答え
「そうだ。さっさと殺そう」
場違いなほどの明るい声。その声の主のプラーが、不意にフィッケを振り返った。
「おい、フィッケ」
「あ?」
杖を手に次の魔法を画策していたフィッケが間の抜けた声を上げる。
「な、なんだよ。何か用か」
それでも馬鹿正直にそう返事をするフィッケに、プラーは笑顔を浮かべた。
「そういえばお前もエルデインを倒したって言ってたよな」
「え? ああ」
フィッケは頷く。
「倒したぜ」
プラーの笑みが大きくなる。
「どうやって倒したんだ」
「え?」
「あのでかい化け物を、どうやってお前が倒したんだよ。フィッケ」
「疑う気か」
フィッケはむっとして口を尖らせた。
「俺が嘘ついてるってのか」
「嘘じゃないなら教えろよ」
プラーは楽しそうに言う。
「答えられないんだろ。それなら認めろよ、嘘でしたって」
「なんだと」
フィッケは気色ばんだ。
「誰がそんなことで嘘なんてつくか。いいか、俺はな」
「フィッケ」
アインがフィッケの言葉を遮った。
「答えなくていい。相手の口車に乗るな」
「おい、負け犬」
舌打ちして振り返ったプラーがアインを睨む。
「本当につまんないやつだな、お前は。人の会話に入ってくるなよ」
「何とでも言え」
アインは肩をすくめる。
「エルデインを倒したか、だと?」
そう言って、アインは冷たい笑みを浮かべた。
「人に尋ねる前に、お前から話したらどうだ」
「なに?」
「お前こそ、どうやってエルデインを倒したんだ」
「ああ、もう」
プラーは地面を蹴る。
「だからこっちはその話をしようとしてたんだろうが」
苛立ちをそのままぶつけるかのように、プラーは二度、三度と地面を蹴った。
「利口ぶったばかめ。回りくどいことばかり言いやがる」
それに構わず、アインはエメリアの肩を叩いて自分から離れさせると、プラーに猫なで声で呼びかける。
「答えづらい質問をしてすまなかった。答えられないなら、話を変えようか」
「黙れ」
プラーはアインの言葉を遮ると、地面を蹴るのをやめて天を仰いだ。
全くの無防備となった赤毛の少年にフィッケが杖を向けるが、アインはそれを手振りで止める。
「今は無理だ」
アインの言葉に、フィッケは悔しそうに頷く。
と、プラーがアインを見た。
「まあいいや」
平板な表情。その声にはもう先ほどまでの苛立ちはなかった。
「教えてやるよ」
そう言うとプラーは両腕を掲げる。
「俺はこうやってエルデインを倒したんだ」
その言葉と同時に、無数の光が空に舞い上がった。
「む」
それを見上げたアインが目を見張る。
昼間の空に輝く、無数の星。
「星……じゃねえな。これ、やばいやつだ」
フィッケが呟く。
星と見えたそれは、全て小さな火の玉だった。
天を覆いつくさんばかりの数の、こぶし大の火球たち。
「お前らもエルデインを倒したんだったら知ってるだろ。あいつは体のどこかに弱点を持ってる」
「ああ」
アインが答える。
「知ってるさ」
「知ってるだけだろ」
プラーの声に、嗜虐的な響きが混じる。
「負け犬。利口ぶったお前みたいなやつはきっと、エルデインと戦うときは弱点がどこにあるのか一生懸命探そうとするんだろうな」
「探さないのか、お前は」
アインは逆に問い返す。
「探さなければ、倒せないだろう」
「お前は、問題はちゃんと解かなきゃいけないと思ってる、頭でっかちのばかだ」
プラーは笑った。
「きちんと考えれば答えが出ると思ってる。おめでたいやつ」
「考えないのか」
「考えないね」
アインの問いにかぶせるように、プラーは即答した。
「そんな必要はないからな」
プラーの身体に渦巻く魔力が、危険なうねりを見せる。
「だって、身体の全部にぶち当てるんだから」
アインがとっさに身構える。次の瞬間、プラーが両腕を振り下ろした。
それとともに、宙に浮かんでいた無数の火の玉がアインめがけて一斉に降ってきた。
「うわあっ」
フィッケが悲鳴を上げる。
火球の流星群。
しかも、ただ降ってくるのではない。不規則な軌道を描き、無数の火の玉の群れは上からだけではなく横からもアインを襲った。
確かに、エルデインの身体の表面全てに火球を当てることも可能な荒業だった。
「くっ」
アインがローブのフードをかぶる。
「そんなもんで防げるかよ」
プラーが笑う。
答えず、アインは飛びのいて身をかわした。
火球がアインのすぐ横に炸裂する。一つや二つではない。次々に降り注ぐ火球。
飛び足の術は、まだアインの身体を風のように動かした。だが、それでもとてもよけきれる数とは思えなかった。
「アイン!」
叫んでフィッケが杖を振るう。
しかし放たれた空気の塊は、やはりプラーに届かなかった。
「もう火球は俺の手を離れてるからな」
プラーはフィッケを振り返った。
「お前のちんけな魔法は俺に届きゃしないぜ」
プラーがそんなことを言っている間にも、間断なくアインに火球が降り注ぐ。
「お前も見てるだけじゃ暇だろ、フィッケ」
プラーがもう一度両腕を振り上げた。
空にはまだいくつもの火球が残っていたが、そこにまた無数の火球の光が加わる。
「嘘だろ。まだ増えるのかよ」
目を丸くしたフィッケに、プラーは笑顔で頷く。
「腹いっぱいになるまで食っていいぜ」
プラーが、強張った顔のフィッケに向けて腕を振り下ろした。
天の火球が、フィッケにも降り注ぎ始める。
「うおぉ」
フィッケは身体を丸めて走り出す。その身体めがけて火球は容赦なく降り注ぐ。
すぐに、よけそこねた火球がローブに着火し、フィッケは地面に転がってそれを消した。
そこにさらに火球が降ってくるので、フィッケはたまらずローブを脱ぎ捨てる。
「あはははは」
無様なフィッケの姿を見て大笑いしてから、プラーはアインに目を戻した。
「しぶといな、負け犬」
そう吐き捨てるように言う。
落ちた火球が地面を抉り、土が舞い上がる。
その中で、アインはまだ火球をかわし続けていた。
「頑張ったって、無駄なのに」
プラーは無表情にそう言うと、腕を横に引く。
それとともに火球の一つが意志を持ったように軌道を変えた。火球は不自然な軌道を描き、アインの横腹を襲った。
「がっ」
かわしきれず、まともに腹を火球に抉られたアインが、そのまま地面に投げ出される。
「当たり」
笑ったプラーが倒れたアインの身体を指差した。
それを合図に、アインの身体に火球が降り注いだ。
「アイン!」
フィッケの悲痛な声。
服にいくつものよけそこねた焦げ目を付けながら、フィッケがアインに駆け寄ろうとする。
「嘘だ。起きてくれ、アイン」
「嘘じゃないぜ、フィッケ」
プラーがまた腕を振り上げる。
アインを襲っていた火の玉が再び上空へと舞い上がった。すると、そこには地面に打ち倒され、うつぶせに横たわるアインの身体が残された。
ローブに包まれたその全身から、白い煙が上がっている。
「ああ」
フィッケが呻いた。
「嘘だろ、アイン。そんな」
「ははは」
プラーは右腕を下ろし、ゆっくりとフィッケを指差す。
「次はお前だぜ、フィッケ」
その瞬間、アインの倒れているあたりから、黒いものが宙を舞ってプラーに飛んだ。
プラーが首をひねってそれをかわす。
「あ?」
プラーの頬をかすめて飛んで行ったのは、小さな石ころだった。
「負け犬」
プラーがアインを振り返る。その目が殺気を帯びた。
「お前、まだ」
アインがゆっくりと立ち上がる。
「アイン!」
フィッケが泣きそうな声を上げた。
「よかった! 生きてる!」
「勝手に殺すな」
そっけなくそう答えると、アインのフードから覗く口元がにやりと歪んだ。
「僕がまだ生きているのが不思議なようだな、プラー」
「火球はまともに当たったのに。……そうか」
いまだに煙を上げているそのローブが、実のところ全く焼け焦げていないことに気付いたプラーは、憎々しげに言った。
「水の衣」
「正解だ」
アインは笑う。
「この魔法の名前は今も昔も変わらないな」
水の衣の術。
ローブに水の膜を張り、火や熱から身を守る魔法。
「最初の火柱」
アインは言った。
「水の衣であれを防ぐのはとても無理だが、一つ一つが小さいこの火球ならしっかりと張れば防げる」
アインは言いながらフードを脱いだ。汗にまみれながらも不敵な笑みを浮かべたその顔が露わになる。
「考えれば、ちゃんと答えはあったな」
「答えだと」
プラーが顔を歪めて笑う。
「ばかが。得々と種明かしをしやがって。それならそれで、やり方はいくらでも」
その言葉は途中で途切れた。
プラーの目の前に、不意に人影が現れたからだ。
プラーの前に立ちはだかったのは、女戦士然とした、凛々しい女魔術師だった。
「な」
絶句するプラーに、エメリアは低い声で言った。
「姿消しでやっとここまで近付いた。お前があの二人に夢中になっている間にな」
エメリアの顔が、まるで獲物を前にした肉食獣のように嬉しそうに歪む。
「勇ましい女は、正々堂々まっすぐに突っこんでくると思ったか?」
その拳が、めきっと音がするほどの力で握りこまれる。
「修正しておけ、その古臭い固定観念を」
「待て」
とっさにプラーが叫ぶが、もうエメリアは止まらなかった。
「勇ましい女は、頭も使うってな」
風が唸りを上げて、焦げ臭い空気を吹き飛ばす。
エメリアの拳が、プラーの頬に突き刺さった。




