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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十二章

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赤のプラー

 緑の鮮やかな森を、アインとエメリアが並んで歩く。

 その周りをまるで蝶のようにひらひらと、はしゃいだ様子のフィッケが跳ね回る。

「まだかな。アイン」

 フィッケは明るい声で言う。

「赤い石のところにはまだ着かねえのかな」

「もう少し先だったはずだ」

 アインが冷静に答える。

「初めての森だ。僕にもそこまで距離感は掴めない」

「そうか。そうだよな、初めての森だもんな」

 フィッケはアインの言葉に頷いて、身体ごとぐるりと一回転して周囲を見まわす。

「見たことのねえ木がいっぱいだ」

「少し落ち着け、フィッケ」

 エメリアが冷たく言った。

「目障りだ。うろちょろするな」

「だってわくわくするじゃんかよ」

 フィッケは気にした様子もなく、笑顔で答える。

「石の魔術師、だってさ。いったいどんな奴が相手なんだろうな」

 そう言いながら、両手を水平に広げてアインの目の前を横切る。

 アインが邪魔そうに顔をしかめるのにも構わず、フィッケは歌うように喋り続ける。

「ま、何が来たってこの魔獣殺しのフィッケ様にかかれば、なんてこたねえけどな」

「さっきからあいつが言ってる、魔獣殺しとやらは何のことだ」

 そう言ってエメリアがアインを横目で見た。

「野良猫でも捕まえていじめたのか」

 アインは答えずに肩をすくめる。

「何言ってんだよ、エメリア」

 フィッケがスキップしてエメリアの前に出た。

 舌打ちして忌々しそうに伸ばしたエメリアの手を、軽やかな動きでひょいっとかわす。

「見せてやりたかったぜ。俺の倒した闇の魔獣、ええと……なんとかって名前の、何だっけ、アイン」

 フィッケはアインを見るが、アインは素知らぬ顔で歩き続ける。

「まあ、そのなんとかってやつ。そう、エメリア。お前が魔術祭でやった、あのでかい牛がいただろ。あれをもっとやばくした感じのやつさ」

 エメリアは、ふん、と鼻を鳴らす。

「そんな化け物と、どこで出遭ったんだ」

「図書館の本の中」

「図鑑を見て興奮したってことか」

「違うって。本の中に入ったんだ」

 フィッケの言葉にエメリアは肩をすくめた。

「本当にお前は子供だな」

「なんだよ、エメリアだって俺と同い年だろ。同じ子供だよ」

「そういうことじゃない。私が言っているのは」

「二人ともよせ」

 アインが静かに二人の会話を止めた。

「いるぞ、あそこに」

 アインの指さす先。

 森が少し開けて、数本の木が点在する広場のようになっていた。

 ずいぶん昔に幹の半ばから折れたのであろう、一本の太い木が地面に長いベンチのように横たわっている。そこに、一人の少年が座っていた。

 12歳のアインたちよりもさらに年少に見えた。

 日に灼けた、健康的な肌の色の少年だった。

 時代がかった長衣をまとい、サンダルを履いた足を退屈そうにぶらぶらと揺らしている。

「ガキじゃんか」

 自らの年齢を棚に上げて、フィッケが言った。

「まさか、あれが俺たちの相手じゃねえだろうな」

「見れば分かるだろ」

 エメリアが冷たい表情で少年を見据える。

 人目を引く、その真っ赤な髪と目。

「あの赤い髪と目を」

「ああ、そうか。そういうことか」

 フィッケが頷いた。

「つまり、あいつが赤の石の変化した魔術師ってことか」

「そのようだな」

 アインは頷き、二人の前に出る。

「油断するなよ、二人とも」

 アインは赤毛の少年から目を離さずに言った。

「何をしてくるか、分からないぞ」

 三人が広場に足を踏み入れるのと、同時。

 木に腰かけて足をぶらぶらさせていた少年が、不意にアインたちに目を向けた。

 宝石のように赤い目がきらめく。

「やっと来たな」

 少年は快活な声で言った。

「お前ら、何人で来たんだ」

「俺たちか」

 急に問いかけられ、フィッケが慌てて自分たちを見る。

「ええと、三人だ」

「三人?」

 少年は顔をしかめた。

「なんだよ、たったの三人か。後からもっと来ないのか」

「来ねえよ」

 フィッケが正直に答える。

「俺たちだけだ」

「嘘だろ」

 不満そうにそう呟いてから、少年は座っていた木を飛び降りて地面に立った。

「あーあ。それじゃあすぐに終わっちゃうな」

 そう残念そうに言った少年の背は、やはりアインたちよりもずいぶん低い。

「終わっちゃう、だって?」

 アインが薄く笑う。

「何が終わるんだ」

「決まってるだろ」

 少年はばかにしたようにアインを見返す。

「せっかくの戦いがだよ。子供三人だけじゃ、とても務まらないじゃないか」

 少年は傲岸に言い放つ。

「この、赤のプラーの相手はね」

「赤のプラー」

 アインは少年の名を繰り返す。

「それが、お前の名前か」

「そうだよ」

 少年は無邪気な笑みを浮かべた。

「お前らも名乗れよ」

 そう言ってアインたち三人の顔を見まわす。

「遊び相手の名前が分からないんじゃ、色々と不便だからな」

「お前の遊び相手になるつもりはない」

 アインは答えた。

「僕たちは、仲間を救うために来た。遊びに来たわけでは」

「俺の名はフィッケ」

 アインの言葉は、快活な名乗りに遮られた。

 フィッケが、ずい、とアインの前に出る。

「知恵と勇気と確かな魔術。でかい牛みたいなやばい闇の化け物にとどめを刺したノルク魔法学院の伝説の魔獣殺し、フィッケとは俺のことだ」

「なんだ、それは」

 アインが顔をしかめる。

「フィッケか」

 プラーの目が、好奇心にきらめく。

「お前、エルデインを倒したことがあるのか」

「エルデイン。そう、それだ」

 フィッケは嬉しそうにプラーを指差す。

「確かにそんな名前だった」

「奇遇だな」

 プラーも嬉しそうに笑った。

「俺も倒したことがある」

「なんだと」

 アインが片眉を上げる。

「お前もエルデインを倒したことがある、だと」

「次はお前だ、女」

 プラーはアインに構わず、エメリアを指差した。

「名前を教えろ」

「エメリア」

 エメリアはそっけなく自分の名を口にした。

「口数の多いガキは嫌いだ」

 その言葉に、プラーの笑みが大きくなる。

「勇ましい女だ」

 プラーは言った。

「よかった。この時代にも、勇ましい女はいるんだな」

「あ?」

 プラーの物言いに少し苛立った様子のエメリアが尖った声を上げる。

「何が言いたい」

「勇ましい女は好きだ」

 プラーは楽しそうに言った。

「どんな男よりも勇ましく、先頭に立って戦うんだ。まるで何も怖いものなんてないみたいに」

 歌うようにそう言うと、エメリアを見た。

「そうして、いつも真っ先に死ぬんだ」

 まるでお気に入りのおもちゃを見付けたような目。

 エメリアは地面に唾を吐いた。

 それを見たプラーは、嬉しそうに自分も地面に唾を吐く。

「わくわくするな」

 そう言うと、ようやくアインに目を向けた。

「最後はお前だ、お利口さん」

「お利口さん、か」

 アインは口元だけで笑ってみせる。

「まあお前よりは利口なのは確かだが。そんなに誇るほどのことでもないな」

「お前は口で稼ぐ奴だな」

 プラーは言った。その声に、嫌悪がにじみ出ていた。

「自分では働かないで、うまいこと言って荷物を人に担がせて、その金だけもらう奴。俺の一番嫌いな奴」

 そう言うと、歯を剥き出した。獣のような犬歯が一瞬覗く。

「この中で一番弱いのは、お前だ。それがばれないように口でごまかしてるんだ」

「バカにはバカの理屈があるのだろうな」

 アインはプラーの言葉をその一言で一蹴した。

「で、僕の名前は聞かないのか」

「お前の名前は、負け犬だ」

 プラーは答えた。

「フィッケと、エメリアと、負け犬。今日の遊び相手だ」

「好きに呼べ」

 アインは肩をすくめる。

「さあ、遊ぼう」

 プラーが笑った。

 その身体に、その年齢にはとてもそぐわない凶悪な魔力が渦巻く。

「姿に惑わされるな」

 アインは低い声でエメリアとフィッケに伝える。

「油断するなよ。仕掛けるぞ」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 挑発がうまいですね。アインが1番嫌がるようなところを突いてる感じがします。 フィッケ頼むよ!
[一言] まずはアイン組から。 アインがいるから安心とも言えるが他の二人が何かやらかしそうな気もする。 ただ一番やらかしそうなフィッケが案外鍵を握ってそうでもあるのでアインの手綱さばきに注目かな。
[良い点] 赤のプラーの強者感。しかしアイン達も負けているとは思えないので、いったいどうなるのかワクワクします。あっさり勝てるほど弱くはないと思いますが……果たして。
2021/10/08 01:27 退会済み
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