四人
寮の食堂は、時間内に夕食を食べ終わろうとする疲れ切った3年生たちでごった返していた。
「ほら。お前が帰り道でごちゃごちゃと絡むから」
ルクスが肘でロズフィリアをつつく。
「もう座るところがなくなっちまったじゃねえか」
「だって聞きたかったんだもの」
ロズフィリアは口を尖らせる。
「我慢できなかったのよ」
「悪いな、ウェンディ、アルマーク」
ルクスはアルマークたち二人を振り返る。
「四人もいっぺんに座れる席が残ってねえや」
「僕らは構わないよ」
アルマークは頷く。
「ね、ウェンディ」
「ええ」
ウェンディも頷くが、少し心配そうにロズフィリアの表情を窺う。
「仕方ないわね」
ロズフィリアは案外さばさばとした表情で肩をすくめた。
「ないものはどうしようもないわ。別々に座りましょう」
その言葉に、ウェンディが安心したようにほっと息をついた。
四人で一緒に座ったら、ロズフィリアにいったいどんなことを突っこんで聞かれるのか分かったものではないと思っていたのだろう。
「それじゃ、僕はあそこに座ろうかな」
アルマークは生徒たちの隙間に一つだけ空いた席を指差した。
「ウェンディは、ほら、そこが空いてるよ」
そう言って、ウェンディには近くの席を指差す。
「うん」
ウェンディは頷く。
「ありがとう」
「じゃあ俺はあそこに座るかな」
ルクスがそう言って歩き出しながら、ロズフィリアに別の席を指差す。
「ほら、あそこ空いてるぞ」
「ええ」
そうして四人がばらばらに別れようとしたとき。
「あれ、お前らもしかして座るところねえのか」
聞き慣れた声がした。アルマークがそちらを振り返ると、フィッケが手を振っていた。
「俺たち、もう食い終わったからここに座れよ」
「え、いいのかい」
「当たり前だろ。俺とお前の仲じゃねえか」
フィッケは大げさなことを言ってにやりと笑う。
「ほら、来いよ。早くしねえと、マイアさんに追い出されるぞ」
フィッケはそう言うと、一緒に座っていた1組の男子生徒たちを促して立ち上がった。
「忙しねえな」
「少し談話室に寄っていこうぜ」
「ああ。急に勉強する気にはならないな」
そんなことを言いながら、男子三人がフィッケに続いて席を立つ。
「ありがとう」
アルマークの傍らのウェンディを羨ましそうに見ながら去っていく、牛のように体格のいい男子生徒にお礼を言って、アルマークは席に着いた。
「ルクス、ロズフィリア」
アルマークは手を振った。
「ここが空いたよ」
それから微妙な表情で固まっているウェンディを見上げて、隣の椅子を叩く。
「ほら、ウェンディも。ここに座って」
「え、ええ」
「さすがアルマークね。席を取るのも早いわ」
「やるなぁ。助かったぜ」
ロズフィリアとルクスが口々に言いながら、嬉しそうに歩み寄ってくる。
席に着き、食事を始めるとルクスがまた感心したように言った。
「よく見付けたな」
「フィッケたちが空けてくれたんだ」
アルマークは答える。
「快く譲ってくれたよ」
「顔が広いな」
ルクスは微笑む。
「学院に来てまだ一年だってのに」
「フィッケにはいつもお世話になっていてね」
アルマークは答えた。
「いろいろと教えてくれるんだ」
「フィッケがか?」
ルクスは少し意外そうな顔をする。
「まあ、面白いやつではあるけどな」
「違うクラスの子とどうしてそこまで親しくなれたのか、そのきっかけが知りたいわね」
ロズフィリアがそう言って目を輝かせた。
「何か秘訣があるのかしら」
「いや、秘訣なんて別に」
「あ、ほら」
ウェンディが小さな声で口を挟む。
「マイアさんが来たわ。急いで食べましょう」
その言葉通り、小さな老婆が食堂に入ってくると、威嚇するようにまだ残っている学生たちをじろじろと見回し始めた。
「もう」
ロズフィリアがため息をつく。
「せっかく四人で座れたんだから、二人の話をもっと聞きたかったのに」
「諦めろ、試験期間だぞ」
ルクスがたしなめる。
「ちゃっちゃと食って、出よう。マイアさんが厨房に入ったら次は鍋を持って出てくる。そうしたら問答無用で追い出されるぞ」
「そうだね」
アルマークは頷く。
「急いで食べよう」
その後、自分の言葉通りアルマークが尋常ではない速さで食べ終えたのを見てルクスが唖然とし、ロズフィリアがまた目を輝かせる一幕があったが、幸い四人はマイアが厨房から鍋を持ってくる前に食事を終えることができた。
「間に合ったな」
ルクスが微笑んで自分の盆を持って立ち上がる。
「さあ、部屋に戻ろう」
「ええ?」
ロズフィリアが不満そうな声を上げる。
「こんなメンバーでご飯食べることなんて滅多にないのに。もっとお喋りしましょうよ」
「だから、時と場所を選べって」
ルクスは顔をしかめる。
「試験二日目の夜なんて、一番きつい時なんだぞ」
「そうかしら」
「明日は一日、魔術実践の試験だったね」
アルマークが頷く。
「頑張らないと。正念場だね」
「そうか」
ルクスはそれに気付いたようにアルマークの顔を改めて見た。
「そういえば、俺たちが三年かけて身に付けたことを、お前はこの一年で詰め込んだんだよな。大丈夫なのか。まあ、俺が心配することじゃねえのかもしれねえけど」
「ああ、それは」
「アルマークなら大丈夫」
答えようとしたアルマークの代わりに、ウェンディが言った。
「アルマークはすごい努力家だから。学院の試験くらい、なんでもないわ」
自信に満ちた、アルマークへの信頼に溢れた表情。
その顔を見てルクスは目を瞬かせた。それから穏やかに微笑む。
「ずいぶんと信頼してるんだな、ウェンディ」
「え?」
「試験くらいって、真面目なお前がそんな言い方するなんて。よっぽどのことだぜ」
そう言われて、初めて気付いたように顔を赤くするウェンディを、ロズフィリアが興味深そうに眺める。
「ウェンディには本当にこの一年、いろいろと助けてもらったんだ」
アルマークは言った。
「それに、すごくいろいろなことがあってね。だからウェンディはそういう言い方をしてくれたんだと思う」
「いろいろなこと?」
「うん。だから、ほら」
アルマークは頷く。
「試験では、失敗しても命までは取られないじゃないか。それで、大丈夫だって」
ルクスはその言葉に虚を突かれたような顔をした。
それから、アルマークとウェンディの顔を見比べて、なるほどな、と呟く。
「何がなるほどなのよ」
ロズフィリアがルクスを見上げると、ルクスは、いや、と言って微笑む。
「アルマークのそういうところが人を集めるんだろうな、と思ってさ」
「え?」
「ウォリスも助かってるだろうな。お前みたいなやつが自分のクラスに来てくれて」
その言葉に、今度はアルマークが虚を突かれる番だった。目を瞬かせて尋ねる。
「ウォリスが、かい」
しかしルクスはそのことにはそれ以上触れなかった。
「俺のクラスに来てくれりゃよかったのによ。大歓迎したぜ」
そう言うとアルマークの肩を叩き、じゃあまたな、と手を振って食堂を出ていく。
ルクスの背中を見送った後、ロズフィリアも真面目な顔で二人を見た。
「あなたたち、ただいちゃいちゃしているだけなのかと思っていたけど」
そう言って、恥ずかしそうなウェンディの顔を覗き込む。
「深いところに芯があるのね、あなたたち二人の関係には」
それから、ロズフィリアはいたずらっぽく微笑んだ。
「今度、試験が終わったらそれを私にも教えてね」
ロズフィリアが去っていくのと入れ替わりにマイアが鍋を持って食堂に入ってきた。
「いつまで残ってんだい、ここは談話室じゃないんだよ」
そう言いながら、鍋をがんがんと叩き始める。残っていた生徒たちが慌てて立ち上がった。
アルマークとウェンディも食器を片付け、食堂の出口に向かう。
「明日も頑張ろうね、アルマーク」
気を取り直したようにウェンディが言った。アルマークは力強く頷く。
「うん。君に教えてもらったことを、全部出してみせるよ」
ウェンディが微笑んでアルマークの顔を見る。
二人は肩を並べて食堂を出た。




