父の姿
翌朝早く。
今日から授業はない。
普段なら校舎へ向かう時間。
アルマークは庭園をぶらぶらと歩いていた。
空を見上げながら、試験の最終日に夜空を彩った魔法の花火を思い出す。
明るくなってから改めてあの花火を思い出し、アルマークの中で何か新しい思いが芽生えようとしていた。
それがはっきりとした形になりそうでいて、なかなかならず、諦めてアルマークが寮に戻ろうとしたときだった。
寮のほうから歩いてくる人影に気付いた。
「レイラ」
アルマークが声をかける。
大きめの革の鞄と小さめの布の鞄を持ったレイラが早足で歩いてくるところだった。
アルマークに気付き、あからさまに眉をひそめる。
「あなたこんなところで何やってるの」
「ちょっと散歩をね。レイラはもう帰るの」
「まあね」
「迎えは?」
「家の人間を港で待たせてる」
言いながら、アルマークの横を通りすぎる。
「気をつけて」
アルマークがそう声をかけると、申し訳程度に小さく頷いた。
レイラはそのまま一度も振り返ることなく、正門の方へと歩き去っていった。
レイラの実家であるクーガン家は、中原のロゴシャ王国で大臣を輩出する名家らしい。
もっとも、ロゴシャ王国という国自体が大国であるフォレッタ王国の分家のような存在で、いろいろと政治的には複雑らしいのだが、その辺りの事情はアルマークにはよく分からないし、あまり興味もない。
しかし、レイラが以前言っていた「私には時間がない」という言葉、そして今日のように貴族でありながらまるで人目を避けるように帰っていく姿。
レイラにも何か複雑な事情があるのは間違いないということはアルマークにも分かった。
日が高く昇ると、たくさんの大人たちが続々と正門をくぐって校内に入ってきた。みな、庭園を通って学生寮を目指す。
学生たちの方も、おとなしく寮の中で待っていられず、正門まで迎えに行く者、庭園や寮の外でうろうろして待ち構える者、さまざまだ。
アルマークは自室の窓から、興味深くその様子を眺めていた。
なるほど、モーゲンやネルソンの言った通り、確かに壮観だ。
出迎える学生の様子もさまざまなら、やってくる大人たちの服装もまたさまざまだ。
いかにも貴族の執事然とした男性や召使い風の男女。
商人だろうか、富裕な身なりの男女。
精一杯のよそ行きの服を着てきたであろう農民とおぼしき男性もいる。
中にはこの辺りではまず見かけない、色鮮やかな珍しい民族衣装の男性もいる。
あれは中原のフォレッタ王国よりずっと西、ブロキアの人々の服だ。へえ、あんな遠くから来ている学生もいるのか、とアルマークは思った。
エルドがいる。
すでに両親が到着していて、エルドは嬉しそうに二人の周りをぴょんぴょん跳ね回っている。
その姿は普通のどこにでもいる子供そのもので、いつもアルマークに上から説教する姿とはとても結びつかない。
エルドを助けることができてよかったな、と思う。
自分が休暇に帰省するなど、もちろん最初から毛頭考えてもいなかったが、エルドの嬉しそうな様子に、ふと胸がうずく。
ほかの子の親のように、自分の父がもしも迎えに来たら。アルマークは想像する。
黒狼騎兵団団長“黒狼”ジェルスの片腕、“影の牙”レイズ。
団長代理として契約主との交渉に赴く時。他の傭兵団との折衝に向かう時。敵方の傭兵団のエースと一騎討ちに臨む時。
アルマークの記憶に残る父レイズの正装はいつも、鈍く黒光りする金属鎧だった。
「鎧を着込んどきゃよかった、なんて思ったときにはもう手遅れなんだよ」
それが父の持論だった。いついかなる時でも決して油断しないこと。常に最悪に備えること。
だが、それだけではないだろう。
漆黒の鎧を身にまとった父の姿には威厳があった。傭兵とはいえ無下に扱うことは許さない、という無言の威圧感があった。
それはタフな交渉を行う上で欠かせないものであったのだろう。
アルマークにはその父の姿が子供心にとても誇らしかった。
とはいえ、今日のような場面がもし、自分達親子にあったとして、さすがの父も鎧を着込んで迎えに来ることはないだろう。
では何を着てくるのか?
そう考えても、アルマークには鎧以外の父の姿が本当に思い浮かばない。
あと六年間の学院生活の間に、もし父が来てくれたなら。
アルマークは思った。
その時にアルマークは初めてその答を知ることになるのだろう。




