格の違いが際立った。

 アスルがキリーブを見下ろす。

 大人と子供。

 アスルの脇腹のコルエンにつけられた傷からは、まだ赤い血が滲んでいたが、アスルの言葉通り、それがキリーブに有利に働くほどのものにはとても見えなかった。

「最後の勝負ダ」

 猿が言った。

「剣を拾エ」

 そう言って、地面に転がったままの剣を指差す。

 キリーブはそれを拾い上げると、両手でしっかりと握り、一度素振りをした。

 だが、剣の重さに振り回されて、足元がよろけた。

「いい振りだナ」

 猿は表情を変えずに言った。

「さあ位置につケ。始めるゾ」

「おい、猿。いや、審判」

 キリーブは剣を下ろすと、猿に向かって言った。

「知っているだろう。僕はこの勝負に同意していなかった。あそこにいるばか二人はほいほいと同意したが、僕は最後まで拒否し続けた」

「今更何を言い出しタ」

 猿がじろりとキリーブを見る。

「勝負はもう始まっタ。つまらん言い訳は聞かんゾ」

「言い訳ではない」

 キリーブは首を振った。

「僕は、自分が巻き込まれた人間だということが言いたかったんだ。それなのにお前らの言いなりに勝負をさせられるというのはあまりに無体というものだろう」

「勝負から逃げたいのなラ、好きにしロ」

 猿は冷たい声で答える。

「お前の不戦敗になるだけダ」

「そんなことは言っていない」

 キリーブはまた首を振った。

「この勝負は、僕の同意を得ていない。だが僕も男だ、戦うさ。その代わり、審判として一つ認めてもらいたい」

「認めてもらいたイ?」

 猿は胡乱な目でキリーブを睨む。

「何をダ」

「最後のこの勝負」

 キリーブは胸をそらして、アスルを見上げた。

「伝統あるガライの決闘儀礼に則って行いたい」






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― 新着の感想 ―
[良い点] キリーブすっごい喋る [一言] がんばれキリーブ
[一言] 猿がやたらと人間臭いんですが、どうやって話すだけの知能を得たんでしょうね?と今更ながら気になります。
2021/11/19 09:45 退会済み
管理
[良い点] 猿が良い性格してるなあ [気になる点] コルエンは敵と味方の判定が割りと厳しいな 敵と判定したら馴れ合わないって感じ [一言] キリーブの口が回りだした
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