クラス委員
「ごめんなさい、私を待ってもらっちゃったせいで」
ウェンディは申し訳なさそうにアルマークを振り返った。
「遅くなっちゃったね」
「構わないよ」
アルマークは微笑む。
「でも、珍しいね。ウェンディが忘れ物をするなんて」
「待ち時間に明日の準備をしようと思って、本を持ってきてたの。でも、結局そんな暇がなかったからすっかり忘れてしまって」
「そういうこともあるさ」
恥ずかしそうなウェンディにそう声をかけ、アルマークは、騒ぎながら小さくなっていく3組の生徒たちの背中を見た。
その中の何人かが灯しているのだろう、いくつかの炎が彼らの足元を照らしていた。
揺れる炎が遠ざかっていくのを見ながら、アルマークはウェンディの腕を取る。
「さあ、僕たちも帰ろう。夕食に間に合わなくなっちゃうよ」
「うん」
ウェンディが頷く。
「お腹空いたね」
「食べられなくなったら大変だからね。急ごう」
二人で並んで歩きだしたとき、背後から、うふふ、と忍び笑いが聞こえた。
振り返ったウェンディが目を見張る。
「ロズフィリア」
「ごめんなさい。邪魔をするつもりはなかったんだけど」
校舎の出口から出てきたロズフィリアは、楽しそうに二人の顔を見た。
「あなたたちって本当に仲がいいのね」
「えっ」
アルマークとウェンディは顔を見合わせる。闇の中でも、ウェンディの顔が赤くなっているのがアルマークにも分かった。
「うん。仲がいいんだ」
えっ、と言ったきり何も答えないウェンディに代わってアルマークがそう答えると、ロズフィリアの笑顔がますます大きくなった。
「本当に面白いわね」
「面白いかな」
首を傾げたアルマークを見て、ロズフィリアがこらえきれなくなったように声を上げて笑う。
「やめろ、ロズフィリア」
ロズフィリアの背後から校舎を出てきた3組の男子生徒が、苦い表情で言った。
「人をからかうにしても、時と場所を選べ。みんな試験で疲れてるんだ」
「はあい」
ロズフィリアがしおらしく頷くのを見たアルマークは、意外に思って口を挟む。
「さすがクラス委員だね。ロズフィリアも君の言うことは聞くんだね」
「あ?」
男子生徒は驚いたようにアルマークを見て、それから苦笑いとともに首を振る。
「ああ、2組のアルマークか。こうやって俺と話すのは初めてだな」
「うん」
アルマークは頷く。
「でも、君の名前はよく他の人の話に出てきたから、知っているんだ。3組のクラス委員のルクス」
「まあ、そりゃ一応はクラス委員だからな。でも今じゃお前の方が俺なんかよりもよっぽど有名人だぜ」
「僕が?」
アルマークが目を瞬かせると、ルクスは、ああ、と頷いた。
「3年2組の呪われた剣士」
そう言って、にやりと笑う。
「あの劇はすごかったからな。初等部の生徒なら1年から3年まで誰でも呪われた剣士のことは覚えてるさ」
ルクスは、意外そうな顔のアルマークを穏やかに見つめ、言葉を続ける。
「それだけじゃないぜ。ノルクの街でも何度もお前のことを聞かれた。劇を見た人たちから、お前とウェンディはちゃんと仲良くやってるのかって」
「え?」
アルマークが目を丸くし、その隣でウェンディがますます顔を赤くしてうつむくと、ルクスは朗らかに笑う。
「俺に聞いたって知りませんよ。本人たちに聞いてくださいって答えてるけどな」
「ちょっと」
ロズフィリアがルクスの腕を叩いた。
「何よ。あなたも私と同じようなこと言ってるじゃない」
「俺は事実を言っただけだ」
ルクスは顔をしかめて言い返す。
「お前と一緒にするな」
「何が違うのか、私にはよく分からないけど」
不満そうなロズフィリアに構わず、ルクスはアルマークに話しかける。
「まあ、俺はクラス委員っていっても、あれだ」
そう言って、頭を掻く。
「お前のところのウォリスや1組のアインとは違うんだ。あいつらみたいに優秀じゃないからな。別にクラス委員だからって俺の言うことなんか誰も聞いちゃくれない」
「そうなのかい」
「そうだな、たとえば」
ルクスは微笑む。
「お前とも仲のいいコルエンが、俺の言うことを大人しく聞いているところが想像つくか?」
「それは」
アルマークは頭の中で奔放なコルエンの笑顔を思い浮かべ、それから目の前のルクスの実直そうな顔を見る。
「そうだね」
アルマークは素直に頷いた。
「コルエンは聞かない気がする」
「率直だな」
ルクスは笑う。
「あまり遅くなるとまずい。歩きながら話そう」
「ロズフィリアとはこの学院に来る前から顔見知りだったんだ」
そう言って穏やかに微笑むルクスの顔を、ロズフィリアの鬼火が照らし出す。
「だから、俺の言うことを少しばかり聞いてくれるってわけだ」
「へえ」
アルマークが頷くと、鬼火がゆらりと動いた。
「少しばかりじゃないわよ」
ロズフィリアが不満そうに言う。
「いつもちゃんと聞いてるじゃない」
「俺の言うことに限ってはな」
ルクスはため息をついた。
「俺の見てないところで好き勝手やりすぎなんだ、お前は」
「どういう意味かよく分からないわ」
澄ました顔で答えるロズフィリアを見て、アルマークは微笑む。
「君たちも仲いいんだね」
「そうなの」
「よせよ」
二人の声が重なった。
二人は顔を見合わせて睨み合う。
「何よ」
「何だよ」
「ええと」
アルマークが困った顔をすると、ロズフィリアがその隣を歩くウェンディを見た。
「ウェンディ。あなたはどう思う?」
「え?」
ウェンディが大きな目を瞬かせると、ロズフィリアはいたずらっぽくルクスの腕を掴む。
「私とルクス、仲がいいと思うでしょ」
「あ、うん」
「よせ」
ルクスが腕を振り払おうとすると、ロズフィリアは、あら、と不満そうにルクスを見た。
「あなたから私の腕を取ったっていいのよ」
「なんでだよ」
「さっきアルマークは自分からウェンディの腕を取っていたわよ」
その言葉にまたウェンディが顔を赤くする。
「ね、ウェンディ」
「ええと」
ウェンディは恥ずかしそうにうつむく。
「ごめんなさい。私、よく分からない」
「仲がいいなら、どっちから取ってもいいんじゃないかな」
アルマークが穏やかに言うと、ロズフィリアは噴き出した。
「ほら、よせって」
ルクスはロズフィリアの手を引き剥がすと、アルマークの肩を叩いた。
「まともに付き合うと、いつまでたっても終わらねえからな。夕食に間に合わなくなるぞ」
それから、赤い顔のウェンディをすまなそうに見やる。
「ウェンディも、悪かったな。大事な試験期間中にごちゃごちゃと」
「あ、ううん」
ウェンディは首を振る。
「私は別に」
「さあ、つまらねえことを言ってねえで急ぐぞ」
ルクスに肩を叩かれ、ロズフィリアは諦めたように肩をすくめた。
「はいはい」
それから、先頭に立って歩き始めたルクスの背中を見て小さく舌を出す。
「私たちは確かに前からの付き合いがあるけど」
ロズフィリアは声を潜めてそう言うと、アルマークとウェンディを見た。
炎に照らされたその目が、好奇心できらめいていた。
「でも、あなたたちは出会ってまだ一年も経っていないのよね。どうしてそんなに仲がいいの?」
「ええと」
困ったようにウェンディが言い淀むと、ロズフィリアは、まあいいわ、と言って首を振った。
「今は本当に急がないといけないしね。夕食のときに、ゆっくり教えて」




